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 迷宮竜ラビリンス・ドラゴンを監視しながらの航海が始まって二日ほどが経過した。

 依然として進路は船上都市ビグシープへと真っすぐ向かっている。だが、この二日で迷宮竜ラビリンス・ドラゴンは更なる成長を遂げていた。


 天高く伸びた頭部の先――口腔が海面近くまで下がってくると、大きく開いたその口から多数の魔獣を海へと跳び込んだ。

 その大半が魚系の魔獣のようだが、中には泳げそうもない魔獣も飛び出してそのまま海中へと沈んでいくのも見えた。


 どうやら、迷宮竜ラビリンス・ドラゴン暴走スタンピート状態の迷宮と同じ性質を持っているようだ。


 こいつが生まれた場所が海の孤島でよかった……もしもオルランド大陸で誕生していれば、ドラゴンの持つ絶望的な力だけでなく、止めどなく溢れる魔獣の大群によって瞬く間に自然界の生きとし生けるものたちは命を刈り取られていたかもしれない。


 Uボートと迷宮竜ラビリンス・ドラゴンとの距離を十分に開け、海中へと放たれた魔獣たちに絡まれないようにしながら監視を続け、その間にアシュリーとゼパーネル宰相、それにマルタさんとも連絡を取った。


 そして三日目の朝、迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの成長――いや、進化と言った方が正しいのだろうか?

 それが一段落したのか、速度を上げてビグシープへと移動を開始したのを見て、こちらも航行速度を上げてビグシープへと先行した。


 迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの情報は十分に集まった。これ以上監視を続けていても、ビグシープに避難するよう伝えるのが遅くなるだけだ。


 そして、ここまで近づいてくれば、他の漁船や交易船を水平線の先に見つけることもある。


 どの船舶も迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの姿に一度は距離を縮めるが、動く島の正体が何なのかを察すると、すぐに進路を変えて離れていく。

 進路上のビグシープに向かう船もいれば、クルトメルガ王国の海洋都市アマール方面へと舵を取る船もいた。


 迷宮竜ラビリンス・ドラゴンはそれらの船舶に無関心だったが、海中へと放った魔獣たちは別だ。進路を変えて離れていく船舶を追うように、海面に白波が立つのが見えた。

 出来ることなら魔獣たちの追撃を防ぎたいが、Uボート一隻では魔獣程度の大きさを殲滅させるのは難しい。

 それに、こちらの準備が整っていないのに迷宮竜ラビリンス・ドラゴンに敵対行動をとられても困る。


 どうか逃げ切って欲しい。


 そう思いながら、ビグシープの十二番船へ急行した。迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの移動速度から考えて、時間的猶予は二日あるかどうか……。




「お、おい……あの船は何だ?」


「帆がないのに進んでいるぞ?」


「あの大きさは何だ? 本島の造船所でも見たことがないぞ」


「それよりも急いで出港の準備を進めろ!」


「組合からの返答は?」


「駄目だ、まるで話にならん。蜃気楼でも見たんだろって笑われて終わった。」


 夜を待って秘かに入都する時間の余裕はない。Uボートを十二番船の船着き場に近づけると、そこで作業をしていた水夫たちがUボートの姿を見て騒ぎ出した。

逆にUボートを全く見ずに慌ただしく駆けまわっている水夫たちもいるようだが――。


 そんな水夫たちの動きを横目に、Uボートを水上航行させて堂々と船着き場へと入港し、司令塔から堂々と桟橋に飛び降りて入都審査を行う事務所に向かって歩き出した。


 周囲の目が俺とUボートを往復するが、ここで迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの襲来を騒ぎ立てても意味がない。


 まず向かうべきは、この都市での協力者である『シエラの店』だ。ビグシープの領主館に俺が出向いても門前払いされるだけだろう。まずはこの都市の有力商人であり、情報屋としても十分な能力を示した彼女と会うのが先だ。


