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ウェーク島要塞に配置した数十のS23 180mmカノン砲が一斉に砲撃を開始し、俺の迷宮――新世界の境界線手前にまで迫った迷宮竜との戦闘がスタートした。
砲撃開始から数秒後、迷宮竜の巨躯が白煙に覆われた。
「Guoooooooo――」
魔獣を吐き出すために海面近くにまで降りていた竜首が揺れ、世界を揺らすほどの叫び声が響いた。
かなりの遠距離でも視認できるほどの波動が海面を押しのけて高波がウェーク島要塞に押し寄せる。
「おっと――」
高波が戦艦長門にまで到達し、艦橋上部の測距所にまで揺れが届いた。手すりを掴む手に力を入れて踏ん張る。
迷宮竜が放つ声は魔獣やドラゴンの咆哮とは全く違い、もっと概念的なものに近い。
声が聞こえるのも集音センサーが反応しているわけではなく。減衰することなく世界に響き渡り、突き抜けていく――もしかすると、あの声は海洋都市アマールや王都クルトメルガにまで届くのかもしれない。
だが、そんな考察は後回しだ。
海中に吐き出された無数の魔獣たちが白波を立てて新世界の境界線を越えた。
次弾装填までのクールタイムが経過中の180mmカノン砲から、魔獣対策として岩壁の中腹に張り出しを造って配置した小口径の野砲に切り替え、無数の照準を無意識に意識して白波の先に向かって攻撃を開始する。
同時にウェーク島要塞の湾内を微速前進していた戦艦長門の舵を切り、片舷を迷宮竜に向けて攻撃準備を行う。
船首左方向へと転舵した戦艦長門の測距所を歩き、俺の正面には常に迷宮竜を捉えるようにして戦艦長門の主砲である41cm連装砲四基の照準をコントロール。
測距儀が観測する迷宮竜との距離が視界に表示され、それを元に41cm連装砲の砲身角度を調整――。
「――主砲発射!」
気分は完全に司令官である――しかし、言う必要のない命令をあえて口にしているのは、視界を完全に覆うほどに巨大な迷宮竜の巨躯と、天を焼き、海を凍らせる両翼を目の前にして、自分自身を鼓舞しているためだ。
手すりを握る手は僅かに震えている。その震えが力を入れているからなのか、それとも恐怖からくるものなのか、FCS(火器管制システム)コントロールに全神経を集中させている今は考えている余裕はない。
41cm連装砲からは戦艦長門の全幅に匹敵するほど大きな砲煙が噴き出し、四基八門の砲身から撃ち放たれた重量一トンを超える砲弾――九一式徹甲弾が轟音と共に飛翔し、白煙を抜けて迫る迷宮竜の巨躯を大きく揺らした。
砲撃は間違いなくダメージを与えている――攻撃の手を緩めることなく、次弾装填が完了した180mmカノン砲も次々に砲撃を再開し、湾内に侵入した魔獣――海面に出ている部分から察するに、魚型の魔獣だろう――に対しても、野砲の次弾装填完了即発射を繰り返して追撃していく。
しかし、迷宮竜も大人しく的で居続けるわけがない。
炎と氷の両翼がゆっくりと、だが暴威をまとって羽ばたき、ウェーク島要塞の両巨岩壁に向けて炎弾と氷塊を降らせ始めた。そして巨大なアギトが全開に開き、その口腔が極彩色に輝き始める。
「最大戦速! 避けろぉー!」
迷宮竜のアギトより放たれたのは極大サイズのブレス――と言うより、それはレーザー兵器に近いものだった。
戦艦長門の船尾を僅かに掠めていく極彩色のブレスが背後の巨岩壁へ直撃し、中腹から爆砕して大穴を開け、ブレスはか細く減衰して消えた。
視界に表示されている戦艦長門の耐久値が減ったのを視認し、掠った程度の減りとは思えない威力に息を飲む。
直撃を受けるわけにはいかない――何か防御手段を講じなくては沈む。
新世界の境界線を迷宮竜が越え始め、動く巨島がコの字型の湾内に近づいてくる。
