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緑鬼の迷宮からキャンプに戻ってきた翌日、昨日のうちにマッピングした分を全て地図に落とし込んだ俺は、迷宮の収穫祭へ向けて急ピッチで緑鬼の迷宮のマッピングを進めていた。
具体的には、俺の護衛として一緒に迷宮へ入ってきた、山茶花のフラウさんとミーチェさんとは、迷宮内部で分かれ、二人は清浄の泉方面を掃討しながら進み。
俺はと言うと、マッピングの終わっていない区画へ向けて、ハイスピードで移動していた。
白光草が点々と咲いているとはいえ、まだ薄暗い地下通路の中をNVモードで視界を確保し、VMBのみならず、近未来系SFシューターではよく使われる高速移動テクニック、連続ストレイフジャンプで迷宮の地下通路を、文字通り飛び回っていた。
ストレイフジャンプを大雑把に説明すると、進みたい方向に対して左右どちらでもいいが、少し斜めにジャンプする。同時に正面右へジャンプしたならば、空中でさらに体の向きを右を方向に少し回転させる。
この方向を変える回転角度によって、ストレイフジャンプに前方ジャンプしたときの移動距離を伸ばしたり、前方ジャンプの速度が加速したりする。
連続ストレイフとは、これの向きを左右交互に変えながら、止まることなく連続でおこなうことによって、より遠くへ、より加速したジャンプで移動することができる。
連続ストレイフをしながら、マップを注視し周囲の音を聞き分けていく。今俺がいる地点では、生き残っているゴブリンはノーマルか、その上位種ぐらいだ。連続ストレイフはただの移動テクニックではない、この状態から戦闘へ突入し、轢き殺すように弾をばら撒き、敵を撃ち倒していくのだ。
マップに光点が浮かぶ、進行方向左折した先に三つだ。胸の前に構えるP90のトリガーに指を掛ける。ストレイフの向きを調節していき、曲がり角へ左回りにジャンプしながら突入する。
ジャンプの最頂点でしっかりと角を越えるように飛び、ジャンプ中という一瞬の中でありながらも、余裕を持ってクロスヘアをゴブリンの頭に高さに合わせていく。一匹一匹を
丁寧にAim、つまり狙いをつけていく必要はない。
空中を移動する俺の体とクロスヘアが、ゴブリンの頭を通過するときに、トリガーを引くだけだ。
指きり3連射し、ゴブリンが斃れたことを確認せずに、そのままストレイフを続け先に進む。確認は必要ない、ゴブリンに対してはもう十分に発砲経験を積んだ、撃ち斃した手ごたえをしっかりと感じている。魔石も後回しだ、今は少しでも早くマッピングを100%にする。
結局、緑鬼の迷宮のマッピングを100%にするまでに、さらに丸一日の時間が必要になった。それでも迷宮討伐から二日で完遂し、総合ギルドへと納める分を描き上げたのは驚愕のスピードと言えるだろう。
描き終えた地図を持って地図作成用のテントを出ると、すでに日は落ちていた。しかし、探索キャンプのあちこちに立てられた篝火によって、周囲は赤い光に包まれていた。城塞都市バルガから続々と集まる冒険者たち、そして討伐の話を聞きつけ、商人や労働者たちもこちらへ向かっているそうだ。
迷宮の収穫祭は、眠ることを知らない白夜となってすでに始まりを見せていた。
探索本部のテントへ入っていくと、もう日の落ちている時間だというのに、バロルドさんが仕事を続けていた。そしてもう一人、そこには俺を緑鬼の迷宮へと向かわせた張本人、ギルド調査員のレミさんが待っていた。
「迷宮の地図、完成しました」
「シュバルツ君、お疲れ様」
バロルドさんに地図を渡し、これで俺の今回の仕事は、一区切り付くことになる。
「さすがの出来だなシュバルツ君、君に頼んだのは正解だったようだ」
「ありがとうございます、レミさん。でも、この仕事を請けたのは、俺にとっては不正解だったかもしれません」
「レ、レミさん……私はこの地図を職員たちに複製してもらってきますね、そ、それではシュバルツ君また後で」
俺とレミさんの間の不穏な空気を嫌ったのか、バロルドさんがそそくさと本部テントから出て行った。これで、このテントには俺とレミさんだけの二人だけだ。
「シュバルツ君、何か問題があったかな?」
「そうですね……」
そこからは、今回の依頼を受けてからの幾つかの問題を挙げた。地図作成の仕事が迷宮の討伐に変わっていったのは、俺も望んだことなので構わないのだが。問題は地図の作成者としての俺の個人情報が本当に伏せられるのか、そして覇王花に関してだ。
「覇王花から君の情報が漏れる事はないだろう、君をクランに誘ったというのなら、別のクランや組織に情報を与えて、競争相手を増やすような事はしないだろう」
