276
白いラヴァゴーレムの咆哮が号砲となり、獣人種の幼生体がバリケードとしていた横木から姿を現した。
だが、ユミルの存在を警戒しているのだろう。ゆっくりとにじり寄るように進み速度は、中・遠距離を得意とする俺とユミルにとってはベストな交戦距離だ。
「ユミル、前に出過ぎるなよ」
「キュッ!」
こちらも身を隠していた樹から、リーンの体勢でARX-160を構えている。獣人種の幼生体は力技と魔法で攻めてくるが、その耐久力はさほど高くはない。前衛を務める猫耳大男型の胸部付近の高さにクロスヘアを合わせ、左から右へと流しながら――標的と一致した瞬間に指切り射撃でトリガーを引いていく。
ユミルも俺をマネするように体の大半を樹に隠し、尻尾だけを前に出して氷槍を放ち始めた。その狙いは横耳大男型の後ろ魔言の詠唱に入っている鼠顔型と狸顔型。
標的の分担はすでに何も指示しなくとも出来ている。深紅のエンプレスアントを守るラヴァゴーレムは一先ず無視し、数の暴力で迫る獣人種から処理をしていく――。
――しかし、エンプレスアントが持つ唯一の、取り込んだ餌の能力や容姿を複製し幼生体として生み出す能力は俺の想像以上に厄介だった。
獣人種の幼生体が次々に撃ち斃されていくのを見るや、ドーム型屋根のように肥大した腹部のフジツボから、新たな卵を二つ産み落とした。
大きく真っ白な卵がラヴァゴーレムの両サイドに落下すると、今度は白いフレイムリザードが生まれて来た。
「キュ~ゥ」
ユミルが一鳴きしたので視線を向けると、前脚で鼻を抑えて伏せていた。
あれが相当に臭いようだな――。
肥大した腹部を埋め尽くすように伸縮を繰り返すフジツボのような産卵器官、呼吸をするように吐き出す空気が生臭く、俺もガスマスクなしではAim――狙いをつけることに集中できそうもない。
視線を前に戻すと、白いフレイムリザード二匹が大口を開けて魔砲の体勢に入っていた。
「ユミル――氷晶壁!」
「キュ!」
白い大口が真っ赤に染まる直前、ユミルが俺の声に反応して樹の陰から前に躍り出ると、細長い尻尾に氷晶を纏わせながらフレイムリザードとの間に一線を引くように振り抜く――。
氷晶が壁になるように舞い散ると同時に、その一つ一つの氷晶が一メートルを超える巨大な結晶へと変化した。
氷晶壁と名付けたユミルの氷属性魔法は、魔力障壁に似た性質を持っている。実際に結晶化した巨大な氷晶で防がなくとも、一定範囲の魔法攻撃を遮断することが出来る。
そして、フレイムリザードが咆哮と共に放つ魔砲が氷晶壁に直撃――同時に爆炎が広がり、炎の波が壁を伝って広がっていく――火の粉は周囲の樹々に燃え移り、少しずつ燃え広がり始めた。
「この森を焼くのもお構いなしか……」
ぬかるんだエンプレスアントの巣前は、さらに混沌を増していく。肥大した腹部からは次々に卵が産み落とされ、獣人種やフレイムリザードの幼生体だけではなく、この迷宮島に出現したと思われるあらゆる魔獣が孵化していった。
だが、相手が多勢ならばそれ相応の戦い方がある。
インベントリからARX-160のオプションパーツであるヘビーバレルを取り出し銃口へ、折り畳み式の二脚バイポッドを銃身下部へ装着。そして、通常の三〇発装填できるマガジンから変更して、円形ドラムが二つぶら下がる一〇〇発装填のC-Magへと換装する。
これでARX-160はその特性をARFから分隊支援火器へと変えた。
「ユミル、射線に飛び出るなよ! 優先排除目標は遠距離〈スキル〉持ち、および魔砲を使うやつだ、判るな!!」
「キュキュッ!!」
樹の陰から横滑りするように飛び出し、バイポッドを立てて一気に伏せ撃ちの体勢に移行する――ぬかるんだ地面などに嫌気を差している余裕などない。どうせアバターカスタマイズを使えば一瞬で綺麗な状態に戻せるのだ。
今は孵化したばかりの魔獣たちが動き出す前に先手を取ることが重要――大軍を相手にするのならば、こちらも出し惜しみはなしだ。
「分隊支援火器召喚――セントリーガンを二基設置、更に87式対戦車誘導弾も二基――そして、M113ACAV(Armoed Cavalry Assault Vehicle)を召喚」
