40
3/21 誤字修正
俺と山茶花のメンバーは、掃除の終った大部屋で小休憩をとっていた。
「フラウさん、少し下がって用を足してきます」
「わかったわ、手早くね。あと10分ほどで出発するわよ」
俺は、大部屋から出口方面へ少し戻り、地下通路の上でTSSを起動した。俺がパーティーを離れたのは、本当に催したわけではない。
俺は山茶花と行動を共にしてから、休憩を取るたびに、弾薬の補給をおこなう為に一度は離れていた。その行動をいつもの行動とする為に、補給の必要のないときも離れた。
本来ならば、このような小用でパーティーを離れると言うのは、危険な行動極まりない事で、普通のパーティーでは認められないだろう。しかし、俺の探索能力と個人の戦闘能力を考慮し認めてもらっている。と言うか、この間に彼女達も済ませているのだろう。
俺はTSSを操作しながら、ここまでの探索と今回の仕事について思い返していた。今回の協力要請から始まった地図作成の仕事は、トントン拍子で迷宮討伐へと姿を変えた。この依頼を受ける時に、俺はレミさんに三つの条件を出した。
一つ、地図作成者の名前を今後伏せる。二つ、地図作製の為の迷宮探索は俺一人、もしくは信頼のおける人との少人数での探索。三つ、俺の地図作成方法、及び迷宮探索時に見た俺のスキル等の口外しない。
しかし、現状を振り返ると、どうも守られていない気がする。とは言え、よく考えてみると、今回の仕事ってレミさんから直接請けた仕事で、総合ギルドを通してないんだよな……。
元々、絶対に守ってもらわなくては困る! と、言うほどの条件ではなかったのだが、今後も似たような直接の協力要請の形で、俺の行動に制限や、自由が損なわれるのを嫌ったが為の条件だった。
総合ギルド側は、改めてレミさんに強く言うとして、覇王花と、今日の探索後に顔を合わせるであろう騎士団に対して、どう動くかだ。
知られて良い情報と、知られては困る情報の整理が必要だな……銃器の性能、移動車両の存在、地図作成能力、索敵能力、ここまではいい。
しかし、TSS経由でのシステム利用、聴覚センサー、ギフトBOX、自動翻訳、車両以外の支援兵器、車両の移動能力、疲れを知らず、傷が回復するこの体……この情報は安易に知られるわけにはいかない、俺が十二分に信頼できる相手以外には、話すつもりも見せるつもりもない。
この線引きは絶対だ、せめて俺が異世界に落ちた理由がわかるまでは……
「戻りました、そろそろ出発にしますか?」
「あ、シュバルツ戻ってきたにゃー」
「シュバルツ、こちらの準備は終っているわ。今日中に門番を目指し、早々に見つかれば攻めるわ」
「わかりました、フラウさん。俺もいつでも行けます」
大部屋に戻ってくると、山茶花のメンバーはすでに準備万端整っていた。
再び緑鬼の迷宮の深部へと向かい、探索を再開した。休憩を取った大部屋を境に、出てくる亜人種がホブゴブリンの上位種ばかりになってきた。間違いなく、奥に近づいているはずだ。
そして、それが俺達の前に見えてきた。
「門」
ルゥが呟いた。暗闇の地下通路でしかなかった緑鬼の迷宮で、初めて石造レンガの壁以外の構造物が目に入った。
「門番とやるのは久しぶりだな!」
「マリンダさんは門番越えの経験があるんですか?」
「あぁ! あたしとルゥは門番越えは経験済みさ! それがランクAになる為の条件の一つだしな!」
「お喋りはお仕舞いにしなさい、時間はまだあるわ。このまま行くわよ」
俺の目の前にそびえ立つ門は、真っ白な石造の門で、門柱と門扉にはびっしりと彫刻が掘ってあり、これは普人種や獣人種に妖精種だろうか、それと争うように配置されている魔獣や亜人種……そして門の中央上部には、石造の小さな玉座のような椅子だけが掘ってある、座っているものはいない。
なんというか、オーギュスト・ロダンの地獄の門のような造形だ……。
マップで見る限り、この向こうは大部屋になっている。そこに門番がいるのだろう。
門番や迷宮の主とは1対探索者パーティーでの戦闘になるそうだ。パーティーの基本人数は6人なので、1対6が一番多いケース。時には複数のパーティーやクランで進攻し、6人以上の数で戦闘をおこなう事もあるそうだ。
今回の仕事のように、総合ギルドの依頼として討伐に来ているときは、門番は早い者勝ち、迷宮の主は、ギルド調査員か騎士団と共に討伐するのが慣例だそうだ。
そんな探索者の常識を聞きながら、俺は目の前に立つ迷宮の門を押し開いた。
門番のいる部屋は広く、柱も何もない、ただ広いだけの空間だった。その奥に、緑色の肌をした、ゴブリンとは比べ物にならない程大きな上半身と、短足ながらもごつごつとした筋肉を持つ下半身、身長は2mを越えている。着ている物は、皮の胸当てといったものだろうか、肩当と胸部を守っている。
