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俺は牙狼の迷宮にアタックをし、現在地は地下三階の清浄の泉である。ここからは連続ストレイフでの移動を止め、警戒しながらの進攻となる。マッピングを100%にするか、一層でも下を目指すか悩んだが、まずは下を目指すことにした。
マッピングしながらだと時間が掛かりすぎるので、目標である地下十八階まで行けそうもないと判断したからだ。
迷宮内の清浄の泉を越えると、現出する魔獣・亜人種の格が上がったり、上位種が出たりする。事前に総合ギルドの資料館で調べた範囲では、この先はゴブリンの上位種が増えだすはずだ。
「迷宮の白い花亭」で作ってもらった弁当を食べながら、TSSを操作し、弾薬の補充に特殊手榴弾の補充、それとSCAR-Hを用意する。
昼休憩を終え、再び進攻を開始した。
次の清浄の泉は地下八階だ、一層を約1時間で走破しても5時間は掛かるだろう。資料館でキャプチャーしてきた地下三階の地図を確認し、マッピングされて表示範囲が広がっていくマップとの差異を確認しながら、地下四階の階段がある方向へと進んでいく。
イヤーパッドが進行方向からの複数の足音を捉えた。緑鬼の迷宮で散々聞いたゴブリン系の足音だ、数は3つ。牙狼の迷宮は正道に蒔かれている白光草の数が多く、視界はだいぶ明るい。このまま進むと遠距離での戦闘に入るだろうが、FN P90の有効射程は200mにも及ぶ。
俺はその場に膝立ちになり、クロスヘアと照星を数mは続く直線通路の先へと向ける。
この世界の魔法の射程は、長くとも100m程度しかない。魔法で物質を生み出し、飛ばすタイプはこの限りではないらしいが。
仮に弓やクロスボウを曲射したならば数百mといった射程が得られるだろうが、スコープもない弓やクロスボウを命中させるのを前提で放つならば、その射程は100mにも満たない。
銃器による遠距離戦のアドバンテージは計り知れない。迷宮内の地下通路では、数百mなんていう広さは有りえないだろうが、出てくるのが判っている通路上で待ち伏せしている限り、顔が見えた瞬間にーー
俺はP90のトリガーを指切りし、通路の先に見えたゴブリンの頭に穴を開けた。続いて出てきたのはゴブリンメイジか? 3匹目もメイジだ、迷うことなくトリガーを引いていく。
警戒を解かずに前進していく、迷宮に沈み魔石だけを残したのを確認し拾い上げる。
そこから先も、ゴブリンの上位+魔獣の組み合わせなど、敵の出方にバリエーションが増してきたが、P90やM84フラシュバンによって無効化していく。とくにM84フラッシュバンの効果は高く、大型の魔獣であるレッドベアーにもしっかりと決まって、頭を撃ち抜くだけの作業となり始めていた。
戦闘のたびに投げるわけにもいかないが消費CPを考えても、じつに費用対効果が高い、俺の迷宮探索には必須の武器となり始めていた。
地下三階の大部屋も抜け、地下四階へと降りていく。
地下四階はレッドベアーの割合が非常に高く、メイン兵装をP90からSCAR-Hへと切り替える。発砲音が大きく、周囲の魔獣・亜人種を引き寄せる可能性を捨てきれないが、緑鬼の迷宮で使用した感じだと、そこまで神経質に為らなくともいいと感じた。
ただし、ミーチェさんのような獣人族はもとより、ソロではなくパーティーで行動している場合は、この発砲音には注意を払う必要がある。このアタックの後、マリーダ商会の商隊護衛依頼ではSCAR-Hに変わる、サイレンサーを使える兵装を用意するつもりだ。
だが、今はSCAR-Hだ。こいつの7.62×51mm NATO弾が、大型魔獣に対してどこまで破壊力を持つか、ホブゴブリンは頭が爆散した。さて、レッドベアー貴様はどうなる?
