最終話
Mk48魚雷と極彩色のブレスが激突し、吹き上がった爆煙が潜望鏡の視界を奪うが、もはや関係ない話だった。
Mk48の爆発によりその威力を僅かに減衰させたブレスの中へ、超高高度から降下する原子力潜水艦オハイオの艦首が突入する。
潜望鏡から見る視界は――実際に潜望鏡を覗いている訳ではないのだが、視界に浮かべる潜望鏡のモニター画面は瞬く間に輝く光で溢れた。
自然界に破滅をもたらすブレスの中とは到底思えない――モニターの中でゆっくりと流れていく煌めきは、自分が超高速で高度三万メートルから落下している最中とは思えない絶景を見せていた。
このまま進めば、どこか天国にでもたどり着くのではないか? そんな気にさせる暖かさと、安心感がそこにあった。
だが――俺が今まさに手をついて姿勢を保っているのは、間違いなく原子力潜水艦オハイオ。
迷宮竜のアギトを――その口腔の奥深くに入り込み、迷宮内部の大魔力石を破壊すべく繰り出した最後の攻撃。
そう、これで最後だ。
島一つが動く迷宮と化した迷宮竜を相手に、通常の銃器で何ができるはずもない。
狂乱激怒して新世界を覆い尽くすほどの魔獣を解き放ったその内部が、外ほど魔獣で溢れていないわけがない。
数の暴力とは最強の力だ。それを跳ね返すほどの力は、何の代償もなしに放てる代物ではない。
ここまでの戦闘で、一度は回復したCPも再び枯渇し、これ以上の戦闘継続も、撤退することも不可能だった。
しかし、そんな心配をする必要はもうない――原潜の耐久値が減っていくのを見ながら、その刻を待つ。
そして、煌めく光の道の果てに迷宮竜のアギトが現れた。
「いけぇぇぇぇぇぇ!」
咆哮の如き気勢を上げ、アギトの奥底に輝く極彩色を目指す。
一六〇〇〇トンの大質量が迷宮竜のアギトに落着した瞬間、その衝撃は天地を揺らすほどの衝撃波となって新世界全体に波及していく。
衝撃波に巻き上げられていく砂と魔獣たちは新世界を覆う巨岩壁へ叩きつけられ、迷宮竜の巨躯は地割れのごとく粉砕され、捲り上がっていく。
巨岩壁を破壊しながらも抑えられた衝撃波は、力の行き場を上空へと変えた。
超高高度から落下した原潜に変わって大量の土石と魔獣と迷宮竜の破片が空高く噴き上り、この大衝撃波を引き起こした原潜は迷宮竜のアギトを粉砕し、竜首を引き裂きながらその船体の一部を迷宮内部へと侵入させていた。
「ッつー……」
真っ逆さまに降下した原潜が迷宮竜と激突した衝撃で、俺は発令所内でシェイクされるように転げ回った。
発令所のデスクに体を打ちつけ、原潜の動きが止まったので立ち上がると、艦首が下になっていた天地が元に戻っていた。
とはいえ、真っ直ぐに直立しているわけではなく、横に傾いた状態で停止していた。
そして、視界の隅へと吹き飛んでいた潜望鏡のモニターを正面に戻すと――そこには地獄が広がっていた。
視界一杯に広がる燃える大地――潜望鏡モニターを回転させ、原潜の周囲を確認するが、迷宮内部のはずが部屋も通路もない焼け野原。
燻る黒煙すらも赤い炎を宿し、ひび割れた地表からはマグマが噴き上り弧を描く。
何かないかと潜望鏡を回し続けると、どこまでも続く焼けた大地の先に、全く別のものが存在していた。
凍りついた湖と、そこに立つ氷の巨像――一目見ればそれが何を模ったものかはすぐに判った。
“北界のエルケイネス”――サイズこそ少し小さくなっているが、両翼を大きく広げ、ブレスを放つが如く上半身を屈めてアギトを突き出す姿勢は、どこか迷宮竜が極彩色のブレスを放つ姿勢と似ていた。
そして、その突き出したアギトに挟まれるように、一際大きな大魔力石が光り輝いていた。
「――見つけたぞ」
最終目標を前に、思わず手に力が入る――だが、ここは迷宮内部であり、当然のように魔獣が闊歩している。
焼け焦げた大地から――溶けることのない凍湖から黒い靄が次々に湧き上がり、蠢きながら魔獣の形に変化していく。
瞬く間に大地を、湖を埋め尽くし、大魔力石を守る魔獣の軍勢が姿を現した。
「全発射管解放――」
原子力潜水艦オハイオに搭載されている兵装は大きく二種類、一つは艦首が発射する長魚雷のMk48。そしてもう一つが、巡航ミサイルのトマホークミサイルだ。
極彩色のブレスの中を突っ切って迷宮内部へと突入したため、原潜の耐久値がごく僅かしか残っていない。もうひと押しでもされれば、原潜は破壊判定を出して爆散し、大魔力石への一撃を放てないで終わる。
この一撃を躊躇う段階はとうに過ぎた。迷いは全て吹っ切り、後顧の憂いを残すことなく準備を進めてきた。
