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マルタさんの商隊護衛の依頼を受けた翌朝、俺は「迷宮の白い花亭」の食堂で朝食を摂っていた。今日の予定は、牙狼の迷宮に一泊する日程でアタックを仕掛けるつもりだ。
昨日の内に、女将のミラーナさんに弁当をお願いしておいた。最初は弁当が通じなくて困ったが、迷宮内で食べる箱詰された完成された1食分の料理だと、細かく説明しなんとか理解してもらえた。
とりあえず、パンとおかずで分けて4食分用意してもらった。
冒険者達が普段使っている道具袋と言う、袋のサイズ以上に物を容れる事ができる魔道具は、緩やかに内部の時間が経過すると言う。しかし、俺のギフトBOXには時間経過の概念がなく、容れた状態で取り出せることが確認できていた。
王都で受け取る予定の100食分の食料も、腐らせることなく収納し続けられる。
マルタさんにも弁当のことは教えてある。この世界の冒険者の食料は、干し肉やパンなどの携帯食のほか、道具袋を利用して食材を運び現地で簡単に調理して食事を摂る事が一般的だ。
俺が要望したような、調理された食べ物を携帯する習慣はあまりなく、マルタさんは目を光らせながら俺の説明に鼻息を荒くして聞いていた。
100食分用意して貰う上で問題になったのは容器だ。この世界にはアルミニウムによる、弁当箱のようなものを加工する技術は存在していなかった。俺も説明できないし、プラスチック容器も当然ながらない。
マルタさんと相談しながら最終的に選んだのは、竹かごのような植物製の箱だ。これの小さめのものを蓋とセットで用意してもらい、中の具材は汁が出ないもので頼んだ。
いずれは多少汁が出るものも容れたいが、時間がなくて具材を包んだり、弁当箱もどきを仕切るものが用意できそうもなかった。
弁当箱の形状や具体例を説明しているときのマルタさんの顔が、鋭すぎて少し怖かったが王都ならばすぐに数も揃えれるだろうという事で、100食分の食料も問題なく保存し、持ち運べる見込みとなっている。
ちなみに、今日受け取る4食分は試しで買ってきた竹かごに容れて貰う事になった。蓋はないので布をかぶせる形だが、ギフトBOXに収納してしまえば何も問題はないだろう。
お弁当が準備できるのを待ちながら、食堂でお茶を飲みながらまったりしていると、出入り口のほうからアシュリーさんがやってきた。
「シュバルツさん、おかえりなさい」
「アシュリーさん、久しぶりですね、なんとか帰って来れました」
「ふふ、随分とご活躍されたと聞いていますよ」
「いえいえ、護衛してくれていた山茶花の方々のお陰ですよ」
アシュリーさんに椅子を勧め、弁当ができるまでの間、緑鬼の迷宮での話やキャンプの話などをして雑談に興じた。
アシュリーさんは俺が迷宮に行っている間、ギルド調査員の仕事で城塞都市バルガの北へと行っていたそうだ。
色々話していく中で、レミさんにギルドへ勧誘されたことを話すと、アシュリーさんの目が少し鋭くなった。
「レミ先輩は、「ギルドに」と言ったのですか? 「総合ギルドに」ではなくてですか?」
「ええ、たしか、「ギルドに」と言っていましたよ、何か違うのですか?」
「……「総合ギルドに」と勧誘されたのなら、いわゆる総合ギルド職員としての勧誘になります。しかし、「ギルドに」となると、総合ギルドの中のどこか一部門に勧誘しているかもしれません。特に、レミ先輩が関わっている部門だとすると……」
そこで、アシュリーさんは口を噤んでしまった。もしかしたら、安易に口に出せない部門なのかもしれない。
「ありがとうございます、勧誘に応じる、応じないにせよ、その辺をしっかりと確かめてから判断させてもらうとします」
雑談が一区切り付いたところで、タイミングがいいと言っていいのかわからないが、頼んでおいた弁当が出来上がった。アシュリーさんは、これから朝食を摂っていくと言うので、俺は先に失礼して一旦部屋へ戻ることにした。
席を立ち、弁当を抱えながら失礼しようとした時、何気ない口調でアシュリーさんが俺に言った。
「シュバルツさん、何か吹っ切れましたか? 以前と比べて、とても清々しい顔をしていますよ」
俺は心臓が一際大きく高鳴るのを感じた。この人は、この人だけは、俺を俺としてだけ見てくれているような気がする。
「ええ、ここへ来てからの悩みが一つ、解消されたんです」
「そうなんですか、それはよかったですね。あっ、これから牙狼の迷宮ですよね、お気をつけて、いってらっしゃい」
「ええ、いってきます」
◆◆◇◆◆◇◆◆
城塞都市バルガでの準備を全て終え、これから牙狼の迷宮へとアタックする。目標階層は地下十二階を越え、行ければ地下十八階まで行きたい。
まずは速攻で地下三階の清浄の泉まで行く。その後は地下八階、地下十二階、そして最後に地下十八階の清浄の泉を目指す。
