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マリーダ商会の商隊護衛の出発日、俺はケブラーマスクにドイツ軍親衛隊の黒服ルックで変装し、ボイスチェンジャーも併用したもう一人の自分、「シャフト」としてマルタさんと出発までの時間を潰していた。
そこへ、総合ギルドから護衛依頼を受けてやってきた、3人の冒険者が合流した。
「おう、俺様がCランク冒険者”男郎花”のクランマスター、マクシミリアンだ!」
「Cランク冒険者”男郎花”のヴォルカイザーっす!」
「Cランク冒険者”男郎花”のゴットハルトでさぁ!」
応接室に入ってきた3人は、俺が城塞都市バルガに来たばかりの頃に、道具屋で絡んできた冒険者達だった。3人とも同じクランの固定パーティーなのだろうが、オトコエシと聞くと思い浮かべるのは、その辺に咲く雑草だ。
実際にはもっとしっかりとした植物なのだろうが、放置していると60cm~1mほどまで成長し、小さな白い花をつけるがこのオトコエシ、腐敗臭を放つ草としても知られている。
マクシミリアンは大きな体躯で皮鎧を着込んでいる猫耳大男。ヴォルカイザーはネズミ顔のフード付きのローブ姿だが、魔術師なのだろうか? ゴットハルトは狸顔の軽装備だ。しかし、ぽっこりしたお腹からは軽戦士の動きが想像できないのだが。
「マリーダ商会の商会長、マルタでございます。依頼を受けて頂き、ありがとうございます。こちらは友人のシャフト、彼にも商隊護衛をお願いしております」
「シャフトだ」
男郎花の3人は、俺の風貌に若干引き気味のようだが、さすがはクランを率いるマスターか、マクシミリアンが一歩前に出て、俺を探るように睨んでくる。
「おめぇ、冒険者か? 冒険者だったらランクはいくつだ?」
「いや、冒険者登録はしていない。今回はマルタの友人として護衛につくだけだ」
「冒険者でもねぇのに護衛依頼をこなせるのかぁ?」
「足手まといは必要ないっす!」
「そうでさぁ! リーダーぁがいれば十分でさぁ!」
「馬鹿やろう! マスターと呼べっていつも言ってるだろうがぁ!」
「まぁまぁ、シャフトの能力は十分承知しております。彼には私と一緒に荷馬車についてもらいます。男郎花の3人には商隊の前後についてもらう予定ですが、馬のご用意は出来ておりますか?」
男郎花が来るまでの間に、シャフトとマルタさんの間では丁寧な口調はなしにしようと話し合っていた。これはシュバルツとシャフトを明確に分ける為の小細工の一つだ。
シャフトの時の口調も、基本的にシュバルツとは変えていく。小さな積み重ねで、大きな偽りの姿を作り上げていく。
「もちろんだ、ここまでは馬を引いてやってきたからな」
そこからは商隊護衛に関しての軽い打ち合わせをし、護衛中の役回りの取り決めや、見張りの順序など、幾つかの確認事項を話し合った。
道具屋で絡んでくるような冒険者達で大丈夫か? と心配ではあったが、バルガ-王都間の護衛依頼は何度か達成しているらしく、自信たっぷりに「任せとけ!!」と張り切っていた。
「では出発しますよ!」
荷馬車への積み込みも全て終わり、俺達は城塞都市バルガを出発した。まず最初に男郎花の3人が馬で城門を越え、その後に俺達の荷馬車が通過する。
当然、越えるときにはギルドカードなどの身分証のチェックがあるので、俺は荷馬車の幌の中でシュバルツの格好に戻り、ギルドカードのチェック後にまた幌の中でシャフトに戻った。
王都までの道中は、前に猫耳大男とネズミ顔、荷馬車が3台、最後尾に狸顔の隊列で移動している。荷馬車の御者はマリーダ商会の従業員だ、俺は先頭の荷馬車にマルタさんと一緒に座っている。
城塞都市バルガと王都の間には、二箇所の休憩所があり、柱と屋根があるだけの雨避けの建物と、炊事用の場所が用意されている。今日はバルガ側の休憩所が目標地点だ。
城塞都市バルガを出発した初日は何事もなく、道中はマルタさんと色々な雑談に興じていた。もちろん護衛任務なので周囲の音を聞き分けるのは忘れない。とは言え、気をつけるのは大きく二つだ。
俺が最初にマルタさんを助けたように、時折街道を外れた林や森から、グラスウルフなどの魔獣が餌を求めて出てくる。これの対応が一つ、もう一つは盗賊だ。
特に今は緑鬼の迷宮の収穫祭で、バルガ-王都間の交通量が増え、大量の物資や魔石が運ばれている。今、俺たちが護衛している荷馬車にも、大量の魔石が積んである。
空魔石の数こそそれ程多くないが、バルガ周辺の迷宮で活動していた多くの冒険者たちが一度バルガに戻り、それまでの収穫を清算して、収穫祭へ参加しようと動いている。
荷馬車に積まれているのはそういう魔石だ。そして、それを狙って盗賊たちも集結してくる。王都やバルガの騎士団も盗賊討伐に日夜動くらしいが、効果が出てくるのは収穫祭の中盤から終盤にかけてだ。今はまだ始まったばかり、騎士団の討伐も全然成果が出ていない状態となっている。
盗賊が現れるのは基本的に夜だ。バルガ-王都間に休憩所があるように、各地の街道に同じような休憩所が建てられている。そこに夜襲をかけるのが盗賊のお決まりのパターンとなっている。
多くの商人や旅人が利用する休憩所は、利用者を監視するにも襲撃するにも盗賊にとっては都合がいい。
