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M113ACAVは履帯をフル回転させ、ドロ沼と化したエンプレスアントの巣前を走り出した。防壁代わりの横木を踏み砕き、まだ白濁液になっていない幼生体を踏み潰す。
M18スモークグレネードから噴出したカラー煙幕によって幼生体たちの視界は塞がれているが、俺にはFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードがある。
熱源体を狙うようにM113を走らせ、カラー煙幕を抜けるとすぐ正面にラヴァゴーレムが待ち構えていた。
突撃の援護射撃をするセントリーガンは、直ぐに四〇〇発を撃ち切って光の粒子へと還っている。87式対戦車誘導弾は腹部への集中砲火を続け、エンプレスアントが悶え苦しむ姿がラヴァゴーレムの背後で見え隠れしている。
砲撃の着弾によってエンプレスアントの腹部は破裂し、産卵器官であったフジツボは剥がれ、ラヴァゴーレムの頭上へと降り落ちていた。
87式対戦車誘導弾の残弾を考えれば、腹部の大半をズタズタにできるはずだ――血と肉片の雨をモノともせずに立ちはだかるラヴァゴーレムへと迫る。
M113ACAVの車長用キューボラ前に設置されたM2重機関銃のグリップを握り、ラヴァゴーレムに照準を合わせてトリガーを引いた。
「キュ~~!」
ユミルが耳に尻尾を巻き付けながら雄叫びを上げる。自動翻訳機能は作動しなかったが、俺には“もっと速く!”と言っているように聞こえた。
M113の走行速度は六〇km/hを超える。その最高速を維持しながら、両手を広げてM113を迎え打つラヴァゴーレムの頭部に射撃を集中させる。
「GuOooooo!!」
M2重機関銃から放たれる銃弾の雨を受けながらも、ラヴァゴーレムは咆哮を上げて一歩前に――そして、砲撃音にも負けない衝突音と共にその距離が零になる。
M113の激突に、ラヴァゴーレムは倒れることなく耐えてみせた。しかし、最高速からの勢いを完全に殺すことは出来ず、ゆっくりと押し込んでいく。
真っ白だが岩のような両手でM113の押し込みを耐えるラヴァゴーレムだが、その赤い眼が眼前でM2重機関銃を構える俺の姿を捉え――M113の進みが止まった。
倒すべき相手を視認してすべきことを思い出したのか、ラヴァゴーレムはM113を抱えるようにして完全に動きを封じ、M2重機関銃が向ける銃口に――その先でグリップを握る俺に向けて大口を開けた。
「この距離で魔砲かっ!」
大きく開かれたラヴァゴーレムの口腔が赤く染まるのを見た瞬間にキューボラから飛び出し、M113の上部装甲を蹴って上へと跳んだ。
その動きに僅かに遅れ、ラヴァゴーレムが放つ特大の魔砲がM2重機関銃を呑み込み――俺を追って上へと角度を変えた。
「キュ~!」
視界の端でユミルが飛び退るのが見える。ラヴァゴーレムの頭上高く跳びながら体を回転させ、87式対戦車誘導弾によって破壊された腹部に逆さまの体勢で着地、姿勢が安定した瞬間にARX-160を真下に構え、俺を追って魔砲を上に――腹部へと直撃させたラヴァゴーレムの口腔にクロスヘアを合わせてトリガーを引き抜いた。
C-Magに装弾された一〇〇発の5.45×39mm弾が、途切れることなくラヴァゴーレムへと降り注ぎ、射撃の反動が俺の体を天井の腹部へ押し付け、自然落下が始まるのを僅かに遅らせる。
ラヴァゴーレムが吐き出すマグマのような魔砲は空高く突き抜け、腹部を焼きながら迫ってくる。射撃をその口腔に集中させ、白い頭部を削り、砕き、孔を開けていく。
頭部に集中させた銃弾は頭部を破壊し、最短距離で迫ってきていた魔砲の軌道が変わり――俺の真横を焼きながら消失していった。
思ったよりも柔らかいな、これなら――。
幼生体のラヴァゴーレムは、卵から孵化した直後というのも関係しているのかもしれないが、魔獣として本来持っている硬さよりも柔らかい感触があった。
