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不運な偶然なのか、それとも意思を持つ何者かによる妨害だったのか、緊急脱出手段として準備していたLVTP-5が溶岩の噴出に晒されて爆散した。
失った物は移動用車両本体だけではない。その内部に設置してあった転送魔法陣と模写魔法陣を同時に失い。船上都市ビグシープとの行き来が不可能となった。
この迷宮島全体に起こっている地響きと地形変化を見れば、島全体が何か別の物へと変質していくのは判る。
転移する手段がなくなったとはいえ、まだ海上移動手段は残っている。迷宮島に留まることは危険極まりなく、一先ず海岸線を目指して走って来たが、移動に費やした数時間の間にも、状況は更なる変化を迎えていた。
「……動いている?」
カルデラ付近で起こった噴火は、その噴火口の数を瞬く間に増やし、空を警戒しながら移動しなければ、いつ頭上に塊状溶岩が降ってくるか判らない。
火山灰が噴き上がり、黒煙に覆われていく空の様子を見上げて気づいた。上空の風に流されていく噴煙が、その向きとは無関係の方向へ動いている。
いや――動いているのは噴煙のほうではない。
海岸線までもう少しと言う場所で足を止め、脇に抱えるユミルを下に降ろす。同時に確認するのは噴煙の動きではなく、足付けた地の動きだ。
断続的な地響きは緩慢的な揺れへと変わり、僅かに上下している感覚すらあった。再び上空を確認し、天高く伸びた竜頭を探すと――その頭部の向く先は俺たちとは違う方角を向いていた。
風とは違う向きに流れていく噴煙から察するに、頭部の向く方角に迷宮島が、迷宮竜が動いているのは明らかだった。
どこだ――どこに向かって動き出した――。
再び低木林を移動しながらTSSを起動し、マップを開いて周辺海域や重要ポイントが見える縮尺にまで広げていく。
「まさか……ビグシープか?」
迷宮竜はその強大な力ゆえか、それとも単純に大きすぎるせいなのか、マップに光点として表示はされていない。
だが、プレイヤー同士の目標設定や作戦指示に使うマーカーピンを打ち立てれば、それがマップ上を動いていくのを見ることが出来る。
そのマーカーピンが移動する先を追えば、船上都市ビグシープの大船団と重なる。
低木林を抜け、上陸地点だった海岸線に戻って来た。ユミルも俺の後ろについて走って来ている。ユミルはこの数時間でだいぶ走るのが上手くなった。もう俺が抱え上げる必要はないだろう。
インベントリから救命ボートを取り出し、海へと投げる。瞬く場に膨張していくオレンジ色の救命ボートに、ユミルは興味津々で駆け寄っていく。
「ユミル、ボートを壊さないでくれよ」
「キュ?」
膨らんでいく救命ボートに興味を持つのはいいが、ユミルは細く長い尻尾を立てて氷槍の射出準備を整えていた。
ユミルは幼子ゆえの警戒感からか、初見の物体や相手を前にすると、氷槍を撃ち出す習性のようなものがある。
迷宮島を脱出するつもりだが、現状では人の住む街に連れて行くには危険すぎる。だが、迷宮竜がビグシープに向かい出した以上、その進攻を止めるか――進攻先を避難ンさせるかの二択になる。
だがここで問題が出る。進攻を止めるにしても、俺に残された手段はそう多くはない。それに、確実に止めるためには色々と準備が必要だ。
ユミルの扱いもその一つ、だれかれ構わず氷槍で貫こうとする習性を改めさせなければ、アシュリーに会わせる事すら不可能だ。
「俺と一つ約束をしよう」
『約束?』
「そうだ。人や物を無暗に攻撃しないこと、狩っていいのは魔獣と亜人種だけだ――できるか?」
救命ボートに乗り込み、尻尾を振りながら思案するユミルも抱え上げてボートに乗せる。
「キュゥ~~」
ユミルはボートに乗せられても思案し続けていた。
『人……魔獣……亜人種……ん! 判った!』
本当に判ったのかは心配だが、一先ずは信じるしかない。救命ボートの船外機を稼働させ、海岸線を離れていく――。