レミさんは、バロルドさんが座っていた机に腰を掛け俺の話を聞いていた。たしかに、覇王花が俺の地図作成能力を欲するのならば、他のクランからの勧誘が来ないように、俺の話をばら撒くようなことはしないだろう。
「今回の協力要請で描いてもらった地図の作成者に関しては、私が責任を持って秘匿する」
「何か、引っかかる言い回しですね」
「わかるかい? シュバルツ君、今後も迷宮の地図を総合ギルドに卸す気なのかい?」
「まさか、そんな事をしたら今回の口止めが無意味になるじゃないですか、俺にとってはいい小金稼ぎだったのですが、俺個人で対応するには、周りの反応が過敏すぎます」
「なら、個人で対応しなければいいじゃないか」
「覇王花の誘いを受けろと?」
「それこそ、まさか、だよ。君が覇王花を嫌う理由はわかるが、彼らを敵に回すのは得策ではないよ。名実共にクルトメルガで一番のクランだ、今代のマスターは王位継承権第二位であらせられる、キリーク・クルトメルガ王子よ。歴代のマスターのなかでも初代に次ぐ高位のマスターで、現在の覇王花の権力は、過去最高とも言われている」
「王族が参加するクランだとは聞いていましたが、王子ですか、なるほど……」
「今の覇王花と張り合うなら、君もそれなりの後ろ盾を持つべきだ」
「……つまり?」
そこでレミさんは腰掛けていた机から降りて、俺の目の前まで近づいてきた。いや、近づくという距離ではない、俺よりも少し背の高いレミさんの顔が、俺の目と鼻の先にまで来ている。
「ギルドに、入らないか?」
それは、愛を囁く小鳥のさえずりのようであった。俺の耳に、心に囁くように、レミさんのさえずりが続く。
「これは、誰かに聞かれていいような話ではないんだ。正直言うとね、君の地図は危険だ、私はそう思っている」
「危険、ですか?」
自然と、俺の声も囁き返すように小声になっていた。レミさんとの距離は更に縮まっている。彼女もまた、短髪の赤髪で褐色の美形だ、見つめ合う瞳は薄い赤目、その唇はぷっくりとピンク色をしていた。
「君はまだ、迷宮の地図しか描いていないようだが、本当は自然界の地図も、同様の精度で描けるのではないか?」
そういうことか……たしかに描ける、迷宮同様にトレースするだけでいいのだからな。
そして、地図とはつまり情報の塊だ。この異世界の軍事レベルがどの程度なのかはよくわからないが、軍隊という呼称を持つものは存在していない、変わりに騎士団がそれにあたる。
騎士団が、どのような組織で構成されているのかは知らないが、総合ギルドの資料館でみた迷宮の地図を見る限り、少なくとも大規模な測量技術は持ち合わせていないように感じる。
しかし、俺のマッピングを利用したトレース地図を作成すれば、この異世界ではオーバースペックな戦術地図になりえる。
「この沈黙は、肯定と見ていいのかな?」
俺はレミさんの問いに答えられなかった。どう答えるのが正解なのかが判らなかった。
覇王花が俺を欲しがる理由もきっとこれだろう、ただの迷宮討伐のための道具ではない、その先も見据えて俺の力を欲した。
「ええ、描けます」
認めたくない一言だった。しかし、ここで嘘をついても意味はない。それよりも俺は、VMBの力の一端が余りにもこの異世界に対して、異質な力であることを再認識していた。
頭を過ぎるキーワード”チート”、俺が、俺達FPSプレイヤーがもっとも忌避してきた言葉の体現者、チーター……俺はこの異世界において、異物じゃなく、ただのチーターだ……。
「顔色が悪いが大丈夫か? 私は君を責めるつもりはない」
レミさんの手が俺の背に回され、やさしく擦る。それは傍から見れば抱き合う恋人同士のようであった。
「いえ、大丈夫です……ギルドへの誘いの返答は……少し待ってください」
「いいだろう、今回の報酬は総合ギルドのレズモンドから貰ってくれ、顔を見せれば出してくれるはずだ」
そう言うと、レミさんは俺から離れて行った。
俺は一人、本部テントで立ち尽くしていた。どうしていいか判らない、このVMBの力を俺は使い続けていいのか? この異世界で生きていくならば、この力を捨て、一人の普人種として生きていくべきなのではないか?
いや……そもそも何で俺はこの異世界で生きなければいけないんだ? なぜ俺はここにいるんだ? 判らない、わからない、誰か、誰か教えてくれ……
「俺は……なぜ……ここにいる」
ピコーン♪
俺一人だけの探索キャンプ本部テントに、VMBのメール着信音が響いた。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。




