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4/2 誤字・描写等修正
牙狼の迷宮、地下六階はアンデットゾーンだ。出てくるゾンビやスケルトンは、体内のどこかにある魔石を破壊するか、体と分離させないと斃すことはできない。
急所や部分的な破壊力で生命活動を停止させる、現在の俺の銃器での戦い方とは相性が悪い。
一旦、地下五階と繋ぐ階段まで戻りTSSを起動し、インベントリから対アンデット用のメイン兵装を選択する。
俺の目の前に光の粒子が収束していき、黒い補給BOXが現れる。BOXを開け、中から一際大きな兵装を取り出した。
俺が取り出したのは、ゾンビを焼き払う火炎放射器、それも日本の陸上自衛隊に配備されている『携帯放射器1-1型』だ。
火炎放射器はWWIやWWIIの頃までは多くの国で使われていたが、それ以降は段々と使用されることが減り、兵器として開発・進化はしてこなかった。
そんな中でこの1-1型は、アメリカがWWIIで使用していたM2火炎放射器を改良したもので、有効射程距離は40mと最長であり、燃料タンク2本、空気タンク1本の3本セットの形状により、使用回数も格段に上がっている。
さらにはVMBというゲームの仕様上、現実の1-1型が約10回ほどの集中噴射が可能なのに対し、ゲームバランスの名の下に20回にまで増えているほか、TSS経由で簡単に燃料を回復させることができる。
ただし、燃料タンクを満タンにするCP消費値は、SCAR-HやP90のマガジンと比べても高く、これを使い続けても赤字にはならないが、CP値を貯蓄していくには現実的ではないコストになっている。
ちなみに現在のCPは、日々の魔石回収やレミさんからの依頼の報酬によって得た資金によって、潤沢な数値を保つことができている。
火炎放射器系はメイン兵装の中でも大型の部類にあたり、これを使っている間は他の銃器を使う余裕がない。正確には筒先部分を常に手で持っていなければいけない、携帯放射器の本体に掛けておけるような形状にはなっていないからだ。
サブ兵装のFive-seveNはホルダーがあるからいいが、SCAR-HとP90は同時には使えそうもないので補給BOXへとしまい、対応するマガジンもしまっておく。
同時に補給BOXから取り出すのは、特殊手榴弾のTH3焼夷手榴弾だ。これもゾンビを焼き払う為に選択したもので、サーメートグレネードとも言われるこの手榴弾は、赤い15cmほどの円筒で、ピンを抜くと約3秒後に火花を噴き上げる。
その見た目は大きな線香花火のようにも見えるが、加害半径は実物で半径2m、VMBの仕様では3mと少し広がり、燃焼時間は20~30秒ほどの間、周囲を燃え上がらせる。その温度は摂氏2000℃を越え、鉄骨すら溶かし穴を開けるほどだ。
アンデットゾーン用の装備を整え終わり、これで進攻再開となる。
1-1型の筒先を両手で持ち、いつでも噴射できる体勢を保ちながら進んでいく、1-1型は基本的にHipFireという、腰に銃を構えて撃つ体勢で使用する。狙いはヘッドゴーグルのクロスヘアでおこなうので狙いを外す心配はない。
最初の戦闘場所を越え更に進んでいくと、ゾンビの呻き声が聞こえてきた。普通の銃器同様、近接戦闘に使えるような武器ではないので、距離が近づき過ぎないように気をつけながらゾンビを視界に収める。
ゾンビの数は3匹、こいつらに攻撃の意思はあるのか? と思いたくなるほどのスローな動きで近寄ってくる。1-1型のトリガーを引き、まずは3匹を焼き払うようにクロスヘアを滑らせ火炎を浴びせていく。
引火したゲル化油を浴び、その身に炎を纏って燃え上がるゾンビたちは、瞬く間に崩れ落ちていった。P90の5.7×28mm弾で被弾した部分が爆散していた時点で、このゾンビたちの防御力と言うのだろうか、とても柔らかい体をしているとは思っていたが、こうも簡単に焼け落ちるか。
崩れ落ちた傍から黒い靄に包まれ迷宮に沈んでいく、残ったのは魔石だけだ。加熱していないか気をつけながら魔石を拾い上げる。火炎放射器というのは、引火したゲル化油を噴射してダメージを与えるもので、噴射中の火炎自体の温度はそう高くないらしい。魔石は少し熱が篭っていたが、溶けた様子はない。
実物ではないゲームの兵器だからだろうか、噴射したときに輻射熱を感じなかった。適当に壁に向かって噴射してみたが、使っている俺は熱さを感じない。銃器から火薬の臭いがしないように、ゲームの中で必要のない概念である、使ってる側が熱いなんていう要素はないようだ。
しかし、そううまい話ばかりではなかった……火炎放射によって地下道に咲いていた白光草まで燃え崩れていた……。
俺は苦笑いしながら、ポーチから白光草の種を取り出し、地下道の端へと種を蒔きながら進んだ。
地下六階に出てくるのはソンビばかりだな……これ、普通の冒険者にとって何かやり難いところがあるのだろうか? 臭いが結構くるけど、脅威度は高くない。こんなに簡単に排除できるなら、魔石稼ぎと見ればかなり美味しい階層に見えるのだが……。
