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フルパーティーを組んでの、緑鬼の迷宮討伐初日の探索は終了し、俺達6人は清浄の泉へと戻ってきた。
総合ギルド職員のパーティーによって、野営地として拠点化された泉の部屋には、すでにもう一つの討伐パーティーである覇王花のメンバーが戻ってきていた。
彼らは泉の部屋の半分を占拠しており、荷物を置いている一角とは別の角で焚き火を囲み、食事をしながら談笑している最中のようだ。
「やっと戻ってきたか地図屋。 んー? 何だお前、女狐の縄を引くだけじゃなく、子守までしてるのか」
戻ってきて早々に声をかけてきたのは覇王花のライネルだ、この男はどうも山茶花の女性冒険者たちを下に見ているようで、彼女達と協力して動いている俺が気に食わないらしい、そして子守とは何だ? と後ろを振り返ると、ラリィさんが俯いていた。
「彼女達は皆、とても頼りになる素晴らしい冒険者達ですよ。それよりもライネルさん、探索本部で決めた野営地の区分けと違うんですが、これはどういうことなんでしょうか?」
本当はこんなことを言うつもりは更々なかったが、この男の無礼な振る舞いに釘を刺す意味でも、つい口に出してしまった。
「何言ってやがんだ、お前が地図を描く場所は要らないって言ったんだろ? だから俺達がその場所を有効利用してやってるだけだ」
そういうことかよ……って納得できるか! ライネルの言葉に反論しようとしたが、後ろからフラウさんに肩をつかまれ「ほっときなさい」と窘められた。
「すいませんフラウさん、俺の一言が余計なことになったようで」
「気にしなくていいわシュバルツ、でもあなたはどこで地図を描くつもりなの?」
「一つ手前の小部屋を掃除してそこで描くつもりです、俺が地図を描くところを見られたくないんですよ」
俺とフラウさんの会話はライネルには届いていなかったようで、無視されていると思ったのか声を荒げて更に話を続けてきた。
「おい地図屋! お前これから地図描くんだろ? その様子を見せろ、お前の描く地図は女狐どもには勿体ねぇからな、その描き方だけでもウィルに教えろよ!」
「バカネル何言ってるにゃ、シュバルツの地図作成法は他言無用の口外禁止にゃ、バロルドやキースに聞いてないのかにゃ? それともバカだから忘れたにゃ?」
ミーチェさんの鋭い突っ込みが入った。というかバカネルって……もしかして覇王花と山茶花って何か因縁でもあるのだろうか? 後ろでルゥさんが今にも吹きだしそうに顔を赤くして、頬を膨らませながらも無表情を取り繕っている、ある意味凄い顔だ。
ラリィさんとマリンダさんは完全無視でお茶の準備をしていた。いやラリィさんは少し気にしているようだったが、マリンダさんがニコニコと声をかけながら準備をしている。
「猫女は黙ってろ!」
「ライネル、ミーチェの言う通りだよ、シュバルツの描き方と彼個人の話は口外するなってバロルドが言っていただろ? それに、地図の情報は共有できるんだから描き方までは必要ないよ」
そう言ってライネルを下がらせていくのは、覇王花の地図担当のウィルだ。
「やぁシュバルツ、お帰り。これから何日もここで一緒に過ごすんだ、無駄な諍いは止めておこう、この後地図描くんだろ? あとで俺達が探索した分と見せ合おう、遭遇したゴブリンの種類なども知りたいしね」
ウィルの言葉に引っ掛かりを覚えつつも俺はそれに同意し、一先ずラリィとマリンダが用意しているお茶を頂きに俺達の区分けされたスペースへと戻った。
ライネルはまた「チッ」と見事な響きを放つ舌打ちを鳴らしていたが……。
30分ほど皆でお茶を飲みながら焚き火を囲み、俺は今日の探索分の地図を作成する為に、泉の手前の小部屋に向かう事にした。他のメンバーも手伝おうかと声をかけてくれたが、それは丁重に断り、休息を取ることを優先してもらった。
それと夕食の準備だ、俺が地図を作成している間に彼女たちが夕食を作ってくれる。俺は料理なんて出来ないので、その方が非常に助かる、元の世界でも久しくなかった店以外での女性による手作りの食事を楽しみにしつつ、俺は小部屋へと向かった。
小部屋に入り、中にいたゴブリン3匹に何もさせることなく撃ち斃し、俺はTSSを起動した。
インベントリからギフトBOXを召喚し、探索キャンプの地図作成用テントから持ってきた、机やら道具やらを取り出そうと思ったが、作業中にゴブリンが再度沸いてきたり、覇王花の連中に万が一見られるのも嫌だなぁと思う反面、頑なに隠そうとしても無理だなと一種の諦めを感じてもいた。
ならばここは思い切って作業中の安全確保と、今後の俺の安全確保のテストも含めて、思い切って車両を召喚することにした。