爆散した。
頭を狙えば一発で吹き飛び、心臓を狙えば大穴が開いた。さすがは7.62×51mm NATO弾と言うべきか、この弾丸の攻撃力でこの成果ならば、メイン兵装はP90とSCAR-Hの二種類で当分の間は対応できるだろう。
SCAR-Hをメインに変えると殲滅速度が飛躍的に上がり、未踏破の階層ながら進行速度は上層並みとなりすぐに地下五階へと到達した。しかし、やはり弾倉に20発しか入らないのは心許なく、補給BOXを召喚し大目にマガジンを持つことにした。
地下五階も、ここまでの階層と同じような地下道的な雰囲気の階層だった。資料館で調べた限りだと、この下から階層の雰囲気が変わるそうだ。そして、この階層にはホーンラビットの上位種、ロングホーンラビットがいるはずだ。
警戒しながら地下五階を進んでいくと、今まで聞いたことのない足音が聞こえた。さらにはレッドベアーと思われる重厚な足音も二つ。
「でけぇ……」
アイアンサイト越しに見るそいつは、ノーマルのホーンラビットの倍ほどの体長、1mくらいだろうか? 毛色は同じ茶色だが、頭から伸びる角はドリルのように螺旋状になっており、長さもノーマルとは比べ物にならない。
思わずその大きさに見蕩れてしまったが、向こうもすでに俺に気付いている。馬鹿の一つ覚えの咆哮を上げ、威嚇してきているがそんな事をする前に距離をつめるべきだったな。
まずは周囲のレッドベアー2匹にクロスヘアを合わせ、かわす事のできない胸付近を狙い撃つ。何度かの戦闘で、頭を狙っていると偶に反応されてクリーンヒットしないことがあった。
攻撃力は十分にある、少ない動きで回避できる頭一辺倒の狙いから、当たれば即死させられる胸付近に狙いを変えていた。
クロスヘアを滑らせながらセミオートで一発ずつレッドベアーに撃ち込んでいく、発砲に反応して回避しようとするが、大きな体躯で点の攻撃を避けきれるはずもなく。胸に大穴をあけて沈んでいく。
レッドベアーを斃され、ロングホーンラビットは赤い目を更に燃え上がらせ、咆哮のような奇声と共に、口から炎弾を吐き出しきた。
しかし、その攻撃方法はすでにグラスウルフの上位種、ダイアー・グラスウルフと闘ったときに見ている、当然覚えているし警戒もしていた。
「甘いわっ!」
俺は炎弾を左前方へとスライドジャンプしながら回避しながら体を横向きにし、さらに左ジャンプで加速しながらロングホーンラビットの横を通過していく。ロングホーンラビットも俺の動きに追随するように、頭部の長い角を振り抜いてきた。
しかし、俺の移動スピードに頭部の旋回速度が追いついていない。俺はSCAR-Hをセレクタをセミオートからフルオートに変更し、ロングホーンラビットの頭部から後ろ足にかけて、流れる体と共にクロスヘアを滑らせトリガーを引き抜いていく。
鳴り響く発砲音と排莢の金属音が連続して地下道に流れる。体中に7.62×51mm NATO弾を喰らったロングホーンラビットは、跡形もなく爆散していった。
ジャンプから着地し、そのまま膝立ちの体勢をとり、ロングホーンラビットだったものへとサイトを重ねる。やりすぎたか? と思わなくもないが、初見の魔獣にはオーバーキル気味になってもしょうがない。ミスは死に繋がるのだから……。
そこからはロングホーンラビットを見つけるたびに、斃すまでに必要な弾数や急所の位置を探りながら、結局は胸狙いの胴撃ちと、角の付け根付近を吹き飛ばすのが有効だと結論付けた。
「地下五階は大型ばかりだな……」
地下道にはレッドベアーで溢れ、小部屋、大部屋にはロングホーンラビットが必ずいた。
しかし、ここまでは大きな問題はなかった。
◆◆◇◆◆◇◆◆
