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「な、何にゃーって言われても……こ、これが俺のスキルですよ」
前にも同じ事をやった記憶があるが、それでも俺が言える言葉はこれしかなかった。
VMBのことや、俺が違う世界から落ちてきた異物だと言う気はさらさらない。血統スキルという、極僅かな家系にしか持っていない特別なスキル。その内容は、どの家系も公表していないと言う。クルトメルガ王国でも、”王族が持っている”その一点のみ、公表されているだけらしい。これで全てを隠し通すしか、俺に出来ることはない。
「どうしたの? ミーチェ」
小部屋から出てきた残り二匹のホブゴブリンを斃し終え、ルゥさんをはじめ、
マリンダさんとフラウさんも俺の様子を見に戻ってきた。
「ルゥにゃん聞いてにゃ、シュバルツ怪我してなかったにゃ」
おい、ちょっと待て。ルゥにゃん? ルゥ+語尾ではなくて、”ルゥにゃん”?
ルゥさんとは、キャンプで合流してからも余り会話をしていなくて、他のメンバーとも
お喋りを楽しむタイプではないようで、常にポーカーフェイスで佇んでる人だったが、実はミーチェさんにそんな風に呼ばれる仲だったのか……。
「ミーチェ、探索中にそれはやめて」
「そうだったにゃ……」
「シュバルツ! ホブゴブリンの大剣を弾いたように見えたが、怪我は本当にないのか?」
マリンダさんまで心配して俺の左手をまじまじと見てくる。
「ええ、問題ないです。俺のスキル、「Arms」は攻防一体ですから」
「血統スキルは本当に謎が多いわね。もしかして、攻防以外にもできることがあるのではなくて?」
そう言うのはフラウさんだ。鋭すぎる突っ込みは言葉だけでなく、彼女の翡翠色の目が俺を見つめ、詰問し続けている。
「フラウ姉さま、シュバルツさんに、私の治癒魔法が効果でないのです……」
フラウさんの追及を終らせたのは、俺の自白ではなくラリィさんの嘆きだった。
「『魔抜け』のせいね?」
「だと思います。ラリィさん、俺に身体強化魔法を掛けてもらえますか?」
「え? わ、わかりました」
俺に求められるままに、ラリィさんが魔言を唱え始める。
「~~~~、~~~~~、倍力」
ラリィさんの魔法が発動すると、俺の体全体を、薄い光の膜が包み込むようにして広がっていくが、途中で膜が弾け飛ぶように四散した。
「はぅ~~」
またもや失敗した自分の魔法を見て、ラリィさんがうな垂れるようにして膝をつく。
「やはり、シュバルツには付与魔法と治癒魔法は発動しないのね」
「ええ、付与魔法も治癒魔法も、対象者の魔力に干渉して発動するんですよね? その干渉する魔力が存在しない俺には、と言うか、『魔抜け』には効果が出ない魔法体系ですね」
「試したりはしないけど、たぶん状態異常系も効果が出ないでしょうね。あれも相手の魔力に不調を起こさせ、状態異常に繋げるものだから」
魔法の効果が出ないことに嘆くラリィさんをケアしつつ、フラウさんの考察に耳を傾ける。『魔抜け』とは一体なんなのだろうか? 何をするにも魔力が必要なこの異世界で、なぜ魔力がない者が生まれてくるのか? まぁ、考えてもしょうがないか、今は先に進むとしよう。
崩れた隊列を元に戻し、緑鬼の迷宮の深部へ向け探索を再開した。しかし、今後は俺が危険になる可能性のある先制攻撃は却下となった。万が一負傷した場合、傷を直す手段がないからだ。治癒魔法が効果ないと言うのは、同様に治癒アイテムの効果がないことも意味するそうだ。
しかし、本当は傷を負ったとしても、この体には自然治癒力があるで、少し休憩すれば治ってしまう訳だが……。
小部屋を越えて、更に奥へと進んでいく。先ほどの戦闘を振り返れば、ミーチェさんの叫びに引きずられて狙いを外してしまったが、SCAR-Hの攻撃力は満足がいくものだった。
しかし、発砲時に発する音は、獣人種であるミーチェさんには相当きついらしく、使用前には、必ず一声かける必要性が出てしまった。
P90などのサブマシンガン系には、アタッチメントとしてサプレッサーが存在するのだが、ゲームバランスの名の下に調整されたVMBでは、ARF系にそれは存在しない。
その代わり、他に攻撃的なアタッチメントがあるわけだが、音を消すとか小さくする類は一切なかった。ちなみに、火薬の臭いなどは一切しないらしい。
俺は再び主兵装をP90に持ち替え、ヘッドゴーグルに映るマッピングされていくマップを見ながら歩いていく。覇王花のウィルとの情報交換で聞いていた事だが、通過した小部屋付近よりも奥では、現出する亜人種の格が完全に上がる。
