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大日本帝国海軍が誇る長門型戦艦の一番艦『長門』、それは長らく帝国海軍の象徴として親しまれ、秘密裏に建造されていた『大和』や『武蔵』の存在が明るみになるまでは、同型艦の『陸奥』と共に太平洋戦争開戦時の連合艦隊旗艦を務めた。
また、『陸奥』共に世界最強の戦艦七隻――ビッグ7に数えられ、VMBのオブジェクトシップとしても七隻全てが登場している。
戦艦長門の特徴は何と言っても世界各国の建艦に大きな影響を与えた41cm連装砲と、曲がりくねった屈曲煙突だろうか。
全長約225m・全幅約35mの巨大戦艦には、のちのワシントン海軍軍縮条約によって制限される事となった41cm連装砲が前後二基の四基、両弦合わせて14cm単装砲十八門に12.7cm連装高角砲が四基、そして25mm単装・連装機銃が各所に多数配置されている。
後部甲板にはカタパルト射出の零式水上観測機を三機搭載しているが、VMBの仕様上ではこの兵装全てを一人のプレイヤーが操作することは出来ない。
兵器によって人数は変わるが、戦艦長門の場合は41cm連装砲四基を一人、14cm単装砲と12.7cm連装高角砲を別の一人が操作し、25mm機銃は自動制御で標的に攻撃を開始する。
艦載機の零式は複葉複座式の水上機だが、VMBでは定員一名で操縦し、計三機で三人のプレイヤーが貴重な航空兵器を操作することができる。
だが、今の俺なら――全ての兵装をFCS(火器管制システム)コントロールで制御できるはずだ。
そして、工廠の中に集束していく光の粒子が固まり、戦艦長門が姿を現した。
「これで準備完了か……」
〈迷宮創造〉を解除し、生まれたばかりの戦艦長門を見上げる。しかし、この配置で俺のCP残額は完全に枯渇した。
インベントリ内には魔石の予備はなく、ここから先は所有する銃器や移動用車両を売却してCPを得るしかない。
工廠の前部ハッチを解放し、造船台から戦艦長門が進水台へと滑り、船尾側から海上へと進水していく。
迷宮竜が境界線を越える前に、まずは戦艦長門の回頭を終えなければならない。
進水していく船体を追い、俺も工廠の脇を駆け出して一気に甲板へとジャンプ――甲板に乗り移って艦橋へと向かう。
とはいえ、戦艦長門の内部に入るつもりはなかった。ウェーク島要塞の規模は元の数倍に拡大しており、全てのバトルオブジェクトの配置箇所を肉眼で確認することは不可能だ。
視界に浮かぶウィンドウモニターによって照準をつけることは問題ないが、相手は迷宮竜一体だけではない。
無数の魔獣たちの動きを確認する上でも、視界の良い艦橋の外にいる必要があった。
戦艦長門の艦橋は水線より四一メートルもある。見上げる頂点は一個のビルのように高く、何重にも積み重ねられた艦橋から見え隠れするトラス構造には、当時の建艦技術の粋を集めた芸術的美しさすら感じられた。
甲板から艦橋甲板へと飛び移り、そのまま艦橋の外側を登っていく――下部艦橋の高角砲台座を覆う手すりに手をかけて乗り越え、副砲予備指揮所、羅針艦橋と飛び移りながら上部に立つ。
これでもまだ三分の一ほど、この間にウェーク島要塞の湾内で戦艦長門を回頭させる。
座礁したりしないように、湾内の水深は深く造成してある。回頭半径さえ確保できれば、湾内での回頭は問題ないはずだ。
マップを見ながら安全を確認し、羅針艦橋の上部からさらに上へ――見張り指揮所へと飛び乗り、主砲前部予備指揮所の縁に手をかけてよじ登る。
なんだかロッククライミングをしている感覚すら覚え始めたが、最上部はもうすぐだ。
