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 緩やかな死を迎えるはずの迷宮に思わぬ異変が起こり、内部はグニャグニャに歪み、再び暴れ出したエルケイネスは魔獣の赤眼を光らせて咆哮を上げた。


 予想のつかない事態に不安を覚え、ユミルを連れて急いで迷宮の外へと脱出したが、迷宮島の状態も内部と大して変わらない様子となっていた。


『揺れてる!』


「あぁ、島全体が揺れてる」


 迷宮島は異様な雰囲気に包まれていた。迷宮の入り口に首を突っ込んだエルケイネスの巨躯は地面に横たわったままだが、四つ足をバタつかせながら、長い尻尾を振り回して暴れていた。


 どうやら、迷宮の外も安全とは言えないようだ。


「ユミル、一旦引いて様子を見るぞ」


「キュッ!」


 まるで地震が起きているかのように島全体が揺れ、地下奥深くから鳴り響く地響きは収まる気配がない。


 カルデラ内はエルケイネスが暴れた影響で氷林へと姿を変えていたが、そこに加えられる激しい揺れと地響きにより、氷の彫像が割れるかの如く、氷林は粉々に崩壊していく。

 砕け散る氷の破片を避けながら走り、疲れを知らぬ体で一気にカルデラの入り口まで駆け上がった。


『ついた?』


 走る速度がまだまだ遅いユミルは、俺の背にしがみつき、尻尾を腰に巻き付けて固定している。


 駆け上ったカルデラの縁から“火口の迷宮”付近へと視線を向けると、エルケイネスの巨躯が少し小さくなったように見えた。


「ユミル、ここで少し様子を見よう」


「キュ~」


 ユミルを背から降ろし、インベントリから高倍率スコープを取り出して双眼鏡代わりに覗き込むと、どうやらエルケイネスの巨躯が迷宮に呑み込まれているように見える。


 地響きはまだ断続的に続いているし、カルデラの縁は所々で崩落が起きていた。


 バイシュバーン帝国から勅命を受けて迷宮島に来ていたドラーク王国のザギール王子は、ユミルの手によってその命を吹き消された。

 迷宮島の迷宮はエンプレスアントによって制圧されていたが、エルケイネスの乱入もあり、混乱の中で迷宮の主ダンジョンマスターとともに討伐することができた。


 これで迷宮島での脅威は生き残っていないと思うのだが、緩やかな死とは言い難い異変と共に暴れているエルケイネスのことは気になる。だが、あの巨躯を迷宮から引きずりだす方法がない。


 かといって、この後何が起こるのかを確認せずに迷宮島を離れるわけにもいかない。暴れるエルケイネスに意思が残っているようにも見えなかったが、迷宮と共に消滅するのかどうかはしっかりと確かめなくてはならない。


 それに……もしもこれ以上の悪夢が起こるようならば、俺も覚悟を決めなくてはならない。


 そんな秘かな決意を胸に抱きながら、断続的に揺れる迷宮島のカルデラを監視していると、やはり事態は収束へと向かってはくれなかった。


『ゆ、ゆれるぅぅぅ』


 地面に寝そべっていたユミルが四つ足で踏ん張りながら声を震わせる。俺も立っていられないほどの揺れにしゃがみ込み、迷宮島に次の変化が訪れたのを感じた。


 “火口の迷宮”前で横たわるエルケイネスの巨躯がどんどん小さくなっていき、ついには完全に迷宮内部へ呑み込まれてしまった。


そして迷宮の入り口から轟く咆哮は、カルデラ森林に――迷宮島に――自然界全てに響き渡らんと放たれた憎悪の波だ。

 目には見えない音圧が体を突き抜け、横に伏せるユミルはその感情波を受けて細く長い尻尾をピンっと立てた。


 この込み上げてくる憎悪の感情は――。


 エルケイネスのものではない。あいつから感じたのは驕りと怒り――こんな何もかもを憎悪する狂気の感情は……迷宮――そして、その後ろにいる――。

 地下奥深くから続く地響きはさらに大きくなり、轟く咆哮は呪詛のように途切れることなく響き続け、俺の心の中は不安と恐怖で一杯に――はならなかった。


 心に込み上げてくる感情は――憎悪への歓喜、破壊への狂喜、そして――復活への狂喜乱舞する俺ではない俺の感情の爆発だった。


 迷宮の入り口が小高い山のように盛り上がっていく――低木林を根元から引き倒し、草木が崩れ落ちていく。

 岩と土だけが空高く盛り上がっていき、その形がエルケイネスを――ドラゴンを模して伸びていく。


 同時に、迷宮島を揺らす地響きはまた一段と大きな揺れを引き起こし、カルデラを両断する巨大な地割れとなって島を割っていく。


「キュ~~~!」


「こ、この感情はまさか……っ!」


 迷宮島全体が禍々しい何かへと変化していくのを見ながらも、俺は心の奥底から湧き上がる不快な歓喜の感情に戸惑っていた。


 体が無意識に震えだし、自分を抱くように両腕を鷲掴みにして、喉まで出掛かった歓呼の叫びを我慢した。

 これは間違いなく――俺の深淵から来る感情、迷宮の主ダンジョンマスターとしての俺が喜んでいる――なにを?


 それは――同胞が狂える女神を復活させる力を得たことをだ!


