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 エルケイネスの頭部に乗ったエンプレスアントが、尻尾のように伸びた腹部を唸らせ、細く長い刺針で迷宮の主ダンジョンマスターごと頭部に突き刺した。


「こ、こいつッ!」


 一目見てその行動が異常だと判った。六本あった歩脚のうち三本を斬り飛ばし、オシュコシュ M978 タンクトレーラーとエルケイネスのブレスが衝突した余波を俺と同じように受けたはずだ。


 その直後に起こす行動がこれか? どう考えても、何かを狙っての行動だ。迷宮の主ダンジョンマスター大魔力石ダンジョンコアまで口に咥えている。だが、意図が判らないものを深く考えても意味がない。今は――。


 両手に構えたCZ75 SP01のトリガーを連射し、急所である頭部に狙いを集中させる。


 エンプレスアントは一本残った腕代わりの歩脚を盾にして頭部を護ろうとしたが、撃ち出した9×19㎜パラベラム弾は弾かれることなく、歩脚の甲殻を容易く粉砕し――その後ろで護られていた頭部すらも破壊した。


 頭部と腕代わりの歩脚を失ったエンプレスアントの胴体が力なく崩れ落ち、両膝たちの体勢で動きを止めた。だが、マップに映る光点だけ見れば、まだ完全な死を迎えていないことが判る。


 ――本当にしぶとい。


 インベントリから予備マガジンを取り出し、換装しながら一歩前に踏み出た瞬間、白骨化していたエルケイネスの前頭部が僅かに動いた。

 生気を失っていた黄色い竜眼が瞬き、命の輝きとも言える眼光が再び宿ったかに見えた。


 だが、ゆっくりと繰り返される瞬きの後――竜眼の色は黄色から赤色へと変化していた。それは、エルケイネスがドラゴンという種から、一匹の魔獣へと変化したことを意味しているのは間違いない。


 エルケイネスの変化を、このまま見過ごすわけにはいかない。


 歩行射撃の体勢をとりながらトリガーを連射し、エンプレスアントの胸上付近を粉砕していく。


 やはり脆い――エルケイネスのブレスと、M978の大爆発になんら影響を受けていないわけがなかったのだ。

 真紅の甲殻は陶器が砕け散るかのように割れていき、貫通した銃弾は後ろで仰向けに倒れていた迷宮の主ダンジョンマスターにまで着弾していた。


 しかし、近づいて行くにつれて何かがおかしいことに気づいた。エンプレスアントの胴体を粉砕しても、飛び散るのは真紅の甲殻ばかり――だが、その中身がないのだ。


「――空洞?」


 思わず言葉が漏れ落ちたが、エンプレスアントの胸部付近には内蔵に類する肉や組織が全く存在していなかった。

 CZ75の照星を僅かに下げていき、胸部から腹部へと撃ち砕く部位を変えていくと、俺の疑問全てへの答えが――文字通り顔を現した。


 腹部のやや下、人で言うなら丹田と呼ばれる付近にソイツはいた。


 人の手ほどの大きさしかない、極小のアリ型魔獣――幼生体に似た白色だが、薄暗い迷宮内でもハッキリと判るほどに光り輝く純白だった。


 あの純白のアリ型こそがエンプレスアントの本体――真紅の甲殻に覆われた体は、敵対者の目を欺くための〈擬態〉――ソレを見た瞬間にそれが判った。

 かつて、建国王とゼパーネル宰相のパーティーから逃れることが出来たのも、魔獣と言う種族で山を越え、海を越えて長距離移動できたのも、あの小さな体で身を隠していたからに違いない。


 指先ほどの頭部は、何度も見合った真紅の頭部がそのまま小さくなった造形をしていた。あまりにも小さすぎてよく見えないが、小さな顎を鳴らして俺を挑発しているようにも見えた。


 だが、エンプレスアントが見せた余裕は思わぬ一撃で途絶えた。


「Gilii?!」


 背後から伸びた左手がエンプレスアントを鷲掴みにし、腹部を刺針と尻尾に貫かれ、エルケイネスの頭部に磔にされていた迷宮の主ダンジョンマスターであるリザードマンが、ゆっくりと上半身を起こした。


 意識を取り戻したのか――?


