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零式水上観測機は複葉複座式になっているが、VMBの仕様上――前部座席が操縦席で、後部座席は何も操作するものがない。
一応計器類や操縦桿などはあるのだが、これらを動かしても操縦にはなんら関係がない。
計器類に関しては前部座席とて大して変わらないのだが、機体情報を示す多数の計器類のうち、半分ほどしか操縦には関係していない。
狭い前部座席に滑り込み、座席前に突き立っている杖のような操縦桿を右手で握り、座席の左側にあるスロットレバー兼機銃発射装置を左手で握る。
操縦方法は至ってシンプルだ。移動用車両や艦船と同じで、現実的な操縦方法は必要ない。
操縦席前部に据えられた計器類の中に、VMBの搭乗車両としてはお馴染みのスタートボタンが増設されており、零観の場合はそれを押すことでカタパルトから機体が射出される。
出力0%ではそのまま海へ墜落するので、あらかじめスロットルレバーを操作してエンジン出力を上げておく。
高鳴るエンジン音と振動が操縦席に響き渡り、VMBでは極々限定的なシチュエーションでしか利用できない航空兵器への搭乗にテンションが上がってくる。
「さぁ行くぞ、上空の魔獣を排除! 射出ルートを確保しろよ!」
誰に言うわけでもない。実際に射出ルートを確保するのは俺自身なのだが、発艦の瞬間というのは、いつ何時であれ気分が高揚するものだ。
「発艦!」
スタートボタンを押し込み、勢いよくカタパルトを滑って行く零観の挙動に合わせてスロットル全開、一気に機首を上げて上空へと飛び立った。
戦艦長門の12.7cm連装高角砲と巨岩壁に設置したM51 75mm高射砲の援護射撃を受けて海鳥型の魔獣が飛び交う新世界の大空へと進入して行く。
零観に搭載されている兵装は二つ――機首部分に内蔵された九七式7.7mm機銃二門と、両翼下部に積んでいる60kg爆弾二発。
どちらもスロットルレバーに備え付けられた発射装置を使い操作するが、その照準は計器類の上部に備え付けられている射爆照準器ではなく、視界に浮かんでいる専用の照準アイコンを使用して行う。
VMBにとって航空兵器はちょっとしたおまけ程度の要素でしかない。本来ならば戦争の主役にもなれる一要素なのだが、VMBの主役はあくまでも一兵士であり、高速で上空を飛び回る航空機は、棺桶にもなり得る地上兵器や船舶に比べ、大きくクローズアップされることはなかった。
そんな中でのオブジェクトプレーンである零観は、操縦方法の簡略化に照準システムの可視化など、奥深い操縦性を残しつつも敵航空機に対する照準アシスト機能を搭載し、熟練の必要なく高速機動からの機銃掃射を当てやすく調整されている。
現に俺の視界を飛び回る海鳥型魔獣の進行方向には、零観と魔獣との相対速度と距離をシステムが自動計測し、ここへ照準を合わせてトリガーを引けばヒットする――というマーカーが先行して飛んでいた。
あとは機体の姿勢を制御し、魔獣を追い回しながらマーカーを狙うだけだ。
海鳥型魔獣たちは戦艦長門から飛び立った大きな物体が何なのか、最初は判らなかったようだが、空高く上昇して行く零観の7.7mm機銃に一匹また一匹と撃ち落とされて行くのを見ると、すぐにこちらを殲滅すべき敵だと認識して追いすがってきた。
だが、零観の最高速度は時速三〇〇km/hを超える。瞬く間に距離が離れ、追ってくる海鳥型魔獣の後方から対空射撃が襲いかかった。
新世界の高度制限は最初に解除してある。このままどこまでも上昇していけるのではないか――そう思いながらも、戦艦長門の船首41cm連装砲の照準がブレスの発射態勢に移行して行く迷宮竜の姿を捉えていた。
不味い――戦艦長門の船体は船首を迷宮竜に向けている。一度照射が始まれば止めることは不可能だ。