 入都審査を問題なく済ませ、渡し船に乗って商店が集まる六番船へと足早に移動した。

 ちなみに、Uボートは桟橋に停泊したままにし、ユミルは船室で留守番させている。


 ビグシープの活気は相変わらずで、表通りは大きな賑わいを見せていたが、商店の隅や影の方では慌ただしく動く商人や水夫たちの姿も見えた。

 どうやら、迷宮竜ラビリンス・ドラゴンの目撃情報や上空を赤く焼く炎翼に、海上へ落着する凍結した雲の塊を遠くからでも見たのかもしれない。


 『シエラの店』もどことなく雰囲気が変わっていた。雑多に商品が陳列されているのは同じだが、薄暗い店内は灯り一つなく。営業しているのかも判らない状態だったが、マップには奥の一室に点灯する光点を示していた。


 店内に足を踏み入れると、すぐに奥に浮かぶ光点の一つがこちらへと動き出した。


 暗闇の中から進み出てきたのは獣人種の老水兵、ガルダだった。


 ガルダは俺の顔を見ると、何も言わずに手振りだけで奥の板張りの部屋へ行くように勧めた。


「おや? 誰が来たのかと思えば『大黒屋』さんじゃないか、迷宮島はもういいのかい?」


 板張りの部屋には布袋をクッションのようにして座るシエラが待っていた。相変わらずの薄着に豹柄模様の尻尾を揺らし、手には何枚もの書類を広げ、金縁の丸眼鏡を鼻に掛けて視線だけをこちらに向けていた。


「ちょっと問題が発生しましてね。こちらでも把握しているんじゃないですか?」


 板張りに散らばる海図らしき書類の一つが視界に入ったが、そこにはビグシープに向かう何かの航路予想図が描かれていた。


「君が知っているということは……やはり、迷宮島の暴走スタンピートで厄介な魔獣が生まれたようね」


「いや……現状はもっと深刻ですよ」


「深刻? 正体不明の大型魔獣が接近している情報はすでにビグシープの裏を駆け巡り、領主のウルヴァンは討伐船団を組織して迎え撃つ準備をしている。陽が落ちる前には出港し、ビグシープまで一日の海域で激突することになるわ」


 シエラは手に持つ書類の一枚をこちらに向けると、そこには予想される戦闘海域が記されていた。ビグシープ側からの船舶数は五か六か――アマールの護衛船団を思い返せば、その程度の船舶数と乗船している戦闘水兵の力では、迷宮竜ラビリンス・ドラゴンに傷一つ付けることは出来ないだろう。


 小さく溜息を一つ吐き――。


「相手はドラゴンですよ」


 俺の一言に、シエラの書類を持つ手が揺れた。


「フィルトニアに覇者ドラゴンはいないはず、それが本当なら、一体どこから来たというの?」


「正直なところ、どこから――は俺にも判りません。ですが、なぜ来たか――なら判ります」


「それは……ここに来た理由にも繋がっていそうね」


「えぇ、貴女には人を紹介してほしい」


「魔石に情報、そして今度は人ときたかい――で、だれを?」 


 俺の正面でクッションに座るシエラが、薄いパレオに似た腰布一枚だけの脚を大胆に組み替え、次に出てくる俺の返答を楽しむように微笑む。

 それに応えるように俺も口角を僅かに緩め、ここへ来た最大の目的を口にする。


「ウルヴァン」


 そのド本命の名に、シエラは一瞬だけ目を見開くとすぐに満面の笑みを浮かべて大声で笑いだした。


「あーッはッは! ウルヴァンを呼びつけようってのかい! 」


 斑点模様の尻尾が板張り床をピシピシと叩いているが、こちらとしても回りくどいことをする時間の余裕はない。

 迷宮竜ラビリンス・ドラゴンは真っ直ぐここへ向かってきている。討伐船団なんて出して安心されては手遅れどころか、船上都市が沈没しかねない。


 シエラが笑いを堪えながら説明するには、ウルヴァンは討伐船団を率いて出陣するため、十二番船の桟橋に戦闘船を集結させるらしい。


 そこで会うことが出来ればこちら都合がいい。僅かな時間でも会えれば、それで十分だ。






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