地下五階を踏破し、地下六階へと降りると迷宮の雰囲気が少し変わったのが判った。まず臭いだ、生物が腐ったような腐臭が蔓延している。そして、地下道だと言うのに天井が高く10m近い高さがあるだろうか……。
地下迷宮は、本当に地下にトンネルを掘って作られているわけではない。ここは一種の異次元空間だ、迷宮の地面を掘っても下の階層にはいけないし、壁を破壊すると隣の通路に行くことは可能らしいが、迷宮内の魔素により破壊された壁は自然と修復されるそうだ。
事前に調べてきた情報だと、地下六階から地下十階はアンデットゾーン。ゾンビやスケルトン、それにラビリンスバットという蝙蝠系の魔獣が飛んでくる。
とりあえず、メインをP90に戻し警戒しながら進んでいく。少し進んでいくと、イヤーパッドに何かを引きずるような音が聞こえてくる、そして呻き声だ。
「これは……ゾンビってやつか?」
進むのを止め、膝立ちで待ち構える。クロスヘアと照星を重ねながら、それが現れるのを待つ。やがて、俺の視界に顔の半分をヘドロのように崩し、肌の色を黒く濁らせたゾンビが一体現れた。着ているものはボロボロになったシャツとズボン、共に酷く汚れている。
ゾンビの歩みは非常に遅い。俺はクロスヘアを頭に合わせ、まずは一発打ち込む。P90の5.7×28mm弾でも、一撃でゾンビの頭は吹き飛んだ……が、歩みが止まらない。
「なに? ヘッドショットで斃れないのか!」
俺が知っているFPSタイトルでも、敵がゾンビというゲームは数多くあった。そして、その多くが頭を吹き飛ばせば無力化できた。しかし、この世界のゾンビは違う理で動いているようだ。
とりあえず、ゾンビの足を止める為に両膝を撃ち抜く。5.7×28mm弾はゾンビの膝を貫通するだけでなく、膝を爆散させてゾンビを地に伏せさせた。
「どうする……?」
頭を失い、両膝から下を失ってもまだ這い寄ってくる。次に両肩を撃って、腕を体から吹き飛ばしてみた。
しかし、これでもまだ迷宮に沈むことなく蠢いている。まさか不死か? いや、もう死んでいるんだから不死とかではないか、死体を動かす核があるはず……魔石か。
ゾンビの魔石がどこにあるのかはわからないが、とりあえず心臓を撃ってみる。弾痕は大きな穴となり、心臓付近に空洞を作るがゾンビはまだ動いている。
ならば腹か? ゾンビが迷宮に沈むまで撃ち続け、最終的に魔石があったのは腰の部分だった。
「腰が魔石の定位置なのか……?」
このゾンビの魔石は腰にあったが、それがゾンビの全体的な特徴とは思えなかった。どうしようか少し悩んだが、総合ギルドの資料館でキャプチャーしてきた魔物図鑑のことを思い出し、TSSのキャプチャー画像を保存しているファイルから、ゾンビに関する情報を探した。
最終的に判明したのは、アンデットは体のどこかにある魔石を、体と分離させるか破壊すれば斃せるようだ。魔石の位置が定まっていないのと、銃器では魔石の破壊が基本になってしまう。通常の冒険者は、打撃系の武器で魔石を体から打ち飛ばすようにして倒すらしい。
俺もそうするか? しかし、打撃系の武器なんて警棒系くらいしかなかった気が……燃やすか。
ゾンビ退治といえば、ヘッドショットか焼き殺す、これだろ!
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。
M84フラッシュバン
爆音と閃光により、相手の視覚と聴覚を一時的に麻痺させ無力化させる特殊手榴弾。
SCAR-H
ベルギーのFN社製のアサルトライフルでアメリカ特殊作戦軍(SOCOM)向けに開発され、後に海兵隊でも使用されている。7.62x51mm NATO弾を使用し非常に攻撃力が高いが、装弾数が少なめで発砲時の反動が強いといった特徴も持つ。