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「よし――」
〈迷宮創造〉のスキルによって、迷宮竜の眼前に天まで届くほどの巨壁で構成されたウェーク島要塞を創り上げた。
決して潤沢とは言えないCP残額だったが、S23 180mmカノン砲をはじめ、多数のバトルオブジェクトを配置することができた。
そして、迷宮竜討伐に欠かせない兵器――オブジェクトシップを設置するための必須アーキテクトとして、造船所を設置した。
このオブジェクトシリーズはユーザーが個別に購入することが不可能な兵器たちであり、特にオブジェクトシップやオブジェクトタンクなど、戦局を一変させるだけの巨大兵器、超兵器が揃っている。
しかもだ――購入可能な巨大移動用車両が破格のCP消費を要求されるのに対し、新世界内部でしか使えないオブジェクトシップなどは、MODの作成に負荷を掛け過ぎないように――との配慮で、それほど高いCP消費を要求されない。
それでもバトルオブジェクトよりは消費量が高いが……。
目的のオブジェクトシップを用意する前に、周囲を覆う球状モニターを解除して創り上げた俺の新世界をしっかりと確認しておきたい。
そう考え、〈迷宮創造〉を一旦解除しようとしたが――。
ブッブー。
〜ERROR:オブジェクトコアが設置されていません〜
エラー音とともに視界に表示された文言は、VMBのMOD作成ツールには存在しないオブジェクトを要求するものだった。
「オブジェクトコア……? あぁ、大魔力石のことか」
〈迷宮創造〉のスキルがアンロックされた時に、このスキルの概要は全て脳内に叩き込まれた。
だが、それがあまりにも一瞬の出来事であり、膨大な情報量に酔いそうにもなったため、それらの情報をしっかりと理解する前に、自分の記憶にあるMOD作成手順を優先して思い出していたようだ。
球状モニターに表示されている様々なコマンドを確認すれば、オブジェクトコアに関する部分をすぐに見つけることができた。
「なになに……まずはオブジェクトコアを設置するための台座を選んで――」
オブジェクトコアの選択画面と、脳内に叩き込まれた情報を照らし合わせながら、〈迷宮創造〉の使用を再確認していく。
俺が創り出した新世界は、この世界の理から見れば迷宮の一種であることは間違いない。
迷宮である以上、大魔力石を設置しそれを守る必要がある。これが破壊、もしくは迷宮から持ち去られれば、俺の新世界はその存在を維持することができなくなり、虚無の闇へと吸い込まれて消滅する。
本来の迷宮ならば、大魔力石を破壊もしくは奪取された場合、迷宮の主である俺の命も潰えるだろう。
一度は創世神の手によって断たれた繋がりだが、自分で再び迷宮を生み出した以上、このリンクは再び結合されたと思っていいだろう。
そうならない為に、この新世界も階層立てて地下迷宮にすることもできるし、MOBユニット――つまりAI操作のNPCを配置することで、いわゆる門番や魔獣を配置することが可能だ。
だが、MOBユニットに関しては一体も配置するつもりはなかった。この世界はまぎれもない現実世界であり、そこにMOBユニットを配置すれば、それは俺の操り人形などではなく、一個の生物として配置することになるかもしれない。
それはどう考えても危険な行為だった。もしも新世界の外へ出るようなことがあれば、この世界に新たな種を解き放つことにもなる。
それがもたらす世界の変化は、到底俺一人に背負いきれるものではない。
それに、MOBユニットでは迷宮竜を討伐する手助けにはならない。CPを無駄に消費するだけだ。
となれば――俺の討伐計画を実行する上で、オブジェクトコアはどこか強固な防壁に囲まれた区画に安置されることが望ましい。
また、その場所は全てが終わった後も決して見つからない場所でなければならない。
「とすると……造成コマンド表示、掘削を選択――」
オブジェクトコアを設置する前に必要なのは、その場所の隠密性を確保することだ。
出来上がったばかりの造船所から離れ、天にも届くほどの巨岩壁へと向かう――そして、俺を包み込む球状モニターが壁に接すると、その部分が溶けるようにして消滅した。
そのまま岩壁の中にトンネルを開けながら進み、周囲の土質を変更して通路に作り変える。
岩壁の中央部分まで進んだところで台座の間となる部屋を創り、そこに最も強固な隔離施設――核シェルターを設置して台座の間とし、逆にオブジェクトコアを設置する台座は、一番安価で開閉が容易なカプセルタイプにしておいた。
「オブジェクトコアを指定の台座に設置……決定」
大魔力石の設置を決定すると、高さ一メートルほどの円柱カプセルの中に極彩色に輝く大魔力石が出現した。
「これでエラーは出ないはずだな」
岩壁の中に創った核シェルターには家具の類は一切ない。円柱形が横たわる空間に、小さなカプセルが立っているだけだ。
迷宮の最深部、神殿とも言える厳粛な場所であるべきだとは思うが、なんとも殺風景な台座の間となってしまった。
「まぁ、誰に見せるわけでもないからいいか……」
あとは封鎖だ――CP残量を計算しながら通路にも鉄格子と大銀行用金庫扉を設置し、岩壁の境にも金庫扉をもう一枚設置し、外からはそれが見えないようにデジタルカモフラージュを設定して岩壁と見た目を同化させる。
VMBプレイヤーならいくらでも見破る手段はあるだろうが、この世界の人間や魔獣がここへ立っても、この擬装を見破るのは容易くないはずだ。
「これでよし――〈迷宮創造〉解除」
今度はエラーメッセージが出ることはなく。全周囲球状モニターが解除されて俺の視界は普段通りのUIだけを表示した。
球状モニター越しではなく、実際の目で創り上げたウェーク要塞を見渡すと、この世界と全く変わらない自然の世界が広がっていた。
足元の土を少し穿ってみる――やはり本物の土だ。島全体を岩壁に造り変えたため、植物の類は僅かにしか残っていないが、葉の一枚一枚が間違いなく生きた緑色をしており、そこに確かな命があることが窺い知れた。
新世界の出来具合に満足しながら海岸線の向こうへ視線を向ければ、迷宮竜の影はさらに大きくなっていた。
向こうも突然出現した巨岩壁の島に気づいたのか、迂回することなく真っ直ぐに向かってくる。
それだけではない。氷と炎の両翼を広げ――天を焼き、海を凍らせながら魔獣を吐き散らす。
どうやら迷宮竜もこちらを敵と認め、戦闘態勢を整え始めているようだ。
しかし何に反応した? 俺が設置した大魔力石の魔力か? それとも、〈迷宮創造〉を発動させた時の光の粒子に反応したのだろうか?
いや、そんな理由はどうでもいい。こちらも迷宮竜をコの字型の内側へ誘い込むつもりだった。
迷宮竜の動きを封じ、包囲攻撃をするのを第一目標としてウェーク島をベースマップとして選択したのだから。
そして、迷宮竜をここへ誘い込むための餌として――滅殺の一撃を加える手段を得るため――オブジェクトシップがどうしても必要だった。
「〈迷宮創造〉起動――」
造船所へ歩いて行きながらスキルを起動し、いよいよ本命の準備に取り掛かる。
「オブジェクトシップ表示――」
建造できるオブジェクトシップはいくつかある。だが、CP残額を考えると選べる艦船はそれほど多くはない。
それでも俺が欲する機能を有し、強力な主砲を有する戦艦を選択するのに迷いはなかった。
「戦艦長門の建造を――決定」
それを決定すると同時に、造船所の巨大な工廠を満たすほどの光の粒子が生まれ、湧き続ける輝きが巨大戦艦を形造っていく。




