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マリーダ商会の商隊護衛依頼二日目の夜、日中に気付いた離れて付いてくる2頭の馬は、やはり盗賊の斥候だったようだ。しかし、その日の深夜に襲撃してきた盗賊の規模は、俺の想像をはるかに上回っていた。
この夜襲に備えて、マルタさんに聞いていた盗賊の規模は、多くても10数人だった。今回もその位だろうと想像していたが、現実は馬に乗った盗賊が40名ほど、その後方から走って突撃してくるのが20名ほど、合わせて60名近い大盗賊団だった。
このような大盗賊団はクルトメルガ王国内にも数えるほどしかない、抱える盗賊の数が増えれば増えるほど、大人数を収容できる拠点や大量の食料、それに乗馬を飼育する為の金など、必要な物資や資金が桁違いに膨れ上がる。
緑鬼の迷宮の収穫祭はまだ始まったばかりだ。襲撃の結果、十分な戦利品が獲られるとは思えない。このような大盗賊団が現れるには早すぎる時期だった。
状況は確実に不利だ。一緒に商隊護衛に付いていたはずの冒険者クラン、男郎花の3人は、この大盗賊団を前に、早々に逃亡を図った。これはもうしょうがない、あの大盗賊団を見れば逃げの一手は正解だ。しかし、その行動を俺は忘れないからな。
俺はマルタさんにマリーダ商会の従業員と共に、1台の荷馬車で王都へ向かうよう叫んだ。しかし、荷馬車が3台あって1台逃げた。相手は乗馬が40頭もいる、逃げた1台を見逃すとは到底思えない。
まずは俺が残っていることを認知させ、安易に追わせない攻撃が必要だ。
盗賊団は鬨の声を上げながらこちらへ駆けてくる。俺は残った2台の荷馬車の後ろへ廻り、今回の依頼を受けるにあたって構成しなおした銃器の中から、特殊消音ARFのAS_VALを構え、迫りくる馬賊の群れへとダウンサイトし、クロスヘアを合わせる。
広がりながらも、一つの集団として固まって駆けよる馬賊の中から、先頭集団の馬の頭に合わせて、左から右へとクロスヘアを流しながら、重なった瞬間にトリガーを指切りで引いていく。
消音性に優れた弾丸と、サプレッサーによる消音効果により、殆ど無音に近い空気の抜けるような音だけが鳴る。AS_VALの9×39mm弾を喰らった馬の頭は、正面には小さな弾痕の穴しか開かないが、頭部の中で暴れまわるそのエネルギーが後頭部を破裂させ、脳髄を背に乗せる盗賊へとぶちまける。
「ぎゃぁぁぁ!」
「うおぉわ!」
馬上の盗賊達は、乗馬の後頭部が突然爆散したことよりも、その脳髄が自分へとぶちまけられた事に驚愕し、即死した馬と共にバランスを崩して次々に落馬していく。
月明かりしかない深夜の夜襲は、休憩所で焚かれる焚き火の炎を目印に突撃してくるのだろう。先頭集団の突然の崩壊に、後続の馬賊が次々に足をとられて転倒していく。
しかし、盗賊団の数は多い。AS_VALによる先制攻撃で落馬、転倒したのは十数馬ぐらいだろうか、転倒した集団を避けるように後続が二つに分かれ、回り込むように休憩所へと進路を変えた。
NVゴーグルにより、俺には馬賊の動きが完全に見えていた。盗賊団は攻撃を受けたことにより、三つの集団に分かれていた。
左右に別れ挟撃してくる二つのグループと、後方で停止したグループだ。
「何してんだ馬鹿どもがぁ、油断してんじゃねぇよ! ルーバー! 商人を追え! 逃がすんじゃねぇぞ!!」
マガジンを交換していると、イヤーパッドが後方のグループで叫ぶ男の声を捉える。俺はそれに違和感を覚えた。狙いは荷馬車に積まれた商品ではないのか? 後続の集団がさらに分かれて、休憩所を大回りするように後方へ向かって走っていく。
追うか? いや、まずは左右からくる2グループを潰す。
襲撃に備えて用意しておいたM84フラッシュバンのピンを外し、まずは右手から迫りくる集団の進行方向に投げる。狙い澄ました投擲は、右から来る集団の中ほどで炸裂する。
月明かりと焚き火の灯かりしかない闇の中に、眩いばかりの閃光と轟音が鳴り響いた。見たことも聞いたこともない光と音に、馬達は転倒し、乗る盗賊たちもまた落馬し喘いでいる。
俺は投擲の結果を確認する事をせず、左手方向のグループへと発砲を開始していた。投擲の結果など見る必要はない、M84の炸裂する音とその効果がヒットしたことを知らせる、クロスヘアの小刻みな拡張をヘッドゴーグルに見るだけだ。
左手のグループは、先頭の馬を潰した時点でお互いの距離をとり、転倒に巻き込まれないように動いていた。こうなれば馬を狙う意味が薄れる、俺はこの戦闘がはじまって初めて背に乗る盗賊にクロスヘアを合わせた。
生きている人間に向けて銃を撃つ、この世界で生きていく為に、冒険者としての生き方を選択した以上、いつかは越えねばならない一線。