右手には大きな手甲をつけ、手に持つのは細かい意匠を凝らした大きな戦槌だ。下半身はボロい布のズボンだけだが、頭には顔を半分隠す鉄の兜をかぶり、見えているのはその赤い獰猛な目と、大きく開き牙のような歯が並ぶ口だけだ。
「あれはオーガ……ファイターね……」
フラウさんの呟きが聞こえる。ここまで出てきたホブゴブリンの、更に上の格の種であるオーガの、更に上位種。それがこの緑鬼の迷宮の迷宮の門番だった。
「Vuvooooooooo!!」
門番の咆哮が轟く、こちらも隊列を広げ、フラウさんとラリィさんの詠唱がはじまる。
マリンダさんが前に立ち、ミーチェさんとルゥさんが横に立つ。
「先制します」
俺はマリンダさんの横で膝立ちになり、P90を構えダウンサイトし、クロスヘアとオーガの頭を結ぶ。オーガは、部屋の奥でこちらを威嚇しながらまだ吠えている。
P90のトリガーを、指切りで2連射する。弾はきれいにオーガの頭を捕らえたが、同時に響く鈍い金属音。
「弾かれたか?」
オーガの被っている鉄製に見える兜の厚みが、どの程度かはわからないが、5.7×28mm弾が貫通できないなんて、数cmは必要だぞ……。
しかし、全てが弾かれたわけでもなく、俺も全てを兜部分にAim、つまり、狙いをつけていたわけではない。何発かは頬を削り、血を流している。
攻撃された事に腹を立てたのか、オーガは更に大きな咆哮をあげた。
「気をつけろ! スキル『咆哮』だ! 近くで受けると体が動かなくなるぞ!」
マリンダさんの声が上がる。スキルだと……? 亜人種にもスキルが使えるのか。
同時にフラウさんとラリィさんの詠唱が終わり、前衛三人に何かの付与魔法がかけられる。最後に聞こえていたのは、「倍力」と「俊足」だ。
付与魔法を受けて、前衛三人が前へと走る。オーガも戦槌を構え、こちらへと走り出した。
こうなると、俺の攻撃の機会は減ってくる。どうしても誤射の可能性があるので、安易に発砲する事は出来ない。俺は前三人、後ろ二人の陣形から少し横にそれ、オーガの右前へと移動した。
俺の狙いは足だ。前三人と射線が被らないところへと移動し、膝立ちになってダウンサイトする。オーガの動き、三人の動きを視界に収めながら、クロスヘアを動き回るオーガの膝へと合わせる。
3人の攻撃と、オーガの抵抗の隙を狙い、膝へ銃弾を撃ち込む。
「Guaaaaaaaaa」
オーガは右膝を押さえ、しゃがみ込んだ。膝を破壊できたかは不明だが、オーガファイターの肉の鎧は、5.7x28mm弾でも十分にダメージを与えられるようだ。
オーガは俺の方を向き、赤い目を更に赤く燃え上がらせ、唸り声を上げている。しかし、俺に気を取られていていいのかな?
右膝を押さえ、動きの止まったオーガに前衛3人の攻撃が集まる。そして、その後にはフラウさんとラリィさんの攻撃魔法が、動きの止まっているオーガに降りかかる。
見る見るうちに、全身を血だらけにしていくオーガに、俺達は容赦なく攻撃を叩き込んでいく。怒りの咆哮が、息を吐くような呻きに変わるのを聞きながら、更に右膝に銃弾を撃ちこみ、完全に右膝を破壊する。
「Guuuuuu……GuGAaaaaaaaa!!!」
オーガの呻き声は、再び怒りの声と変わり、スキル『咆哮』を放つ。空気を震わせる振動が前衛三人と、俺の体を突き抜けていくが、『咆哮』による状態異常もまた、対象者の魔力に干渉するものだったようだ。体を何かが突き抜ける感触が一瞬したが、それだけだ。
しかし、前三人は『咆哮』の影響を受け、動きが止まっている。オーガは、破壊された右膝を庇いながらも戦槌を振りかぶり、大盾を構えて動きを止めている、マリンダさんへと振り下ろしていく。
しかし、その振り下ろす先は、俺の銃撃によってマリンダさんの横へと逸れていく。
俺は、オーガの顔へと再び銃撃をおこなっていた。今度は兜部分ではなく、大きく開いた口へ向かってだ。マリンダさんへの攻撃を防ぎつつ、やっかいな『咆哮』を使えないように潰していく。
オーガは悲鳴とも奇声とも言えないような声を上げ、たまらず戦槌から手を離し、顔を抑えて喚いている。
「ミーチェ!」
「にゃー!」
『咆哮』による影響から復帰したルゥさんとミーチェさんが、オーガの左右から飛び込んでいく、ミーチェさんの短剣がオーガの首の後ろを抉る。その攻撃の衝撃に、オーガの顎が上がり、顔を覆う手は首の後ろへと回された。ミーチェさんと交差するように、ルゥさんが無防備な首へと、居合い切りを決める。切り開かれた首から鮮血が吹きだし、大きく開いた傷は、オーガの太い首を半分ほどに切り裂いていた。
「うぉぉぉ!」
オーガの正面で動きを止めていたマリンダさんが声を上げ、止めとばかりに振り切られた両刃斧は、オーガの切り開かれた首の傷へと寸分たがわず重なり、その衝撃でオーガの首は大部屋の天井高く切り上げられた。
使用兵装
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。