副砲指揮所と主測的所を乗り越えれば、戦闘艦橋の直下部分である防空指揮所と測距所だ。
測距所は三百六十度を手すりで覆われた台座になっており、敵艦との距離を測る場所である。そのための装置である回転式の十m測距儀が設置されており、これが艦橋を縦軸に三百六十度回転して距離を計測するのは、長門型戦艦の特徴的な部分でもある。
この上には戦闘艦橋と主砲射撃所があるのだが、測距所の方が滑落の危険も少ないし、周囲を見渡すのに不自由しないので都合がいいかもしれない。
測距所の手すりに肘を掛けながら、回頭し終えた船首と迷宮竜が向かい合うのを戦闘艦橋直下で睨みつける。
迷宮竜が新世界の境界線を跨ぐまで一時間と掛からない距離だ。
黒い影でしかなかった巨躯はしっかりと視認できるほど近づき、天を衝く竜首は鎌首をもたげるようにしてウェーク島要塞を見下ろしていた。
「ふぅー」
長く細く息を吐き、意識をFCS(火器管制システム)コントロールに集中していく――。
迷宮竜を睨みながら、島中に設置したバトルオブジェクトのリモートコントロール画面を無数に表示し、S23 180mmカノン砲の照準モニターを目の前に移動させる。
「まずは試射――」
岩壁の上に設置した180mmカノン砲のうち一基が動き出し、九メートル近い砲身の仰角が開いていく。
「さぁ長門、敵との距離を俺に教えろ」
同時に、戦艦長門の戦闘艦橋から送られてくる視点と情報がHUDとして視界に表示される。
測距所の手すりから肘を上げ、その鉄格子を両手で握り込む――強く、強く握り込む。
この一発が開戦の号砲となる。一度始まれば、撤退はない。俺が一人負けるか、全てを斃して無と帰すか。
「――さぁ、来い。俺の迷宮とお前の迷宮、どちらの世界の理が上か、ハッキリさせようじゃないか――放てぇー!!」
手すりから身を乗り出すほどの咆哮を上げると、それに応えるように岩壁に設置した一基から噴射音が聞こえ――数秒後に大きな水柱が迷宮竜の手前に噴き上がった。
「仰角修正……二発目放てぇー!」
180mmカノン砲の弾薬は自動装填されるのだが、そのクールタイムは約一分。
二発目は別の180mmカノン砲で試射し、今度は迷宮竜の中腹に着弾した。
空気が吹き出すような噴射音と共に撃ち出されるのに比べ、砲弾に詰め込まれた炸薬が爆発するときには大きな白煙が立ち昇った。
そして、VMBの銃器たちはこの世界においてその攻撃力が増幅している傾向にある。
180mmカノン砲もその理の例外ではなく、遠目からでも迷宮竜の中腹が抉られているのが見える。
いける――。
小さな確信と共に残りの180mmカノン砲の仰角を修正していく。
水平線を覆う迷宮竜も攻撃を受けたことを自覚したようだ。上空の竜首が海面へと降りてくる――エルケイネスに似た形状だが、岩の塊で出来た頭部に生命力は感じない。
だが、深くドス黒い紅い目は激しい憎悪と破壊衝動を感じさせる。ゆっくりと開かれていく大口からは無数の魔獣が湧き出し、次々に海中へ飛び込んで白波を立てながらこちらへ向かってくる。
そして――その口腔の奥には、極彩色に輝く点が見える。あれこそが奴の心臓部、迷宮竜の大魔力石だ。
あれを破壊しない限り、迷宮竜の動きが止まることはないだろう。
まずはあそこへ、その為には――。
「全砲門斉射!」
ウェーク島要塞に配置した数十の180mmカノン砲が一斉に砲弾を撃ち出し、同時に戦艦長門も前進させる。
「長門、微速前進!」
――迷宮竜に俺の存在を強く意識させ、この湾内に誘い込む。
正直な話、一つの区切りは近い……そこまでは、禁FPSで執筆する