それを越える時がきた、それだけだ。
馬の速度を考慮した偏差射撃で、左手に回り込む馬賊を一人ずつ撃ち殺していく。
装弾数が20発しかない為、途中でマガジン交換を挟みながらも、9人の盗賊を射殺した。加えて、右手方向のグループは今だM84の効果に喘いでいた。今まで喰らったことのない視覚と聴覚への状態異常攻撃に、正気を取り戻せないのだろう。
オーバーコートの内側に手を入れ、M67破砕手榴弾を二つ取り出し、殺りこぼしのないように投擲し右手の喘ぐ集団を吹き飛ばした。
このM67破砕手榴弾は緑色の梨のような形状の手榴弾で、投擲後3秒で炸裂し、半径5mに致命傷を、半径15m以内に内部の破片を飛ばし、殺傷することができる。VMBの仕様上、15mを越えると飛散した破片は光の粒子となり消滅する。
左右からくるグループを潰し、半分ほど残ってはいるがマガジンを交換し、20発を確保しながら後続の動きを見る。
「来ないか……」
後続のグループは休憩所には来なかった。歩兵と合流し、盾にするように前へ並べている。俺の遠距離攻撃を警戒しているのだろう、ならば……。
TSSを起動し、ガレージからカワサキ KLR 250-D8を召喚する。目の前の盗賊の相手を、何時までもしているわけにはいかない、後続から別れてマルタさんを追った残りの馬賊を追うことにする。
召喚したKLR250に跨り、ついでに懐からTH3焼夷手榴弾を2個取り出し、この場に置いていく2台の馬車に放り投げていく。噴き上がる火炎に燃える荷馬車を背に、KLR250のアクセルを捻り、一気に加速して馬賊の後を追った。
KLR250のアクセルを全快にし、最高速で街道を走る。月明かりだけの夜の街道を、KLR250のヘッドライトだけで疾走するのは、初めてこの世界でKLR250を走らせた時よりも更に恐怖を感じたが、盗賊団に追われているマリーダ商会に比べれば些細なものだろう。
運転しながら片手でFMG9を取り出し、サイドのレバーをいじると、まるで玩具のような軽い音を鳴らしながら、長方形だったFMG9が展開しSMGへと変形していく。
片手でAS_VALのリコイル、発砲時の反動をコントロールするのは難しい、ここは片手でもセミオートでなら制御できるFMG9を使っていく。
疾走する前方に馬賊の姿が見えてきた、マリーダ商会の荷馬車に、今にも追いつきそうな距離だ。FMG9は有効射程距離がそれ程長くない、十分に近づきクロスヘアを盗賊の背中に合わせ、セミオート射撃で一発ずつ喰らわせる必要がある。
後方から近づくKLR250の音に気付いたのか、最後尾の盗賊が振り向いたが、馬上からの遠距離攻撃など、魔術師にも弓兵にも見えない盗賊には出来やしないだろう。
冷静に狙いを定めていく。逃げる荷馬車の音と、追う馬賊の駆ける音の中に、FMG9の発砲音が混じっていく。
背中に9×19mmパラベラム弾を喰らい、突然の激痛に悲鳴を上げながら盗賊たちが落馬していく。
馬群を追い抜き、荷馬車と馬賊の間に割り込む。前を逃げる荷馬車との距離に気をつけながら振り返り、FMG9の安全装置をセミオートからフルオートに切り替え、残っている盗賊たちへ、クロスヘアを振りながら銃弾の雨を降らせた。
「マルタ! 俺だ、シャフトだ! 一度止まってくれ!」
マルタさんは盗賊から逃げることに夢中で、横を走る俺にはまったく気付いていなかったようだ。幌の中からマリーダ商会の従業員が御者台に顔を出し、マルタさんに声をかけている。
やっと気付いたようだ。横を見知らぬ何かで並走する俺に目を見開いて驚いているが、再度止まるように声を上げ、ゆっくりと荷馬車は速度を落としていった。
「あぁ、よくぞご無事で……」
「俺は大丈夫だ、申し訳ないが残した荷馬車は燃やしてきた。馬をだいぶ行動不能にしてきたから、たぶんこれ以上の追撃はないだろう。俺も荷馬車の幌に乗るから、このまま王都まで行こう」
「わかりました……シュバ、シャフトさん……いや、シャフトさま。一度ならず二度も命を助けていただき、ありがとうございます」
「これが今回の仕事だ、むしろ荷馬車を守れなくて申し訳ない、今はとにかく進もう」
俺はKLR250をガレージに戻し、荷馬車の幌へと入った。幌の中には魔石の詰まった道具袋が多数と、マリーダ商会の従業員たちが顔を青くして固まっていたが、「もう大丈夫だ」と声をかけ、従業員の一人に御者台へ回ってもらい、一番後ろの外が見える位置にスペースを作ってそこに座った。
追撃はないだろうとマルタさんには言ったが、もしも狙いが荷ではなく、マリーダ商会の人たちであったなら、襲撃がこれで終わりとは限らない。念のため幌の中から外を覗いつつ、王都へと深夜の移動を開始した。