巨岩壁の上部では設置した180mmカノン砲が次々に破壊されていた。生き残っている砲門もまだあるが、このままではすぐに全てを破壊される。
躊躇う時間はコンマ一秒とて許されない。
視界にTSSのスクリーンモニターを浮かべ、ガレージを選択する。
そこに表示されているのは三年を超えるVMBに費やした月日で集めてきた移動用車両の数々。実用的なものから趣味的なもの、特殊条件をクリアして初めて購入可能になる特殊車両やコレクターアイテムとして認知されていた高額車両――それらを次々に売却してCPに変換していく。
こうなることは覚悟していた。こちらが仕掛ければ、当然相手も反撃してくる。“北界のエルケイネス”の力を取り込んだ迷宮の攻撃が生ぬるいものであるはずがないし、相手はある意味で動く島――腕を吹き飛ばし、足を撃ち抜けば戦意を失うものではない。
迷宮竜の侵攻は、その内部に輝く大魔力石を打ち砕き、迷宮という存在そのものを破壊しなければ止まるはずがないものだ。
そして俺の予想通り、迷宮竜の反撃は熾烈を極めた。
対魔獣用に創った野砲では焼け石に水状態だ――数が多すぎる。迷宮竜はブレスを回避されたのを見るや、今度は竜首を天空高くたて、上空に向けて魔獣を吐き出し始めた。
空を覆う黒い点が瞬く間に増えていき、新世界の空が侵されていく――それは飛行魔獣の大群、海鳥をそのまま大きくしたような怪鳥の群だ。
だが、これも俺の予想通りでもある。すでに高射砲――M51 75mm高射砲を設置し、戦艦長門の12.7cm連装高角砲も加えて対応するつもりだった。
「対空射撃用意――」
FCS(火器管制システム)コントロールがどこまでの数をカバーできるのか判らない――しかし、俺ならやれるはずだ。
VMBのシステムと完全に同化したと感じる自分の体を信じ、狂った女神のシステム具現化の力を信じ、正面の迷宮竜を見据えながら無意識的意識で全砲門をコントロール――飛行する怪鳥の速度を見切り、ルートを予測し、その先へ照準を運ぶ――。
「――撃ち落とせぇぇぇ!!」
巨岩壁上部で破壊されずに残った75mm高射砲は砲身がピストン運動のように前後しながら砲弾を撃ち上げていく。戦艦長門の12.7cm連装高角砲も重厚な発砲音を鳴らしながら対空射撃を始めた。
全方位から鳴る砲音を身体中に浴びながら、戦艦長門を最大戦速のまま湾内で回頭、41cm連装砲の次弾装填完了のタイミングに合わせ主砲が砲煙を噴き出す。
撃ち落とされていく怪鳥の胴体を突き破りながら飛翔する砲弾が、迷宮竜の巨躯へと直撃して再び大きく揺れた。
「GUUUUUUUOOOOOOOOOOO!!!」
そこが果たして迷宮竜の胸部なのかハッキリとは判らないが、巨躯の一部が大きく吹き飛んで海へと落水していく。
だが止まらない。迷宮竜の侵攻速度は全く緩まず、炎と氷の両翼を巨腕のごとく振り抜き、コの字型の巨岩壁の先端を破壊していく。
同時に、炎翼に破壊された巨岩壁の亀裂に爆炎が走り、内部から爆発する。反対の氷翼側は巨岩壁が一瞬で凍りつき、破壊の衝撃で粉々に粉砕されながら滑落していく。
お互いに身を削り合いながらの殴り合い――しかし、ここは俺の新世界――。
「〈迷宮創造〉!!」
――破壊された地形は再び造成してしまえばいい。それを想定しているからこそ、安価でありながら確実にダメージを与えられるであろう大型の砲台を選択して配置しているのだ!
瞬時に展開された全周囲型球状モニターを操作し、破壊された巨岩壁の先端を造成し直し、さらにバトルオブジェクトを再配置してスキル解除。
造成完了までの僅かな時間は残存兵器で凌ぐが、この戦いはまだ始まったばかりだ。
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