 創世神によって狂える女神との関係を、迷宮との共存関係を断ち切られたと思っていた。だが、そんなものは“まやかし”だった。

俺は今でも間違いなく迷宮の主ダンジョンマスターであり、心のどこかで母である狂った女神の復活を願っている。


そのことを、迷宮が鳴く咆哮を聞いてしっかりと理解した。


『ママ、大丈夫?』


 ユミルが心配そうにこちらを見上げている。


「だ、大丈夫だ……」


そう言いながらユミルの鼻先を軽く掻くように撫でてやり、視線を天高く盛り上がっていくドラゴンを模した土石に戻す。


迷宮の入り口付近で大きく割れた地割れからは、エルケイネスの翼と見紛みまごうばかりの氷翼が一枚立ち上がり、その反対側からは燃えるように真っ赤な炎翼が立ち上がった。


 なんだよあれ……。

 

 土石の頭部にエルケイネスとは形態が違う氷と炎の翼――長く巨大な首は空高く伸びたところで止まり、鎌首をもたげて咆哮を上げた。


 空気を震わし、大気を引き裂くような咆哮は魔砲へと変わり、竜腔から放たれた極彩色の光は迷宮島近海へと着弾し、噴き上がる水蒸気と爆音は遠く離れた位置にいるはずの俺の集音センサーにまで届いた。

 そして集束していく魔砲の出元、竜腔の奥の方で極彩色に煌めく小さな点が見えた。距離的に一ドットにも満たないサイズだったが、あの光を見間違えるはずがない――大魔力石ダンジョンコアだ。


 ゆっくりと立ち上がり、一歩二歩と後退りながらユミルを抱え上げて、カルデラから離れるように走り出した。


 この島は――迷宮島は自然物とは別のなにかに変質しようとしている。その原因は間違いなくエンプレスアント、迷宮、そしてエルケイネスの三つだ。


 あの時――俺はエルケイネスの頭部を破壊して奴の脳を、思考中枢を吹き飛ばした。それはもしかしたら、一時的に不能状態にしただけだったのかもしれないが、エンプレスアントにとっては十分な隙になったのだろう。

 奴は腹部の刺針で火口の迷宮の迷宮の主ダンジョンマスターごとエルケイネスを貫いた。


 あの時に何が起こったのか? エンプレスアントの詳細な能力なんて判らない。だが、奴は明らかに眼を歪ませて嗤っていた。

まるで、莫大な力の奔流を我が物としたような、不可侵の存在を手に入れたかのような。


 だが、その直前で俺が撃ち抜いた。


 結果的にエルケイネスの――ドラゴンの力を得たのは誰だったのか? エンプレスアントは死に、迷宮の主ダンジョンマスターのリザードマンも同時に息絶えた。

 エルケイネスの赤眼はエンプレスアントによる洗脳とも思える魔獣化への兆候を示し、最後に残ったのは極彩色に輝く大魔力石ダンジョンコア


 あぁ、そうか……。


「あのドラゴンはもうエルケイネスでも、エンプレスアントでもない。あれは……」


『――迷宮竜ラビリンス・ドラゴン


 俺の言葉に釣られるように、ユミルが天高く聳え立つドラゴンの鎌首をジッと見ていた。


「ユミル、判るのか?」


『ユミル判る、知ってる! 迷宮のゴハンになるのダメ! 迷宮がユミルになるの!』


 それはドラゴンの生命に紡がれていく叡智からの情報だったのかもしれない。ドラゴンを取り込んだ迷宮が一つの生命へと進化する――その姿があれか。


 地響きに続き、迷宮島の各地で地割れや崩落、そして土石の隆起が起こっていた。ユミルを抱えながら低木林を駆け抜け、逃げ惑う魔獣や小動物を追い越しながら振り返る。


 カルデラ付近からは断続的な爆発音が聞こえていた――噴火だ。噴き上がる噴煙は所々赤みを帯び、マグマが噴き出しているのが判る。低木林の森には赤く燃える岩石が降り注ぎ、山火事となって広がり始めていた。


 海岸線まではまだ距離がある。ここは火に巻かれない内に、転送魔法陣で脱出するべきか?


 そう考え、足を止めてユミルを下に降ろした。


『到着?』


 ユミルは何もない低木林で首を回し周囲を確認しているが、ここが目的地なわけではない。都合よく開けた空間が少し先に見えたので降ろしただけだ。


 ガレージを意識し、船上都市ビグシープと繋ぐ転送魔法陣を敷いたLVTP-5を支援召喚する。ハッチを開放し、中へと入ろうとした瞬間――。

 一際大きな地震が迷宮島全体を揺らし、LVTP-5との間に地割れが起こった。


「危ない!」


「キュ?」


 好奇心旺盛にLVTP-5へと歩き出していたユミルの体を抱え、嫌な熱を感じて一気に後方へと跳んだ。


 同時に噴き上がるのは真っ赤に燃える溶岩だ。割れ目に沿って噴き上がり、一瞬のうちに溶岩のカーテンを敷いて俺たちとLVTP-5を分断した。


 一度着地したところで、もう一度大きく跳ぶ。噴き出される溶岩と火の粉の勢いは凄まじく、周囲一帯が瞬く間に炎に包まれていく。そして、溶岩のカーテンの向こうで爆発音が聞こえた。

 LVTP-5が破壊された――マップに映る移動用車両を示す光点が消えたことで、瞬時にそれを悟った。


 緊急退避手段を失った――LVTP-5の爆発に、転送魔法陣が無事だとは思えないし、確かめるために溶岩の壁を越えるわけにもいかない。


 走るしかない……。


 ユミルを抱えたまま再び走り始め、燃え盛る火から逃げるように、上陸地点であった海岸線へと向かった。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 死亡状態が存在するがゆえに耐久力が追いつかないこともある なので死んでる時に何かされるとどうしようもない 火の鳥を思い出した アレも宇宙生命体兼生命が混じり合った存在の割に耐久が紙...
[一言] 何この超展開草生える てかこの島に来てからの主人公の運勢どうなってんだ。
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