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 清浄の泉の部屋へ戻ると山茶花サザンカの皆は食事を始めていた。今夜の夕食はスープ系と黒いパン、それに見たことのない黄色い果実だ。



「はい、シュバルツさんどうぞ」



 ラリィさんが木製の大きなお椀を差し出してくれた、中には野菜たっぷりと肉のスープだ。このスープ、ロシア遠征で寄った店で食べたシーだっかシチーだったか、そんな名前の野菜スープに似てるな。



「ありがとうございます、いただきます」



 お椀と一緒に差し出された先割れスプーンを使い、暖かいスープと麦の匂いが香る黒パンはとても美味しかった、見たことがない黄色い果実はナミーと言う果実で、まるで梨のような瑞々しい果実で皮ごと食べれる果実だった。


 食事を終え、マリンダとラリィによるドーチェスターへの追求は口に指を立てて軽く交わし、食後のお茶を貰いながら雑談に興じていると、覇王花ラフレシアの方からウィルが歩いてきた。



「シュバルツ、そろそろいいかい?」



「ええ、いいですよ、ギルドの方も交えてあちらで話しましょう」



 俺は一人ぽつんと座り込んで毛布に包まっている留守番役の総合ギルド職員を誘い、先ほど作成した地図を渡しながら情報交換を行った。もちろんウィルも覇王花が探索した分の地図を複製して用意しており、それを貰いながら迷宮の広がり方や遭遇するゴブリンの種類や出現傾向、どの辺から更に上位種のホブゴブリンが出てくるのかを確認した。



 地図を照らし合わせながら明日の進攻ルートを考えるが、泉の奥は正道が一つとは限らないようで、何度も二股に分かれながら合流し、また分かれるといった複雑さを見せている。


 覇王花と進攻ルートが被っては意味がない、事前に明日の行く先を決めておき、その先で合流することになっても、白光草の有無によって選んだ分かれ道がわかる、遅れた方はその逆へと幾つかのルールを決め、明日合流してくる騎士団にもその旨を伝えるよう総合ギルド職員へと頼んだ。






 情報交換を終え山茶花のメンバーの所へと戻り、改めて俺の作成した地図を配り、明日の探索ルートやウィルから得た情報の共有などを図り、この日はもう寝ることになった。


 清浄の泉の部屋には、ギルド職員を含め13人もの冒険者がいるわけだが、数が多いからと見張りも立てずに寝るわけにはいかない、また見張りをどちらかのパーティーだけで行うほどの信頼はお互いになかった。



「3時間交代よ、最初にシュバルツ・ミーチェ、私とルゥ、マリンダ・ラリィの順番でいくわ。時間はこれを使って頂戴」



 そう言ってフラウさんが取り出したのは砂時計だ。元の世界でよく見かけた普通の砂時計で、木の型枠にガラス製の本体がはめ込まれている。


 まずは俺とミーチェさんだと言うことで、ポツポツと雑談を交わしながら3時間を過ごしていった。もちろん、無いとは思うがヘッドゴーグルのマップを見ながら近づいてくる光点が存在しないか、また覇王花の連中が余計な事をしてこないかをさり気なく見ながらである。


 ミーチェさんとの雑談の話題は多岐にわたったが、特に聞いておきたかったのは二つだ、覇王花との関係と、領主の三女だと言うラリィが何故山茶花に参加して、尚且つ迷宮討伐をしているのか。ミーチェさんは特に秘密にするわけでもなく、覇王花の連中に聞こえないように俺の真横に座りなおし、俺にしな垂れ掛かる様に体を預けてきた。女性特有の香りと探索を終えての汗の匂いが混ざり合った、艶やかな芳香を放っている。



「ミーチェさん、近すぎですよ」



「迷宮の夜は冷えるにゃ、体を冷やすと明日の探索に響くにゃ」



「迷宮の温度は一定じゃないですか……どこに温度が変化する要素が……」



「そんなことより覇王花にゃ」



「はいはい」



 ミーチェさんが話してくれた覇王花と山茶花の関係はそう複雑なことでもなかった。


 覇王花は古くからある知名度の高いクランだ、その長い歴史の中で男性冒険者を上に、女性冒険者を下にする風土が作られていった。これは度々参加するクルトメルガ王族が男性しかいなかったことにも起因していた。


 それに対して山茶花は、下に見られ男性冒険者にいい様に利用される事を嫌った女性冒険者が集まり結成された。山茶花の歴史も覇王花同様に長く、覇王花が男性王族が度々参加していたことに対し、山茶花は女性貴族が多数参加していた。


 ラリィもその女性貴族の一人だ、なぜラリィの様な女性貴族達が冒険者になり、山茶花に参加したり、冒険者として活動しているのか。その答えもまた単純だった、花嫁修業である。


