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マルタさんの自室で、今回の襲撃の背景や今後の対応を話し合っていると、突然部屋の扉が開き、一人の少女が飛び込んできた。
「お父様! 襲われたというのは本当ですか!」
「ミネア、お客様がいらっしゃるのですよ」
部屋に入ってきた少女は、ミネアと言う名のようだ。俺と向かい合って座っているマルタさんに飛びつき、大きなお腹に顔を埋めている。
父親が心配で俺にはまったく気付いていなかったようだ。「えっ?」と顔を埋めたまま答え、ゆっくりとこちらへ振り向き――泣かれた。
このケブラーマスク、香港やボリビアの特殊部隊が使用しているのだが、黒面に目の穴しか開いていないフォルムは、非常に威圧感がある。父親を心配して飛び込んできた少女には、少しばかり刺激が強すぎたかもしれない。
さて、これはどうしようか……マスクを取るべきだろうか、しかし、幼い子に顔を覚えられると、シュバルツとして出会ったときにシャフトの名前を出されても困る。
マルタさんと目が合い、お互いにどうしよう――という雰囲気に包まれていたが、新たな人物の入室により状況が改善されていく。
「ミネア、お父様の邪魔をしてはいけませんよ。貴方、お帰りなさい。こちらがシャフトさんかしら? マルタの妻、マリーダです。マルタと当商会の従業員を守っていただき、ありがとうございます」
部屋に入ってきたマリーダさんは、ミネアと同じ栗毛の長髪で細身の女性だ、歳は20代半ば過ぎくらいだろうか、白いブラウスに青いズボンで働く女性を思わせる装いだ。
ミネアも栗毛の長髪だが、着ているのはシフォンドレスに似ている、薄い水色のふんわり柔らかい印象のスカートと、ノースリーブの組み合わせのドレスを着ている。
「いや、それが今回の仕事だ。むしろ荷馬車を二台も守れなかったことを謝罪したいくらいだ」
「何を言いますか、シャフトさま! 荷馬車などまた買えばいいのです、その為の荷も持っていただいたのですから、それに従業員含め、命には代えられません」
「マルタ、そろそろシャフト様はよしてくれ。シャフトでいいよ、奥方もマリーダさんとお呼びしても?」
「私もマリーダで結構です。シャフトさんには良い儲け話の種も教えていただいたと、聞き及んでおります。王都にいる間は、この邸宅をご自宅と思って過ごして頂いて結構です」
今回の商隊護衛のスケジュールは、王都で二日泊まり、三日目の朝には城塞都市バルガへ向けて出発することになっている。最初の予定では王都の散策ついでに宿を取り、ギルドで身分証をつくるところまでは決めていたが、マルタさんたちの強い誘いで、このままマルタ邸で二日を過ごすことになった。
マリーダさんを加え、マルタさんとこれからの護衛に関して話し合い、邸宅に泊まるついでに、マルタ夫妻とミネアの護衛もおこなう事になった。ミネアがまだこの部屋にいる為、盗賊団にまた狙われる可能性を匂わせる発言はしなかったが、マリーダさんはすぐに理解したようだ。
当然ながらマリーダ商会にも専属の護衛を常設で雇っている。しかし、荷馬車や倉庫の護衛が中心で、マルタさん個人の護衛は付けていなかった。
今回の商隊護衛の間に、信頼できる護衛を雇うことに決めたそうなので、俺が護衛するのは、その新しい護衛が決まるまでの間だ。
話し合いの間、マルタさんの様付けを何度か訂正し、一通りの決め事が済む頃には、なんとか友人として付きあえる口調に戻してもらった。俺としては彼には同年代、とは言い難いが、よき年上の友人として接して欲しいのだ。
そんな話し合いの間、ミネアは静かにマルタ夫妻の間に座っていたのだが、どうも俺のマスクが気になるようで、チラチラと何度も視線を向けていた。しかし、黒面の奥の目と目が合うたびに、あからさまに逸らされてしまった……嫌われたかな?
マルタ邸で朝食を貰い、客室で軽く仮眠を取った後、マルタさんと一緒に王都の総合ギルドへと来ていた。
王都の総合ギルドは正確には総合ギルド本部になり、各職業ギルドの本部が集結している。俺とマルタさんが来ているのはその職業ギルドの一つ、傭兵ギルドだ。
マルタさんは身辺警護として雇う為に、俺はシャフトの身分証をこのギルドで作ることに決めていた。傭兵ギルドといっても、主な仕事は戦争への出兵ではない。傭兵ギルドでの仕事はいくつかあり、大まかに分けると馬車や船などの運転、整備。各地の領主の私設騎士団。国家間戦争での一部隊。商人や貴族の身辺警護。そして、裏の仕事だ。
シャフトをシュバルツと同じ冒険者として登録するのも勿体無く、また生産系の職人ギルドに入っても、俺には何も作れない。自然界での狩人なども無理だ。商人ギルドは少し考えたが、マルタさんと一緒に色々やった方が効率がいいのは目に見えていた。
そうなると残ってきたのがここだ、今回の護衛依頼で考えても色々と都合がいいしな。
と、軽い気持ちで傭兵登録をしにきたわけだが、ちょっと問題が発生した。
「実技試験?」
「はい、傭兵に求められるのはまず、戦闘力です。他にも専門知識や医療技術など、様々な能力が求められますが、何よりも戦えない傭兵は依頼人にご紹介できません。その為、ギルドカード登録時には、こちらで戦闘技術の確認を取らせていただいております」
「その実技試験とはどのようなものなのかな?」