防ぐしかない。あの亀裂にこれ以上の衝撃を与えるのは何としても避けなければならない。
追撃してくる海鳥型魔獣が対空射撃によって墜落して行くのを確認すると、すぐに操縦桿から手を離して〈迷宮創造〉を発動させた。
瞬時に展開される全周囲型球状モニターが広がり、その球内に入り込んだ零観の操縦桿や計器類は時間が止まったかのように色褪せて固まった。
やはり、スキル発動中は兵器の操縦が無理のようだ。
刹那の間で認識し、ブレスが照射される前に対策を講じる――。
「アーキテクト表示――HBW選択、決定!」
瞬時に選択したのはVMBでもっとも強固な盾であるCBSのオブジェクト版、HBWだ。
オブジェクト自体は小さな円盤でしかないのだが、その地下には巨大なバリア発生装置が埋め込まれており、その上に浮き上がるのは六角形が組み合わさって構成される白色の壁。
ほぼ不可視のCBSに比べ、HBWは半透明になってその存在が視認できる。
だが、展開範囲はCBSとは比較にならないほど大きく、高さ十メートル、幅三〇メートルの壁が瞬時に展開された。
迷宮竜は眼前に展開された半透明の壁を無視するように巨大なアギトを開き、口腔が極彩色に輝き出す。
その狙いは狂える女神が覗く赤い亀裂――HBWごと破壊し、亀裂を広げるつもりなのだ。
「――スキル解除!」
HBWを展開してすぐに零観の操縦に戻る――これだけでは足りない。
HBWは設定された耐久値がゼロになるまではいかなる攻撃も防ぐが、その耐久値を回復させる術はなく、長時間の照射を受け止めきれる代物ではない。
上昇しながら推進力を失って行く機体を制御し、今度はフルスロットルで急降下を開始する。
目指すは迷宮竜の鼻先――巨躯の半分以上を砂に埋めながらも、迷宮竜は亀裂を広げることしか眼中にないようだ。
そして放たれた極彩色のブレスは、ここまでに放ってきたどのブレスよりも強大で神々しいまでの輝きを放っていた。
そのブレスを真正面から受け止めたHBWの耐久値は瞬く間に減少していくが、ブレスが止まる様子はない。
「――くッ! 護れ、長門ォー!」
急降下する零観の中から叫び、それと呼応するように戦艦長門が最大戦速で迷宮竜へ突撃した。
その勢いは砂上に乗り上げても弱まることはなく、滑るようにして船体ごとHBWの内側から激突し、ブレスを放つ迷宮竜のアギトをカチ上げた。
零観の操縦席にまで届くほどの衝撃音と潰れて行く戦艦長門の船首を見ながらも、急降下する零観を制御して砂上すれすれまで降ろして急制動――衝撃によって照射方向が変わったブレスと戦艦長門の船首甲板の間を潜るようにして、今度は急上昇。
高高度からV字を描く機動は迷宮竜の鼻先を通過し、その瞬間――迷宮竜の赤い眼が俺の動きを追うのが見えた。
再び急上昇しながら各バトルオブジェクトの状態を確認――迷宮竜に突撃した戦艦長門は操船不能状態に陥っていた。
耐久値こそまだ残っているが、船首の41cm連装砲は部位破壊判定が出て使用不可、砂上に乗り上げたため、当然ながら前進も後退もできない。
しかし、座礁した戦艦長門の船体が迷宮竜と亀裂の間に割り込み、ブレスをまっすぐに照射することは不可能な状態になった。
これで時間が稼げる――。
迷宮竜のブレスがようやく止まると、目の前を塞ぐ戦艦長門を粉砕すべく、ボロボロになっていた炎と氷の両翼を再生させながら大きく羽ばたいていく。
だが、こちらも再装填は完了していた。再び両巨岩壁からハープーンミサイルが群をなして発射され、零観と共に空高く飛翔していく。
ブースターを切り離し、目標に向かって軌道変更を行うハープーンミサイルたちを置き去りにし、俺は零観を空高く上昇させ続けていた。
同時に、地上ではもう一つの置き土産が攻撃を開始していた。それは、V字機動で地上に召喚した支援兵器――超大型建設機械Bagger293だ!
あと数話で終わると思う