 リザードマンの全身は酷い損傷に覆われていた。剥がれ落ちた全身の鱗から出血し、真紅の甲殻を貫通した9×19㎜パラベラム弾は右肩を破壊していた。

 どう見ても瀕死、目は虚ろで生気はなく、半開きになった口角からは白い泡が出ている。


 しかし、それでもエンプレスアントの拘束を解く気配はなく。むしろ握る力が強まっているのか、手の中でもがく純白のエンプレスアントが苦痛の声を絞り出している。


 そうか――お前もコイツを逃がしたくはないか。


 ズルズルっと、純白のエンプレスアントが下腹部辺りから引き上げられると、腹部の先がへその緒のように長く伸びているように見える。


 リザードマンは俺のことを――別の迷宮の迷宮の主ダンジョンマスターとして認識しているのだろうか? それとも、自分とエンプレスアント以外の誰か、としか感じていなかったのだろうか?


 純白のエンプレスアントを握る手は震え、俺に差し出すかのように僅かに前へと突き出す。

 

視線を動かして視界に浮かぶUI情報を確認すれば、CZ75の残弾数表示は『1/15』を示している。


 だが、一発残っていれば十分だ。下げた照星を再び持ち上げ、エンプレスアントの小さな頭部に重ねる。


「――ふぅ」


 軽く息を吐き、トリガーを引いた。


 撃ち出された最後の一発は、純白のエンプレスアントの頭部を貫き、その衝撃は頭部に留まらず、胸部までも粉砕して吹き飛ばした。そして、貫通した銃弾はリザードマンの眉間を突き、ゆっくりとエルケイネスの頭部へと倒れていった。

 

『倒した? ママ、倒した? ママ、お腹空いた!』


 部屋の隅で大人しくしていたユミルが、戦闘の終わりを感じて足元にまで駆け寄って来た。同時に、迷宮の地下深くから空気が震えるのを感じた。視線を足元に落とせば、迷宮自体が震動しているのも感じる――迷宮の死だ。


 魔石狩りを目的に迷宮島へ来たため、“火口の迷宮”を討伐するつもりはなかったが、結果的に討伐することになったのはしょうがない。


 震動がどんどん大きくなっていくのを感じるが、足元に擦り寄るユミルの頭を撫でながら視線をリザードマンに戻すと、エルケイネスの白骨化した頭部に転がる大魔力石ダンジョンコアが視界に入った。


「あれは貰っておくか――」


 CZ75を専用ホルスターに挿し、エルケイネスの頭部へと一歩踏み出した瞬間、その異変に気づいた。


「――っと」


 侵入口の地面に足が沈み込み、反発するように押し上げられた。転びそうになるのを堪え、地面の硬さを確かめるように踏みしめると、やはり異常なほど柔らかい。

 周囲を見渡して確認してみれば――俺が踏む踏まない関係なく、迷宮内の床や壁、天井が波打つように蠢き始めていた。


 おかしい――これまで何度か目にしてきた迷宮の死とは、何かが違う。大魔力石ダンジョンコアを回収し、すぐにでも外へ――。


 そう思い、視線をエルケイネスに戻すと――頭部に落ちた大魔力ダンジョンコアが、その内部へとゆっくり沈み込んでいた。


「な――ッ! 俺の大魔力石ダンジョンコア!」


 その瞬間、エンプレスアントを撃ち砕いてから死んだように瞼を閉じていたエルケイネスの竜眼が再び開いた。


「VuOoooooooo!!」


 真っ赤に染まった竜眼からは自然界の覇者としての威風も威厳もなく。轟く咆哮は一匹の獰猛な魔獣のものでしかなかった。

 だが、問題はエルケイネスが再び動き出したことではなく。その動きに呼応するように、激しく震動する迷宮のほうだ。

 

 エルケイネスの頭部は咆哮と共に暴れ出し、天井や床へ激しく打ちつけて迷宮内部を破壊し始めた。


「まずい――ユミル、外へ出るぞ!」


「キュッ!」


 本来ならば一ヵ月という長い期間をかけて緩やかな死を迎えるはずの迷宮だが、エルケイネスが暴れたせいなのか、それともエンプレスアントが何かをしていたせいのか、急速に崩壊していく。


 大魔力石ダンジョンコアのことはもう諦め、まずは迷宮から脱出することを最優先にし、外へと繋がる深淵の闇へと跳び込んだ。




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