 この国の貴族は2種類に分かれる、普通の貴族とより高い魔力の血統を繋ぐ魔導貴族だ。


 魔導貴族はその魔力の血統を守る為に、子をなす女性により高い魔力の成長を求める、その為に成人を迎えると共に修行にだし、自身の魔力を高めさせ、また魔力を使う経験を積ませる。そうして魔術師として高い魔力と経験を積ませ成長させた上で、他の魔導貴族家や王家へと嫁がせる。


 そうして高い魔力を持つ血統を紡いで来たのがクルトメルガ王国の魔導貴族たちだ、ラリィさんのバルガ公爵家も魔導貴族であり、成人と同時に山茶花へと修行へと出され、成長の証としての成果を求め、今ここにいると言うわけだ。



「魔導貴族と言うのは、成人したばかりの女の子を修行に出してまで保たなくてはならないものなのですかね」



「それはわからないにゃ、でも強力な魔術師がいなければ、この国は迷宮に呑み込まれるにゃ、冒険者だけでは無理にゃ、先頭に立ち率いる者が必要にゃ、それが魔導貴族の役目にゃ」



 一時の感情で否定的に捉えるべきではないのかも知れない。この国、この大陸、この異世界の事はまだ全然わかっていない、もっとこの異世界の事を知りたい。俺の中にまた一つ、生きる意味、目標、目的が生まれたような気がした。






◆◆◇◆◆◇◆◆




 何事も無く見張りのローテーションを回し俺達は朝を迎えた。今日は門番の位置の特定までを目標に朝早い時間から探索を開始する。途中で空腹にならないよう、しっかりと朝食を取り出発の準備を行う。


 覇王花も早めの出発をする予定のはずだが、向こうは探索終了後にキャンプでの休息日を迎える為、区分けしたスペースの片付けをしている。ライネルもテキパキと動いている、女性冒険者にうるさい男だがやるべき事はやるようだ。



「そろそろ出発よ」



 フラウさんの一声で俺達の迷宮探索は再開された。


 まずは昨日進んだ場所まで一直線に向かう、門番が居る場所を通り過ぎていない事は覇王花の作成した地図と照らし合わせれば判る。第一、下層の存在しないと思われる一層構成の迷宮で門番が迷宮の途中に居るとは思えない。一番奥かもしくはそこから回り込んで中央か、とにかく進みきった先だろう。


 進んでいる通路に出てくるゴブリンどもを潰し、回避できる戦闘は回避し、昨日の半分以下の時間で最後に到達したホブゴブリンがいた小部屋の前まで来ていた。



「いますね、ホブ5です。フラウさん、先制していいですかね?」



「一人で前に出るの?」



「まさか、部屋の外から仕掛けますよ」



「ならいいわ、シュバルツ先制後、ルゥ・ミーチェが前にアマンダ中、私とラリィが後ろよ」



 この角を曲がれば直線上に小部屋の入り口、そして中には5匹のホブゴブリンと思われる足音が聞こえている。俺は角の手前で止まり、後ろについてくるミーチェさんとルゥさんに近づきすぎない様お願いした。



「これまでは小さな音で攻撃していましたが、今から使うのは結構いい音出します、もう少し離れて下さい。 しゃがんで攻撃しますので、俺が立ち上がったら二人とも前へお願いします」



「「わかった(にゃ)」」



 そう、これから使うのはP90ではなく、泉の奥での戦闘を見越し用意してきた、SCAR-Hだ。


 俺は角から飛び出し、膝立ちからのダウンサイトとスムーズにSCAR-Hを構え、クロスヘアを小部屋の中央付近にいたホブゴブリンの頭部へ合わせていく、距離は20mも無い距離である。


 ホブゴブリンも飛び出した俺にすぐに気付き、こちらを睨みつけるように唸り声を上げたが、その瞬間、迷宮に鳴り響く銃声と共にホブゴブリンの頭に穴が開き、その後頭部が爆散した。



「ニャーー!!」



 迷宮に響いたのは銃声だけは無かった、種族として聴覚が優れている獣人種のミーチェさんには素の銃声は大きすぎる音だったか……俺はイヤーパッドによって保護されているし、大きすぎる音は自動的に小さく聞こえるように調整されるので、耳鳴りや痛みに繋がるほどの音には聞こえないが、ミーチェさんの頭の耳はペッタリと髪に伏せている。


 その姿に思わず目を奪われてしまったが、今度は小部屋からホブゴブリンの咆哮が轟く、すぐに前を向くと2匹のホブゴブリンが大剣を腰に構え、こちらへ駆け出している。


 頭を狙っている時間は無い、駆け寄ってくる二匹へと胴撃ち2トリガー2トリガーとクロスヘアを左から右へと滑らせながら撃ち込んでいく。


 滑らせるのが早すぎた!