ホブゴブリンをノーマルとし、その上位種が出てくるのは間違いなく、その先に門番がいるだろうと予想していた。
地下通路で遭遇するホブゴブリンを排除しつつ進んでいくと、今度は大部屋と思われる、大きな部屋がマップに映り出した。当然、そこには多数の光点が映っている。俺の耳にも重量感のある足音が幾つも聞こえていた。
「そこを曲がって、少し進んだ先、多数の気配を感じます。大部屋かもしれません」
「大部屋なら、最奥はもうすぐかも知れないわね」
フラウさんが頷き返しながら指示を飛ばしていく。今回も大部屋の前で、フラウさんと更にラリィさんが範囲魔法攻撃を放ち、その次に俺が遠距離攻撃、そして近接3人が前進し制圧をする。
あらかじめ、ミーチェさんにSCAR-Hの使用を伝えておく。ミーチェさんは、「わかったにゃ」と答えると、器用に頭上の耳だけをペタンを伏せて、少しでも直接音を聞かないように備える。
大部屋の入り口が見えてくると、中にいるホブゴブリンの姿が全員の目に入る。全部で7匹おり、大部屋の中央付近に3匹、そして散らばるように4匹がうろついている。
フラウさんとラリィさんが、俺の真後ろまで前進してきたが、すぐに攻撃開始とはいかなかった。
「ホブゴブリンメイジがいるわね、大部屋から出てこないといっても、魔言の詠唱をみれば障壁を張ってくるわ」
「あの3匹ですか?」
大部屋の中央にいる3匹は、これまで斃してきたホブゴブリンとは、着ているものが根本的に違った。とは言え、ノーマルのホブゴブリンは上半身裸だったが、中央の3匹は首にネックレスのような物をつけ、膝丈まで伸びる貫頭衣のような布の服を着ていた。
「そうよ、私とラリィなら障壁を打消せるでしょうけど、あの3匹を含め、どこまで傷を負わせられるかはわからないわ。シュバルツは、あの3匹に攻撃を集中して頂戴」
「わかりました」
「周囲の4匹は、マリンダ頼んだわよ」
「任せときな! しっかりと惹きつけてあげるよ!」
大部屋のホブゴブリンたちも、既にこちらに気付いているようで、唸り声を上げながら臨戦態勢に入っていた。大部屋に湧く魔獣や亜人種が、何故そこに留まっているのかは知らないが、あくまでも集団戦をやらせようという、何者かの意思なのかもしれない。
「~~~~、~~~、~~~~、暴風乱舞」
「~~~~、~~~、~~~~、渦潮円舞」
フラウさんとラリィさんの魔言詠唱が始まった。同時にホブゴブリンメイジたちが騒ぎ出し、大部屋の中の空間が波打つように歪む、魔法障壁を張ったのだろう。
俺は大部屋に吹き荒れる竜巻と、水で出来ているような円盤が、ホブゴブリンたちの元へと渦を巻いて殺到していくのを眺めていた。こういった魔法を、もしも自分にむかって放たれたら、俺はどのようにして回避すればよいだろうか?
スライドジャンプで効果範囲外へ一気に逃げるか、CBSを展開して耐えるのか、そもそも魔言の詠唱をさせないように立ち回るか……。
今後の対魔法使いの立ち回りを考えながら、膝立ちに構え、クロスヘアを暴風と渦潮の向こうへと合わせる。
二人の範囲魔法が収まり、視界が開けてきたところで状況を確認すると、メイジ3匹は存命している。ノーマルの4匹の内、1匹は障壁の外にいたようで、ズタボロになって地に伏せている。残り3匹も軽傷といった感じか。
メイジが反撃に出ないうちにクロスヘアを合わせ、止めを刺していく。セレクターはセミオートに合わせてある。片膝をついた中央にいる個体から狙い、トリガーを引く。なんとなく、この集団のリーダーに見えたからだ。
轟く発砲音は三つ、重なるように鳴る、薬莢を排出する甲高い金属音。ホブゴブリンメイジの頭が三つ、爆散した。
メイジの無力化を確認すると同時に、俺の横をマリンダさん、ルゥさん、ミーチェさんの3人が飛び出していった。俺の役目はメイジの無力化だ、残りの弾丸はノーマルを斃すのに十分な数だが、ここで欲張る必要はない。
俺は、最初の魔法攻撃で地に伏せたノーマルにクロスヘアを合わせ、それが黒い靄に包まれて沈んでいくのを確認すると、前衛3人の戦う様を、アイアンサイト越しに眺めていた。
SCAR-H
ベルギーのFN社製のアサルトライフルでアメリカ特殊作戦軍(SOCOM)向けに開発され、後に海兵隊でも使用されている。7.62x51mm NATO弾を使用し非常に攻撃力が高いが、装弾数が少なめで発砲時の反動が強いといった特徴も持つ。