「当館の裏手に実技試験場がございます、そちらで試験官と模擬戦をおこなっていただきます」
「試験官に怪我をさせた場合は?」
「医療班がおりますのでご心配いりません。ただし、試験官に死に繋がるような大怪我をさせた場合は王都警備隊を呼ぶことになりますので、ご注意ください」
傭兵ギルドの登録は水晶ではないのか……どうするべきか、銃器を使わずに特殊電磁警棒だけで試験にのぞむか? いや、それでもしも落ちたらどうする……。
「実技試験はすぐにおこなえます、よろしいですか?」
「え、ええ、大丈夫です」
受付嬢に連れられ、俺は傭兵ギルドの入っている傭兵団本部の裏手へと案内された。そこは小さめの運動場のような空間であり、その中央には今回の試験官と思われる、ギルド職員らしき男女が待っていた。
「そいつが今回の登録希望者か? その黒面の下は確認してあるんだろうな?」
男女と合流するなり、男の方が受付嬢に何やら確認をおこなっている。
「マリーダ商会の身分保証書持ちです」
「マリーダ商会? 本当かよ、あそこがこんな黒面被った怪しい奴を身分保障しているのか?」
「商会長と一緒にいらしての登録です」
「へぇ、あそこは裏の仕事は一切手をつけない、真っ当な商会だと思っていたが、方針転換か?」
「そんな事を私が知るはずないじゃないですか、いいから試験始めてください」
受付譲と試験官のやり取りを少し離れたところで聞きながら、俺はこの試験官の力量を測っていた。
簡単な実技試験ならば特殊電磁警棒だけでいくつもりだったが、この男から感じる気配は山茶花のマリンダさんやルゥさん、それに覇王花のライネルに似ている。たぶん、この男は強い。
「おう、待たしたな。俺はジークフリード、元ランクA冒険者でいまは傭兵ギルド職員だ」
「シャフトだ」
元ランクA……手抜きでやれる相手ではないな。ジークフリードは30代後半の男で、少し垂れた目とブラウンの短髪を後ろに流している。ギルド職員は清潔なイメージを持つ人が多いのだが、この男は無精ひげを生やし、よれたシャツにズボンというラフな格好だ。
「俺に勝つ必要はないぞ、実技を確認するだけだからな。怪我してもあっちの職員が治癒魔法掛けてくれるから安心しな。いつでも、遠慮なく来てくれていいぞ」
そう言うと、ジークフリードは手に持っていた木剣を右手で軽く構え、実技試験が始まった。
俺は左手で特殊電磁警棒を腰のホルダーから抜き、軽く振って拡張させる。30cmほどに縮小されていた棒が、振っただけで倍ほどに伸びたのを見て、ジークフリードは面白いおもちゃを見たといった顔でにやけている。
俺とジークフリードの距離は10mほど離れている。その距離を歩いて縮めていく、一見無防備にも見える前進だが、俺はジークフリードの全身を、細かな動きも見逃さずに捉え、向こうが動けばすぐに対応する準備をしていた。
距離が5mほどになった瞬間、前方向へとスライドジャンプし、その勢いを乗せ、警棒を持つ左腕を右下から左上へ切り上げるように振っていく。
ジークフリードは木剣の剣先を下に向け、剣の腹で俺の切り上げを受け止めた。しかし、お互い片手での攻防ではあるが、俺の振りはパワードスーツによって常人を超える力が加えられている、更にはスライドジャンプでの勢いも乗り、ジークフリードの手を木剣ごと弾き上げた。
「ほぅ!」
ジークフリードは俺に押されるように後方へ飛び、再び距離が開く。さぁ仕切り直しだと今度は木剣を両手で構えるが。
俺はオーバーコートへ右手を入れ、ショルダーホルスターからFive-seveNを引き抜き、即座に表示されるクロスヘアをジークフリードの右膝に合わせ、トリガーを2連射。
運動場に鳴り響く炸裂音に、実技試験を見ていた受付譲とギルド職員の女性が反応して肩を震わせていたが、俺はFive-seveNを右手で構えたまま、照星とクロスヘアをジークフリードの頭に合わせていた。
「これで十分に判ってもらえたかな?」
「は、ははっ、なんだこれは、魔法攻撃か? 魔言が聞こえなかったが……」
「余計な詮索は止してもらおう、護衛依頼を守れなかったらどう責任を取る」
ジークフリードはその場で膝をつき、血で濡れる右膝を両手で押さえていた。どこぞの冒険者のように、痛みで叫ばないのはさすが元Aランクと言うことか。
「ふっ、いいだろう――合格だ。おい、治療してくれ、痛くてかなわん」
「は、はいっ」
ジークフリードの呼びかけに、ギルド職員の女性が駆け寄り治癒魔法を唱えている。俺はFive-seveNをショルダーホルスターに戻し、受付嬢の方へと歩いていった。
「合格だそうだ、ギルドカードを頼む」
「は、はいっ!」
受付嬢と共に傭兵団本部の建物へと戻り、ギルドカードを受け取れば今日の目的は終了だ。マルタさんも依頼を出し終えていたようで、待合スペースで待っていてくれた。これで総合ギルドには用はない、俺達はマリーダ商会の本店へと戻っていった。
使用兵装
FN Five-seveN
ベルギーのFN社が開発したハンドガンで、マガジンの装弾数が20発と多く、使用される弾薬は5.7x28mm弾で貫通力に優れたハンドガン
特殊電磁警棒
VMBのオリジナル近接武器。護身用の市販されているスタンバトンの改良型で、伸縮する細身の円柱警棒タイプのデザイン、伸ばすと70cmほどになる。
先端部分を相手に押し付け、グリップのスイッチを押せばスタンガンと同じように電流が流れ、相手を一時的にスタンさせる効果がある。