TSSからガレージを選択し、数ある移動用車両の中から大型の密閉式の荷台を持つ――
『AEC装甲指揮車 ドーチェスター』を選択した。この車両は、第二次世界大戦でイギリスのAEC社が製作した物で外観は……鼻の短い緑一色のアリクイ?と言った感じの形状で、一言で言えば装甲バスである。
とても古い車両で、すでにこの系列の車両は生産されていないのだが、この車両を選んだ理由は二つ、9mm圧延鋼板で囲われており、運転席以外に窓ガラスは無く、外部の様子は小さな覗き穴のようなものでしか確認できないが、安全性は確かだろう。
もう一つの理由は居住性である、全長6mほどのおよそ4/5が居住スペースになっており、L型の机を囲む三つの椅子と外側に二つの椅子がある。地図作成をする作業スペースが十分得られる、軍用キャンピングカーとも言える内装を持っている。
小部屋の中央は避け、壁よりの位置にドーチェスターを召喚し、車両後部にあるドアを開き中へ入っていく、VMBのゲーム内で見たままの姿でしっかりと召喚されている。
ゲーム内では使うことがなった棚や戸棚もしっかりと開閉できる、これの中に物を入れてガレージに戻すとどうなるのだろうか? 俺は腰のポーチから魔石を一つ取り出し戸棚の一つにそれを入れ、外に出てからドーチェスターをガレージへと戻した。
光の粒子に包まれ消えていく車両を見ながら、魔石が零れ落ちてこないか注意してみていたが、車両があった場所に落ちてはいない、再度召喚し中へ入って戸棚を開くと、魔石がしっかりと入っていた。どうやら車両内部に残した異世界の物質は、そのまま保存されてガレージへと収納できるようだ。
俺は思わず顔を綻ばせインベントリからギフトBOXを召喚し、中から地図作成用の道具類を全てだし、居住スペース内の戸棚や収納スペースへとしまっていく、そして椅子に座って今日の探索部分の地図作成作業へと移っていった。
探索した部分のトレースだけなら時間は取られなかったのだが、それをパーティー人数分、総合ギルド職員へ出す分、そして覇王花に渡すための分と枚数があった為、思いのほか時間を取られた。
気付けばドーチェスターの外から奇声が聞こえてくる。どうやらゴブリンが湧いてきたようだ。居住スペースの覗き穴から外を覗くと、3匹のゴブリンがドーチェスターに気付いていないかのようにギャーギャー会話(?)をしている。
湧きたてのゴブリンには、この車両が異質なものであることが理解できないのかもしれない。これは発見だな、普人種や獣人種など、人の姿を見なければ敵対行動は起こさないようだ。
俺は棚に置いておいたP90を手に取り、安全装置を解除すると居住スペースの側面にある扉を開け、3匹のゴブリンがその音に振り返る瞬間には発砲を開始し始末した。
迷宮に沈む3匹の魔石を拾い上げていると、ヘッドゴーグルのマップに、こちらへ近づいてくる二つの光点が映った。清浄の泉へと繋がる道からだ、足音をしっかりと聞けば、この重い足音と軽い足音は――マリンダさんとラリィさんだな。
「シュバルツ! 夕食できたぞ~!」
どうやら食事に呼びに来てくれたようだ、あっ ドーチェスター出しっぱなしだ。
「シュバルツさん、地図はでき――」
小部屋に入ってきた二人は、壁際に止まっているドーチェスターを見て固まっている、ラリィさんは口まで開きっぱなしだ。
「あ~え~と、丁度地図を描き終えたところですので……」
「シュバルツなんだよこれ!」
マリンダさんがドーチェスターを指差して叫んだ。
「これは――シュバルツさんのものですか?」
ラリィも指を指して聞いてきた。
「え~と、まぁ俺の物であることは間違いないですね。今は詳しいことなどは無しにしましょう、先に行っていてください、片付けて俺もすぐ行きますから」
どう説明したら良いのか全く考えていなかったので、とりあえず二人の肩に手を回して後ろへ向きなおさせる。二人とも「え? え?」と戸惑いながらも背を押され、泉の部屋へと向かって歩いていった。
俺もすぐに居住スペースから完成した地図を回収し、ドーチェスターをガレージに戻して泉の部屋へと向かった。
使用兵装
AEC装甲指揮車 ドーチェスター
第二次世界大戦時に使用されたイギリスのAEC社製の装甲指揮車、厚い鋼板に囲われたキャンピングカーの様な居住スペースを後部に持つ装甲バスである。
FN P90
ベルギーのFN社製のサブマシンガン、特徴は人間工学に基づいた扱いやすいデザインと専用弾薬の5.7x28mm弾により、通常の拳銃弾と比べると剛体に対しては高い貫通力を誇り、人体などの軟体に対しては着弾した内部で弾頭が乱回転し、貫通せずに体内を大きく破壊する。