あとは帰るだけだ――アシュリーのもとへ、ユミルが待つ場所へ、きっと帰れる……そう信じて――。
船体上部のVLS(垂直発射システム)二四基の開口部が次々に開く。
「――発射!!」
爆炎を吹き上げながらVLSより飛翔するのは、通常弾頭装備のトマホークミサイル二三発。
迷宮突入と同時に瞬時にマッピングされた周辺マップに攻撃目標地点を打ち、トマホークミサイルは大きな弧を描きながら迷宮内部へと降り注いだ。
そして遅れて発射された最後の一発、この一撃こそが原子力潜水艦オハイオだけが持つ悪魔の兵器――核弾頭装備のTLAM—N《Tomahawk Land-Attack Missile-Nuclear》だ。
〜〜〜 DANGER 〜〜〜
Tactical nuclear weapon
10:00
TLAM—Nを発射すると同時に、視界には核兵器の使用と着弾までの一〇秒をカウントダウンする表示が点滅しながら浮かび上がり、集音センサーからは危険を知らせる警告音が鳴り響く。
TLAM—Nがなぜ悪魔の兵器と呼ばれているか――それはVMBの仕様によるところが大きい。
一度発射されたTLAM—Nは他のミサイル兵器とは違い、飛翔中に撃墜することが不可能、どんなに遠距離でも、どんなに近距離でも、発射から一〇秒で着弾する。
その破壊力はVMB内で最も高く、マップの地形を大幅に変化させるほか、唯一の回避方法である核シェルター内部に逃げ込んだ者以外の、全てのプレイヤーとNPCに対し、強制的にKILL判定を与えて死をもたらす。
それに加え、全ての搭乗兵器と支援兵器を敵味方関係なく完全破壊し、起爆直後から一定時間の間、新たな支援兵器召喚を不可能にする効果も併せ持つ。
これほどの兵器を、一プレイヤーが突然使用すれば何が起こるか? 支援兵器や移動用車両などの搭乗兵器はCPの塊だ。中には再入手困難なレア車両やBagger293のような超高額車両も少なくない。
それが敵味方関係なく、全て修理不可能な無に帰る。敵側だけでなく、原潜を召喚したプレイヤーが味方からも襲われるのは無理のない話だった。
そして、これらの効果は発射したプレイヤー自身にも適応され、TLAM—Nの使用はすなわち、原子力潜水艦オハイオを失うことを意味していた。
その一撃を、俺は氷像のエルケイネスが台座となって輝く大魔力石を目標として撃ち放った。
すなわち、一〇秒後に俺は死ぬということだ。
着弾の瞬間を見る必要はなく、目の前のカウントダウンだけを見ていれば死の瞬間がいつ訪れるのかは十分に判る。
その威力を疑ってもいない。VMBの銃器や兵器は現実となってその威力を増幅させている。TLAM—Nとて例外ではないはずだ。
いや――増幅される以前の威力でも、大魔力石を破壊し、迷宮内部から迷宮竜を完全に倒すことが可能だっただろう。
仮に大魔力石が迷宮奥深くにあったとしても、原潜での突入からTLAM—N発射で全てが終わると確信していた。
それは俺の予想でもなんでもない。エルケイネス自身が言ったのだ――内側から極大の魔力をぶつけてやれば、破壊することなど造作もない――と。
カウントダウンが残り五秒を切った。
通常弾道のトマホークミサイルが迷宮内部に着弾し、大爆発を起こして迷宮全体を揺らす。
これだけでも迷宮を倒せてしまえそうな威力だ。激しい振動と爆音が発令所にまで響き渡り、発令所内で体が浮き上がる。
この後のことは何も心配していない。
迷宮竜を内部から破壊したとしても、大魔力石を破壊した上でのことだ。
世界の境界を壊すほどの威力でも、狂える女神が復活することはないはず――それに、迷宮竜自体は俺の新世界の内側にいる。
迷宮竜の持つ境界の外側は俺の新世界、狂える女神はさらにその外側でこちらの世界を羨み覗いている。
自分が復活する手段が滅んでいくところをじっくり眺めるがいい――俺が死ねば新世界が完全に解除され、ただの島となるか、それとも光の粒子となるか、どちらにせよ境界線に生まれた亀裂ごと迷宮は消滅し、復活の手段はなくなる。
その結果を見ることはできないが、うまくいけば迷宮竜を内部から破壊した核爆発が、新世界に溢れた魔獣の大群すら斃し尽くしてくれるだろう。
これで全て終わる――俺の命という代償を払うことになったが、悔いも悲しみもない。信じているからだ――VMBを、このシステムと同化した体を、そして狂った女神の力を――。
そしてカウントが00:00を示し、俺の体は原子力潜水艦オハイオと共に爆光に包まれた。
エピローグは本日21時に更新します。
最後の更新もよろしくお願いします!!!!