誰に言ったわけでもない。自分の士気を高めるため、無意識にVMBのシステムに向けて呟いた。
それに応えるように、伏せ撃ちの体勢をとった俺の両脇に二基のセントリーガンと87式対戦車誘導弾が光の粒子と共に出現し、俺の後方には箱型の履帯装甲車――M113ACAVが姿を現した。
このM113ACAVはアメリカで開発された装甲歩兵輸送車であり、頻繁に使っているLVTP-5と運用目的が同じものだ。LVTP-5には転送魔法陣が積んであるため、万が一にも破壊されるわけにはいかない。
そのため、ガレージに眠らせている車両の中からコイツを選んだのだ。水陸両用のLVTP-5と比べて、M113ACAVは高い機動力と不整地や沼地をものともせずに走破出来る能力を持っている。
さらに改良型であるACAVはベトナム戦争に投入され、戦場のタクシーとして様々な作戦に投入されてきた。
俺がこの瞬間に移動用車両であるM113ACAVを召喚したのも、その高い機動力に加え、上部装甲に一基だけ設置されているブローニングM2重機関銃を当てにしてのことだ。
幼生体の軍勢と向かい合うように並ぶ六つの砲門――FCS(火器管制システム)コントロールを無意識に意識しながら、ARX-160のトリガーを引いた。
それに続くように撃ち鳴らされる暴風雨の如き爆音の乱打は、幼生体たちの咆哮や雄たけびを掻き消し、撃ち放たれた火線と白煙が次第に視界を塞いでいく。
「キュ~~~」
銃声と砲声が相当に耳に響いたのか、ユミルは俺の後ろにまで下がり、耳がある付近に尻尾を巻きつけて伏せている。
ユミルが戦闘に参加しないなら、もっと有利にやらせてもらうか。
C-Magを換装しながら、腰のグレネード用ポーチからM18スモークグレネードを二本抜き取り、幼生体たちの眼前に放り投げた。
スモークグレネードから噴出されるカラー煙幕は、赤・紫・緑の三色からランダムだ。噴出したカラーは緑と紫、俺と支援兵器たちの姿を隠すように広がり、煙幕の中に幼生体の軍勢が突入してくる。
視界をFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードに変更し、迫る熱源にクロスヘアと支援兵器の照準を合わせてトリガーを引く。
『ママ、すごい!』
俺の後ろで煙幕の中に撃ち込んでいる姿を見て、ユミルがキャッキャと喜びながら前脚でぬかるんだ地面を叩いている。
ユミルの目でも煙幕の中は見通せないと思うのだが、ヘビのように熱感知能力も持っているのか、それとも魔力感知で撃ち斃していることを認識しているのか。
どちらにせよ、セントリーガンに装弾されている四〇〇発を撃ち切ってしまえば光の粒子となって消えてしまう。その前に、次の行動を起こす必要がある――エンプレスアントは肥大した腹部のせいで移動することが出来ない。
そのため、フジツボから産卵するペースを上げて数で対応しようと足掻いている。それを食い止めなければ、銃弾とCPを垂れ流すだけになる。
87式対戦車誘導弾の照準を幼生体ではなく、ドーム型の屋根になっている腹部へ撃ち込む。同時に伏せの体勢から立ち上がり、後方へジャンプして一気にM113の上部装甲へ着地――そのまま車長用キューボラに滑り込んだ。
「ユミル、来い!」
目をキラキラさせてVMBが産み出す兵器や車両を見ているユミルが、呼ぶと同時にM113の装甲を駆けあがって来た。
「中には入っちゃだめだぞ」
ぬかるんだ沼地に伏せていたため、ユミルの腹はドロドロに汚れていた。俺の体もそうだが、アバターカスタマイズやガレージに戻せば一瞬で綺麗にできる――しかし、だからと言って汚してもいい、とはならないのだ。
「キュッ!」
エンプレスアントの前には、まだ存命しているラヴァゴーレムが立ち塞がっている。だが、スモークグレネードと腹部への砲撃、そしてセントリーガンとM2重機関銃による乱戦に紛れ、一気に距離を縮めて首を獲る。
「行くぞッ! ゴーレムを弾き飛ばせ!」
『飛ばせ!』
俺とユミルの声に呼応し、M113ACAVが全速力で沼地を走り始めた。