 2発ずつ撃ち込んだ銃弾は右のホブゴブリンの胸を捉えて仰向けに撃ち斃したが、左のホブゴブリンには左肩に当たっただけだ、一発外した。走る勢いを少し落としただけで目の前に迫る。



「GuOooooo!!」



 ホブゴブリンの咆哮と共に腰の大剣が右手一本で真一文字に振られる。だがホブゴブリンの振り回す大剣の軌道上には俺の左手がある。



「甘いわっ!!」



 俺は左腕のCBSサークルバリアシールドを展開しながら大剣を迎え打つ、左腕の中空に展開された円形のバリアシールドが大剣を受け止め、激しい衝撃音が鳴る。俺は左腕を振った勢いのまま腰をひねり、右手一本で持っているSCAR-Hの銃口をホブゴブリンの口へと下から突っ込んだ。


 上顎に当たる感触と共にトリガーを引き、口内から発射された7.62x51mm NATO弾はホブゴブリンの頭を下顎だけ残して爆散させた。



「大丈夫か!」



 ルゥさんが駆け寄ってきた、角の内側にいたミーチェさんとルゥさんにはホブゴブリンの接近が見えていなかった、通常なら駆け寄る足音が聞こえただろうが、ルゥさんもまた、軽い耳鳴りを覚えていた。

 

 そして角に隠れた死角から現れたホブゴブリンと、すでに振るわれていた大剣に対処することなど無理な話だ。


 俺が目の前のホブゴブリンの頭を吹き飛ばしたことですぐに状況を理解し、半立ちの俺の前へと回り込む、小部屋に残っていた残り二匹のホブゴブリンも警戒しながらこちらに接近していた。



「マリンダ前へ! ミーチェしっかりなさい! ラリィはシュバルツの腕を見て!」



 フラウさんの指示が飛ぶ、マリンダさんがルゥさんの横につき、2対2でホブゴブリンと相対する、フラウさんとラリィさんも俺の横まで前進してきた。



「シュバルツさん、左手を出して下さい! 治癒魔法をかけます!」



 そういってラリィの左手がが俺の左手を取り、右手に持つ魔力誘導体をかねるメイスを掲げ魔言を唱え始める。



「~~、~~~、~~~、治癒のアクア・ヒール



 青白い液体のような霧のようなものが、俺の左手を包む様にして輝いているが、次の瞬間には弾ける様にして消えた。



「え?!」



 やはりな……何となくそうなるんじゃないかと思ったが、この異世界の付与魔法や治癒魔法は、相手の魔力に干渉して強化や再生を行うらしい、つまり『魔抜け』である俺にはそれらの魔法は効力を発揮しない。



「そ、そんな……」



 ラリィはすぐに何が起こったのかを、何が起こらなかったのかを理解したようだ。だが何も心配は要らない。



「大丈夫ですよ、ラリィさん。俺の左手は何も傷を受けていませんから、問題ありません」



「え? だってあの大剣を腕で……」



「大丈夫ですって、ちょっと手を離してもらえますか?」



 ラリィの左手は俺の左手を握ったままだ、そのことに気付きラリィは何が起きてるのか理解しきれない表情ではあったが、手を離してくれた。


 俺は左手の前にスペースを作り、CBSを展開する。 不可視とまではいかないが、何かそこにあるのがわかる、空間の歪みのような物が円盾を形成する。



「こ、これは魔力障壁? え、でもシュバルツさんは魔抜けなんじゃ」



「魔力障壁ではありませんけど、似たものですね。さっきはこれで弾いたんです、だから怪我は無いんですよ」



「え? え?」



 ラリィさんは理解が追いついていないようで、顔で頭の上に?マークが多数浮いているような顔をしている。っと、気付けば残りの2匹も斃された様だ。


 少し予定が狂って手間取ったが、これで探索をさいか……




「それ何ニャーーーーー!!!!」



 再開できなかった。






使用兵装

SCAR-H

ベルギーのFN社製のアサルトライフルでアメリカ特殊作戦軍(SOCOM)向けに開発され、後に海兵隊でも使用される。7.62x51mm NATO弾を使用する非常に攻撃力が高い、しかし装弾数が少なめで発砲時の反動が強いといった特徴も持つ。


サークルバリアシールド(CBS)

VMBオリジナルのバリアシールド、左人指し指の付け根に展開スイッチがあり、エネルギーが続く限り、VMBではあらゆる攻撃を防ぐ円盾状のバリアを張れる。消費したエネルギーは時間による自然回復もしくは回復アイテムで回復させる。

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[一言] ミーチェかわいいw
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