牙狼の迷宮の管理棟へと入り、探索日程の提出や、ギルドカードのチェックを受ける。ついでに現在の探索者情報を聞くと、都合よく現在潜っている探索者はいないようだ。今は緑鬼の迷宮の収穫祭へと多数の冒険者が向かっている。
門番越えができなくて、攻略が滞っている牙狼の迷宮は、言わば人気のない迷宮だ。だからこそ、迷宮内で他の目を気にする必要がない。
地下一階へと降り、装備品の確認をしていく。P90にサイレンサーとタクティカルライト、サブ兵装のFive-seveNにもサイレンサーを取り付ける。
マッピングを100%にしてある地下三階の清浄の泉までは、この装備で十分進める。そこから先は、出てくる魔獣・亜人種が強くなるはずだ。念のためSCAR-Hを用意するつもりだ。
「よしっ」
地下二階までのルートを確認し、ダッシュからアクセルジャンプをし、ストレイフジャンプに移行する。そこから、連続ストレイフジャンプで一気に加速してしていく。
地下道に出てくるグラスウルフやホーンラビットを、轢き潰すように撃ち斃していく。魔石の回収はしない、速攻で地下三階へ向かいそこからは警戒しながらの進攻になるので、魔石を回収していくのはそこからだ。
目の前に小部屋が迫ってくる、マップに映る光点で数を確認し、一気に飛び込んでいく。数は4つ、小部屋に突入するとそれがグラスウルフだとすぐにわかる。小部屋の中央で、座っていた4匹の周りを廻るように動き、一気に5.7x28mm弾を撃ち込んでいく。
正面から突入しておきながら、真っ直ぐ来ない俺の動きにグラスウルフ達は戸惑い、立ち上っただけで俺の動きにはまったく反応できていなかった。そして、そのまま銃弾を喰らい沈んでいった。
4匹が靄に包まれ迷宮に沈むのを確認し、滑るように回転しながら連続ストレイフから着地し、マガジンの交換をおこなう。ついでに水筒から一口水を飲み、息を吐いて転がっている魔石も拾っておく。
マリーダ商会で取り寄せてもらったこの水筒は、水魔石を下部に入れておくだけで、魔法陣による自動発動で水が水筒内に溜まる。使用者の魔力を必要としない魔道具は、人気商品且つ値段も中々いいので、俺の身の回りの道具を全てそれにすることはできないが、この水筒は本当にありがたい。
小休憩を終え、この先の大部屋まで再び移動する。大部屋では、グラスウルフとゴブリンの混合で13匹にも及んだが、入り口からM84フラッシュバンを投げ込み、視覚と聴覚を麻痺させ、地に伏せて呻き声をあげているうちに全て撃ち斃した。
1時間も掛からずに地下一階を走破し、地下二階へと降りていく。
地下二階に降りても連続ストレイフでの移動は変わらない、ここではレッドベアーが出てくる可能性があるが、奴もこの状態から轢き潰すつもりだ。
地下三階への階段の位置は把握している、地下一階同様に加速していき、どんどん進んでいく。正直なところ、もしもこの移動を他の冒険者に見られると、言い訳のしようがない。
山茶花と共に緑鬼の迷宮を探索しているときに、冒険者の《スキル》について色々と話を聞いていた。持ち主の意思により発動させるアクティブな《スキル》は、発動させるのに魔法のような発声は必要ない。
発動の意思を持つだけで体が動き、自身の魔力を糧として発動させる。山茶花のマリンダさんの盾役としての立ち回りや、ルゥさんの居合い斬りも、実は《スキル》として発動させているものばかりらしい。
高ランク冒険者である彼女らは、内包する魔力も高く探索の道中で魔力切れなんてものを起こすことはなかった。しかし、低ランクの冒険者は、《スキル》を小出しにしながら探索や自然界での依頼をこなすのだという。
《スキル》の中には移動系も多くあり俺のストレイフジャンプも、一目には《スキル》による跳躍に見えることだろう。しかし、止まることなく飛び続ける連続ストレイフは、明らかに魔力の無駄使い、もしくはそれができるだけの異様な魔力の内包を意味することになるだろう。
進行方向から重たい足音が聞こえる、マップに光点が映る。レッドベアーだな……
ストレイフの角度を調節しながら、地下道の中央から壁際に寄る。レッドベアーが一体、視界に入ってきた。
レッドベアーが俺に気付いて咆哮を上げる。しかし、その行動自体がすでに時間のロスだ!
開いた口にクロスヘアを合わせ、一気にトリガーを引いていく。
咆哮を上げる口が、瞬く間に血を溢れさせて詰まらせていく。ストレイフから地下道の壁を蹴り、レッドベアーの後ろへと廻り込み、今度は首の付け根を狙い銃弾を撃ち込み、首を胴体から吹き飛ばす。
大型の魔獣相手だと、5.7x28mm弾は数が必要だ、もしくは狙い所を絞っていかなければいけないな、次に出会った時は前からと後ろからで心臓を狙ってみるか、それとも最初から頭を吹き飛ばすか……SCAR-Hに変えてもいいが、地下二階から7.62x51mm NATO弾に頼っていては、後が思いやられる。
俺は、沈み逝くレッドベアーを見ながら、今後の戦い方の考えていた。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。