ユミルは波を切り裂き始めたボートの動きに喉を鳴らし、尻尾で波を掻き分けて遊び出していた。
その姿を横目に、迷宮竜が大海を移動していくのを確認する。
火口の迷宮付近で発生した大きな地割れと、そこから立ち上がった氷翼は雲を凍らせ、炎翼は天空を焼いていた。
心なしか、両翼の位置が変わったように見える。島全体もより生物的なシルエットとなり、いよいよ一匹の超巨大竜へと変化し終えたのを感じた。
「こちらは眼中になしか……」
迷宮竜の頭部は真っ直ぐに船上都市ビグシープを見据えていた。より人が多い場所を感知しているのか、迷宮の存在意義――自然界のあらゆる生命を滅ぼすため、人の生活圏を侵すことを最優先に動いているのだろう。
海上で救命ボートからUボートVII型へ乗り換え、潜水航行でこちらもビグシープへと進路を取った。
潜水航行を開始して数時間が経過した。ビグシープまではまだ何日もかかるが、一先ず迷宮竜を追い抜いて先行している。
船長室に広げたTSSの拡大マップから迷宮竜の侵攻ルートを計測し、間違いなくビグシープに向かっていることを確認すると、携帯電話を取り出してナンバーキーを押し始めた。
『――儂じゃ』
「夜分遅くすいません。シュバルツです」
既に時刻は日没を遥かに過ぎている。迷宮竜は休むことなく海上を突き進んでいた。
俺のUボートは速度を調整しつつ、迷宮竜の少し前を進んでいる。今のところ俺を感知している様子はないが、もう数日も進めばクルトメルガ王国との海運航路にも近くなるし、フィルトニア諸島連合国の商船や漁船の姿を捉える可能性がある。
そうなった時に迷宮竜がどう動くか――また、他の船がどういう動きを取るのか、それを確認せずにビグシープへと突き進むわけにもいかなかった。
その監視をする合間に、王都のバーグマン宰相へと経過報告を兼ねて連絡を取っていた。
『なるほど、また厄介なことに巻き込まれたようじゃな。フィルトニア諸島連合国方面への渡航は即刻禁止にしよう』
「宰相閣下からビグシープの領主へ情報を伝えることは可能ですか?」
『できることは出来る。じゃが、時間的なことを考えればお主の方が早いじゃろう』
「ですが、私が領主館に出向いても話を聞いてもらえますかね?」
『……無理かもしれん。ビグシープを治めている部族はウルヴァンだったか、彼奴は人の話を聞かん。迷宮をわざと暴走させて狩りをする民じゃからな、魔獣そのものを恐れてもおらん』
「迷宮竜の大きさは船上都市そのものよりも巨大です。それに相手は海上を移動する島そのもの、冒険者や騎士団が直接討伐できる規模ではありませんよ」
『ではどうするべきだと、お主ならビグシープに到達する前に討伐できるのか?』
「そのための準備をする時間が足りません」
『…………なら、領主以外を説得するしかないじゃろう。有力商人や港関係者と繋ぎを取り、ビグシープから退避させるしかあるまい』
やはりそうなるよな……俺はフィルトニア諸島連合国に不正入国に近い形で入国しているし、転送魔法陣を持ち込んで他国とも繋いでいる。それは一歩間違えれば侵略行為の先陣と捉えかねない行為だ。
それに、一介の冒険者が孤島の大きさほどもあるドラゴンが接近中だと言って、一体だれが信じようか?
ビグシープで暮らす人々へ危険を知らせるなら、やはりその都市を知り尽くしている人物の方がいいか――。
『それで、保護したドラゴン含めてお主はどう動くつもりじゃ』
「このまま先行してビグシープに向かい、現地の協力者に避難勧告を頼みます。ユミルは……クルトメルガに連れて行くことになると思います……」
『はぁー』
携帯電話越しに深いため息が聞こえる。だが、射撃訓練場に連れて行って狂える女神を刺激したくはないし、個人ルームに閉じ込めていては窮屈すぎる。
『陛下の避暑地がアマールの北西にある。そこで保護できるよう手配しよう』
「ありがとうございます」
その後もバーグマン宰相と情報交換を行いながら、迷宮竜の動きを監視して潜水航行を続けた。




