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 盗賊団の襲撃から逃れ、マリーダ商会のマルタさん達と合流後、深夜の闇の中を小さなランタンの灯かりだけで王都へ向け走り続けた。

 結局、盗賊団の追撃はなかった。俺達は夜明けと共にクルトメルガ王国、王都クルトメルガへと到着した。

 開門と同時に入都し、クルトメルガ側の休憩所で盗賊団の襲撃を受けた事を、城門の警備兵へ伝えた。


 そのまま事情聴取や身分確認などがおこなわれたが、俺はシャフトのまま入都し、身分証は休憩所の荷馬車に荷物と一緒に置き忘れてきたことにした。

 身分の確認が取れない場合、王都への入都は厳しく制限されるのだが、王都でも指折りのマリーダ商会、マルタ商会長の身分保障により、仮の身分証を発行してもらい入都する事が出来た。


 襲撃のときの話を所々ぼかしながら話し、王都の警備隊は休憩所へ向け、慌しく騎士団を派遣していた。






 調書を取り終え、警備隊の詰め所から解放されると、マリーダ商会の従業員達の顔にも笑顔が戻っていた。しかし、夜通しの移動と追撃の恐怖に精神を削られ、皆疲れた顔をしていたが……。



「これが王都か……」



 荷馬車の御者台に座り、マルタさんに王都の話を聞きながらマリーダ商会の本店へと向かった。


 王都クルトメルガは、五百年以上前の建国の時からこの地にあり、王城を中心に円状に拡がり、長い年月を掛け何度もおこなわれた城壁拡張により、3重の城壁に囲われる今の形になったという。

 王城を中心に貴族達が住む第一区域、数多くの商会や商店、歓楽街などの商業施設の集まる第二区域、そして一般市民や第二区域には入れない商人たちが住む第三区域に分かれる。


 城壁の外には広大な農耕地が広がり、人口50万に達するという王都近郊の食糧事情を支える。また、王都を縦断するように流れる川は、水資源や水運路として重宝されている。

 王都の町並みは、第三区域は木造建築が多く、第二区域に入ると城塞都市バルガと同じ石造建築が中心だった。


 マルタさんのマリーダ商会は、第二区域に本店を持ち、第三区域にも支店があるそうだ。マルタさんの自宅も本店にあり、今はそこへ向けて荷馬車を走らせている。





「シャフトさま、もう少しで到着しますが、家族の者にはどちらで紹介すれば?」


「シャフトのままで頼みます。それと、後で内密に話したいことがあります」



 マルタさんには、盗賊の狙いがマリーダ商会にあったかもしれない事を話してはいない。後ろの幌の中にいる従業員の耳もあるし、一度落ち着くまでは話さない方がいいだろうと判断していた。


 


「到着しました、ここがマリーダ商会の本店でございます」



 マリーダ商会の本店は、バルガ支店同様に石造3階建てであったが、大きさは桁違いだった。1階部分の一部が駐車場を兼ねているようで、荷馬車ごと中へと入っていった。



「商会長?! 到着は今夕ではなかったのですか?」



 駐車場へ荷馬車が入ると、その音を聞きつけ、本店の従業員が顔を出してきた。俺達の到着予定は確かに今夕のはずだったので、驚くのも無理はない。

 マルタさんが本店の従業員に襲撃から逃れてきた話をすると、朝の緩やかなムードは一転し、慌しく本店の従業員たちが動き出した。


 城塞都市バルガから同行してきた従業員達は、本店の裏にあるという従業員用の宿舎へと移動していった。夜通しの緊張から開放され、彼らには休息が必要だ。荷降ろしなどの作業は本店の従業員に任せ、宿舎へと向かっていく。その際、彼らは皆、目に涙を浮かべながら俺に礼を言っていった。



 俺にとっても、今回の仕事で受けた衝撃は、割り切っていたとは言え、心にくるものがあった。人を殺したのもそうだが、なによりもマルタさんや従業員達からの心からの感謝に、こちらこそ救われる思いだった。



「シャフトさま、奥にお茶を用意させます。ここは従業員に任せ、我々も休息を取りましょう」


「あぁ、頂こう、でもその前に」



 俺はTSSタクティカルサポートシステムからギフトBOXを召喚する。光の粒子が収束し、派手な包装紙に包まれたようなBOXが出現する。その光景に周囲の従業員達も目を向け驚いている。

 ギフトBOXの上部の蓋がせり上がり、内部の黒一色の空間に手を入れ、中から取り出したのは、休憩所に置いてきた荷馬車に積まれていた荷袋たちだ。


 そう、俺がTH3焼夷手榴弾で燃やしたのは、文字通り荷馬車だけだ。中に積んであった荷袋や荷箱は、襲撃前に全て俺のギフトBOXへと収納していた。

 高価な魔石をマルタさん達の荷馬車で運んでもらったのは、俺の身に何か起こった場合、ギフトBOXは当然召喚できなくなるからだ、中に入れた物資は全て失われることになっただろう。

 それを回避する為に、魔石だけはマルタさんたちが、残りの食料や比較的安価な資材は俺が纏めて持つことにしたのだ。

 