ラヴァゴーレムの真上へと自然落下しながら、インベントリを意識してC4爆弾を取り出し、その肩に着地して撃ち砕いた頭部にC4爆弾ごと内部に突き込んだ。
ラヴァゴーレムにC4爆弾を付き込んだまま正面を見れば、そこには深紅のエンプレスアントが頻りに鋭い大顎を震わせて何かを喚いている。助けを求めるように周囲を見渡すが、煙幕と支援兵器による銃撃で幼生体の殆どは撃ち斃している。その生き残りも、ユミルが追いかけまわして氷槍を撃ち放っていた。
「誰も来ないようだな――」
ラヴァゴーレムの背後へと飛び降り、同時に起爆装置のレバーを引き抜いてC4爆弾を起爆――砕かれた頭部から噴き上がる爆炎はラヴァゴーレムの上半身ごと吹き飛ばし、状態を維持出来なくなったラヴァゴーレムは弾け飛ぶように大量の白濁液へと変化した。
「――これで、残ったのはお前だけだ」
ARX-160の弾倉をC-Magから通常弾倉へと換装し、クロスヘアと照星を重ねてエンプレスアントの頭部へと結ぶ。
こいつは必ずここで仕留めなくてはならない。俺が迷宮島で魔石狩りをするうえで邪魔な存在というだけではなく、ゼパーネル宰相と建国王のパーティーが追い続けた第一級危険魔獣でもある。
ゼパーネル宰相からは「狩る機会があれば絶対に逃すな」と忠告を受けていた。目の前に捉えたこのチャンスを逃せば、エンプレスアントはまた行方をくらませて巣作りに励むだろう。
こんなにも大きく肥大した腹部では逃げることは不可能だと思うのだが、五〇〇年前には逃げ切っている。戦闘能力は持っていないはずだが、なにか逃げる手段があるのかもしれない。
エンプレスアントの複眼、触覚、震える大顎、ドレスのように重なり合う甲殻から伸びる細い手足、その細部にまで注意を払う。同時に視界に浮かぶマップを無意識に確認し、光点が減っていくのを見ておく。
ユミルが順調に幼生体を排除し、生き残っている光点も多くはない。すぐにエンプレスアントの光点も消してやろうとトリガーに指を掛け、力を入れようとした瞬間――。
集音センサーが聞きなれた――いや、久しぶりに聞く危険な音を捉えた。エンプレスアントから視線が上に向く、そこに見えているのは砲撃と魔砲によって酷く損傷した腹部――嫌な音はそのさらに上から聞こえる。
何かが空気を切り裂き落下してくる――聞き覚えのある音は、VMBで何度も聞いたオブジェクト兵器から放たれた巨大な砲弾の落下音だ。この世界にソレがあるとは思えない――だが、似た何かが降ってくる。
俺の視線が上を向いた理由にエンプレスアントも気づいたようだ。こちらを警戒しながら深紅の頭部が上を向いた。
そしてソレが着弾した。
ドーム屋根のように肥大した白い腹部を貫通し、エンプレスアントの真上へと降って来たのは、一軒家ほどはある巨大な氷塊だ。
着弾と同時に氷風を巻き起こし、視界が真っ白になると同時に周辺温度が急速に下がっていく。
「くっ……ユミルか?」
氷塊を見た瞬間に思い浮かんだのはユミルだ。後ろを振り返って確認すると、ユミルは幼生体を追うのをやめ、一点を見つめていた。
見つめる先は落下してきた氷塊ではない。それは腹部に開けた大穴の更に上――。
「嘘だろ……」
大穴の先に見えるのは黒い影、巨大な体躯と大きな翼、長くゆったりと揺れる尻尾。
――ドラゴンだ。ユミルのような生まれたばかりの小竜ではない。はるか上空を旋回していても、その力の強大さと自然界の覇者としての風格を感じる。
だが、なぜここに……いや、理由は明白。
視線を外すことが出来ないドラゴンの影が旋回をやめ、そのシルエットが次第に大きくなっていく。
降りてくる――。
思わずARX-160のグリップを握る手に力が入り、その強大な力の証明である氷塊に視線を向ける。視界を遮っていた氷風は収まり、踏み潰されたはずエンプレスアントの死体が――ない。