後で聞いた話だが、ゾンビ系の魔獣・亜人種は触れるだけで、魔力に干渉し”病”の状態異常に掛かる可能性があるそうだ。この状態異常は体の体温を上げ、高熱状態を引き起こし、様々な身体異常を併発させるものだ。しかし、魔力に干渉する状態異常は、『魔抜け』である俺には無効なので、俺がその脅威に気付くことはなかった。
奥へ奥へと進んでいくと、ゾンビにも種類が出てきた。人型ばかりだったのが、グラスウルフのゾンビ、ホーンラビットのゾンビと迷宮周辺の魔獣と、たぶん魔獣や亜人種にやられたであろう人型がこの地下六階に配置されているのだろう。
グラスウルフゾンビやホーンラビットゾンビは、動きの早さが生前と変わらない動きだったので少し警戒したが、1-1型の噴射で共に一瞬で燃え尽きていった。
地下七階に降りると、今度はスケルトンタイプが出始めた。スケルトンは胸の中央に魔石が剥き出しで見えており、それを肋骨が伸びるようにして支えている。
試しにとFive-seveNを引き抜き、スケルトンの頭にクロスヘアを合わせ、頭蓋骨を粉砕してみた。しかしスケルトンの歩みは止まらず、やはり体から魔石を外さないと駄目なようだ。
ゾンビに比べるとスケルトンの脅威度はかなり跳ね上がる。理由は簡単、武器を持っているのだ。鎧を着ているものはいないので、魔石が剥き出しで見えているが、手には小剣や片手斧を持ち、小盾を持っている個体も見かけた。
1-1型を噴射してみると、燃え上がるゲル化油が骨に付着し、スケルトンの体中をボロボロにしていく。魔石を支えている部分が崩れ落ちると、糸人形の糸が切れたようにスケルトンは形を保持できなくなり、その場に崩れ落ちた。
「これ強いな……」
俺はVMB時代では対人戦で使い物にならなかった1-1型をはじめ、火炎放射器系を再評価せざるをえなかった。アンデット系以外に使用するとどうなるかはわからないが、各地の迷宮には必ずアンデットゾーンがあるので、1-1型の使用は今後の定番になりそうだ。
1-1型による火炎放射を、スケルトンたちは小盾を構えて防ごうとする様子も見えたが、どうやら手に持っている小盾は木製のようで、それもすぐに燃え落ちて無防備な胸に火炎を喰らっていく。
しかし、一戦ごとにタンクの燃料を回復させる、ちょとした手間だけは面倒くさいな……。そんなことを思いながら立ち止まってTSSを操作していると、俺の耳に聞いたことのない羽ばたき音のようなものが一瞬聞こえた。
瞬時に音の発生方向に目を向ける。10m近くある高い天井だ、何か来る!
思わず、その場から後方へとスライドジャンプで下がり、俺が立っていた所へとV字に攻撃を仕掛ける、黒い大きな塊を目にする。
ラビリンスバット、蝙蝠の魔獣だ、デカイ……。広げた翼は2mくらいあるんじゃないか?
ラビリンスバットは急降下急上昇を繰り返し、激突の瞬間にキツネのような顔が牙を剥き噛み付いてくる。その動きを回避しながら観察し、これしか攻撃方法がないと判断したところで、1-1型を急上昇していくラビリンスバットの背に向け噴射する。
火炎を背に浴びたラビリンスバットは疳高い奇声を上げ、背を燃やしながら墜落してきた。地面と激突した際に頭から落ちたのか、骨が折れるような音と共に潰れた。
生きた魔獣に噴射した結果は、火炎による燃焼がしっかりと残るようだ。燃えるラビリンスバットから距離をとっても不自然に火が消えることはなかった。
たぶん、火炎放射を喰らったことによる延焼が続く間は、ダメージ判定が継続するのだろう。判定が消えるまでは、俺が離れても勝手に光の粒子になって消えることもない。
燃えながら黒い靄に包まれ、迷宮へと沈んでいくラビリンスバットを見つめながら、そう仮説を立てた。
そして、ラビリンスバットとの遭遇は、ついに俺が聴覚感知できない敵が現れたことを意味していた。
俺が持つイヤーパッドの集音センサーにより、半径150m以内はヘッドゴーグルのマップに光点で表示される。マップの表示範囲外でも最大で500mくらいまでは音を聞き分けることができる。
しかし、今のように定位置で獲物を待ち構える蝙蝠系は、攻撃に移る瞬間まで音を立てないので、俺が音で気付くことはない。
牙狼の迷宮では、地下道が明るく視界が確保できていた為、ヘッドゴーグルを通常モードで使用していた。だが、ラビリンスバットのようなタイプがいる場合は、それでもNVモードにして、天井付近をたびたび確認する必要があるだろう。
地下道部分は明るくとも、10mも上の天井はやはり暗いのだ。
俺は進行方向の警戒を厳にしつつも、地下道の分かれ道に入るたびに上を確認し、奇襲に警戒していく。そうして地下八階へと降りていった。
使用兵装
携帯放射器1-1型
日本の陸上自衛隊に配備されているM2火炎放射器の改良型。ゲル化油を燃料に使うことで、射程は40mと類似種の中で最長のスペック、噴射回数も多く調整されている。ただしCP消費コストが高い。
TH3焼夷手榴弾
短時間で狭い範囲だが、摂氏2000℃を越える高温を範囲内に生み出す手榴弾。その威力は鉄骨をも溶かす。