 休憩所で荷馬車を焼いたのはその場での判断だが、荷物を分ける段階でマルタさんは荷馬車を放棄していた。あそこで空の荷馬車を焼いたのは、俺の撤退から目を逸らさせる為と、荷馬車を盗賊の輸送などに使わせない為だ。



 ギフトBOXから次々に出す荷袋や荷箱を従業員に預けると、マルタさんに連れられ、本店の奥にあるマルタさんのプライベートスペースへと向かった。






「あぁ、美味い……」



 本店の奥に建つ邸宅のマルタさんの自室に通され、メイドが運んできた紅茶でやっと一息つくことが出来た。



「この紅茶は王都の北部で栽培されている茶畑の中でも、さらに厳選された茶畑で一芯二葉、つまりは先端から二枚の葉が付いた部分だけを摘み上げた最高級茶葉を使ったものでございます」


「透き通るような濃さなのに雑味もない、そして香る甘いフローラルな匂い。素晴らしい紅茶ですね」


「それがわかるシュバルツさまも同様でございます」



 あぁ美味い……俺は前の世界での旅先で、各国の色々なお茶を飲むのが好きだった。その国の文化を表すようなお茶の作法、茶飲みの空間、ティーカップを始め、様々な食器、それらを愛でながら飲む一時は、神経を尖らせ、聞こえる僅かな音に反応し、1ドットを見極めて狙い撃つ、FPSの世界からの開放と安らぎがあった。




 ティーカップを空にし、横に外していたケブラーマスクを再びかぶる。そしてマルタさんに話さなくてはならない話題をふっていく。



「マルタ、盗賊の襲撃の件だが、奴らの狙いは運んでいた荷ではなく、マリーダ商会そのもの、つまりあなた自身かもしれない」


「……なるほど、盗賊は何か言っていましたか?」


「商人を逃がすな、とだけ」


「そうですか。シャフトさま、今回は本当に申し訳ない、どうやら王都の商圏争いに巻き込んでしまったのかもしれません」



 そう言いながらマルタさんが話してくれたのは、王都の商人達の裏側だ。表向きは王都の第二区域で切磋琢磨している仲だが、その裏では王侯貴族や大規模クラン、各職業ギルドとのつながりを求め、激しい商圏争いをしているのだという。


 そして、中には裏の暗殺ギルドや盗賊ギルドと結託し、力技で商圏を奪う商人も決して少なくはないのだという。大貴族や大規模クランの後ろ盾を得て、商品や市場の独占もよくある話で、今回狙われたのはこの市場の独占に関する事ではないかとマルタさんは即座に判断していた。


 その市場とは何か? それは城塞都市バルガの西、緑鬼の迷宮の収穫祭だ。


 緑鬼の迷宮の存在をいち早く聞きつけたマルタさんは、早さを求め、単独で王都-バルガ間を移動するほどの行動力を見せた。バルガの領主や有力者と顔を繋ぎ、物資や食糧支援をおこなっていた……そう、緑鬼の迷宮で食べたあの米は、マルタさんが運んだものだ。


 そうして収穫祭で持ち帰られる、多くの物資や空魔石の優先買取権を手に入れていた。今回の荷である、大量の魔石を買い上げれたのもその一環だ。

 収穫祭の優先買取権とは、実質独占したに等しい。更には今回の収穫祭に、マルタさんは弁当を持ち込もうと計画している。


 収穫祭の序盤は、冒険者や騎士団による迷宮掃討だ。しかし、それが終われば迷宮に魔獣や亜人種はいなくなる。

 そうすると、迷宮の安全宣言が出され、一般市民でも許可証無しに迷宮へ入れるようになる。マルタさんはこれに目を付けていた、一般市民や労働者に迷宮内で食べる弁当を売る。


 一般市民や労働者は、冒険者と同じような携帯用の調理器具を持っているわけではない、更には道具袋さえ持たない人もいる。そういった彼らも空魔石堀りに迷宮へとやって来るのだ。

 そこに迷宮内で食べれる美味しい料理があればどうだ? 当然価格は抑えた安価なメニューにはなるだろうが、これに飛びつかない筈がない。誰だって水とパンと干し肉では飽きる。

 迷宮内で長く活動できれば、それだけ空魔石が手に入りやすいのだ。それはつまり、多くの売却金を得るチャンスだ。


 また、収穫祭で見せた弁当は、同様に多くの冒険者の目にも留まるだろう。収穫祭が終わった後も、冒険者向けの需要が発生することは容易に想像が付く。新しい需要の創造は、経済を回し、多額の金が回る、それをマリーダ商会が一手に握ろうとしているのだ。



 他の商会が、マリーダ商会の狙いを全て把握しているわけではないだろう。しかし、収穫祭の優先買取権だけでも狙われる可能性はある、そうマルタさんは判断した。


 休憩所で襲ってきたのは野良の大盗賊団ではない、金に物を言わせて集めたごろつきが、大量に混じっていたのだろう。そう仮説を立て、では今後どう対応していくか? と言うところで、マルタさんの自室に誰かが入ってくる。



「お父様! 襲われたというのは本当ですか!」



 そう叫びながら入ってきたのは、10才にも満たなそうな栗毛の少女だった。






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