この二つの襲撃者に特に気をつけ、俺はマルタさんと話しながらも周囲の音を拾い続けていた。
初日の夜は何もなく夜が明けた。男郎花の3人と見張りをローテーションで回し、警戒にあたった。
今回の護衛では、道中の食事はマリーダ商会が持ってくれた。商隊護衛中の食事は、冒険者が自分で用意する場合と、商隊側が全て用意してくれる場合とでわかれるそうだ。
マリーダ商会が食事も用意してくれて気前がいいというよりは、これ弁当の実験をしているだけだろ……。
マリーダ商会が用意した弁当は、俺とマルタさんで探した竹籠のような小箱を、弁当箱に見立てて用意されたものだった。中には白パンと肉や野菜などが紙で仕切られてわけられている。
マルタさんに確認してみると、紙に蝋をしみ込ませ、料理の汁が別の料理に触れないように工夫したそうだ。俺のあやふやな記憶で話した弁当箱話から、すぐに思いついたらしい。
今回の商隊の食事は、この蝋引き紙の弁当箱での試用も兼ねているというわけだ。
俺としては、干し肉しゃぶってパンと水だけの食事でなければ、ありがたいの一言だ。
男郎花の連中も、護衛依頼で思いの外しっかりとしたものを食べれることに驚いているようだった。最初は彼らの技量が心配だったが、護衛依頼を数こなしていると言うのは本当の事のようで、道中や休憩所での見張りのローテーションは、何も問題なくおこなえている。
しかし、問題がなかったのはこの日までだ。
二日目、バルガ側の休憩所を出発し、王都側の休憩所まで向かうのが今日の行程だ。その行程も半分が過ぎ、もう数時間も走れば休憩所に着くという距離まできて、俺の耳にここまで聞こえていなかった音が聞こえた。
馬の蹄の音だ、数は2頭だろうか。街道の先でも後ろでもなく、街道を外れた先にある林の中から聞こえる。俺の集音センサーでもぎりぎりの距離の為、正確な位置が判断できないが、こちらに並走するように付いてきている。
「マルタ、付けられているかも知れない」
「本当ですか、シュバ――シャフト」
「向こうの林から馬が2頭、少し前から並走している。
「私にはまったく見えませんが、もしかしたら盗賊の斥候かもしれません」
「盗賊の斥候?! そんなの全然見えなかったがなぁ」
「そうっす、そんなのがいればリーダぁが見逃すはずがないっす」
「そうでさぁ、野良馬でも見たにきまってるでさぁ」
この3人の評価を改めざるをえない……マルタさんには、今夜の休憩所ではマリーダ商会の従業員で固まっていること、何かあったらすぐに移動できるように身支度を整えておくよう頼んだ。
もしも本当にあれが盗賊の斥候なら、狙いは今夜だろう。襲撃のセオリーなんて俺にはわからない、正しい対応が取れるかはわからない。
しかし、守るべき人、物があるならば俺は…………。
男郎花の3人は盗賊襲撃に備え、別段の対応をとることもなく、昨晩と同じようにローテーションをとりながら休んでいる。
マルタさんとマリーダ商会の従業員3人には、一つの荷馬車に固まって休んでもらっている。予想通りに襲撃が起こり、状況がよくない場合には、彼らだけでも王都へ走ってもらう。
俺はTSSを起動し、AS_VALのマガジンとM84フラッシュバンを大量に用意した。
相手の人数が不明な為、マガジンの換えは多い方がいい。重火器でも使おうかとも思ったが、重火器を装備するとパワードスーツの運動性能が低下する、これはVMBの仕様だ。 相手が来る方角も人数もわからなくては、それが致命的に成りかねない。ここはAS_VALの攻撃力と消音性に期待し、逆に相手を混乱させることを選択した。
もうすぐ日付が変わる時間だ、俺は休憩所の屋根から出て、周囲を警戒しながら歩哨に立つ。休憩所の周囲を廻りながら、周囲の音に耳を澄まし、ヘッドゴーグルはNVモードにして周囲を見渡す。
聞こえる――馬の蹄の音が、林を抜けこちらに向かって走ってくる数え切れないほどの蹄の音が。
「来たぞー!」
盗賊の斥候を信じなかったとしても、実際に襲ってくる盗賊を見れば、男郎花も行動を起こすだろう。そう思い、大声を上げて敵襲を知らせたが、男郎花のとった行動は俺の想像の斜め上を行っていた。
「馬鹿やろう! あの数で襲われて助かるわけないだろ!」
「その通りっす! 40頭はいるっす!」
「早く逃げるでさぁ!」
「なっ!?」
こいつら何言ってやがんだ? 確かに林から飛び出してきた馬に乗った盗賊は40近い、しかもその後方からも走ってくる奴らまで見える。総数は60程だろうか、馬に乗っている奴らはすでに剣を抜き、鬨の声を上げ突撃してくる。
この数は不味い、荷馬車やマリーダ商会の人たちを守りながらでは囲まれて詰む。
「マルタぁ! 王都へいけぇ!」
盗賊の襲撃を知らせる最初の声で、すでに荷馬車の幌から顔を出していたマルタさんは、目を見開き、俺の事をじっと見ている。
「いけぇ! 邪魔だぁ!」
俺の言葉を理解してくれたのかはわからないが、マルタさんは幌の中に戻り、すぐに荷馬車が動き出した。
一番高価な魔石は全てあの荷馬車に積み替えてある。他の2台は魔石以外の物資が載っているだけだ。最悪奪われても損害額はそう高くはない、あとは殿として盗賊の足を止め、追撃が不可能にしてやればそれでいい、そしたら俺も撤退だ。