表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/307

268

2/9 サブタイトルの数字修正




 迷宮島の夜空には厚い雲が覆っていた。この島は雨が多い、いや――地域的な特徴なのかもしれないが、この五日間で何度もスコールに見舞われた。そのおかげでヘルゲイズを容易に撒くこともでき、そう悪いことばかりではないのだが、スコールによる視界の悪さは狩りの効率が下がる。雨対策としてアバター衣装のフード付きジャケットを新たに取り出し、いつスコールに見舞われても大丈夫なようにはしている。


 星明り一つない暗みの中を進む。手に持つのはARX-160にサイレンサーとタクティカルライト装備。

 視界はNVナイトヴィジョンモードに変更し、銃身の横に付けたタクティカルライトの光量によって作動に必要な光源を確保する。


 視界は一面緑白色に覆われ、木の陰に腰を落として聞こえてくる虫音、風で草木が靡く音、そして――魔獣の足音を聞き分けていく。


「――捉えた」


 足音から判る重量と移動速度、何かを噛み砕く咀嚼音。夜の闇に紛れて死肉や果物など食べる力の弱い魔獣――ナイトラットに間違いない。


 ナイトラットは臆病な魔獣だ。他の魔獣や冒険者が持つ魔力を感知し、近づけば逃げてしまう。だが、『魔抜け』である俺ならその感知能力に悟られることなく狩ることが出来る。

 さらには、このナイトラットの尻尾は最高級の毛皮素材として珍重され、シエラから買った情報の中には、狩猟に成功したら全て買い取らせて欲しいと走り書きがされていた。


 自然界で生息するナイトラットなら魔石は中々獲れないだろうし、迷宮内では魔獣の素材は中々獲れない。しかし、迷宮の暴走スタンピートによって自然界に具現化した魔獣ならば、魔石も素材も両方獲ることが出来る。

 フィルトニア諸島連合国で意図的な暴走を利用した狩猟方法が伝統となるのも頷ける。しっかりと管理さえできていれば、暴走による被害範囲を島一つに封じ込めて、尚且つ魔石と素材が大量に得られるのだから――。


 タクティカルライトの光量を絞り、NVモードが作動する必要最低限の光だけを照らして低木林を移動する。気配を殺し、殺気を抑え、音を立てずに距離を縮めていく。


 マップの表示範囲は半径一五〇メートル。そのギリギリの位置で、何かを食べている三匹のナイトラットを発見した。


 何を食べている――? 


 ナイトラットの毛色は黒毛と艶のある白毛の縞模様なのだが、緑白色の視界では緑一色に見えている。そのナイトラット三匹が齧っているのは白一色の人型だ。

 俺以外の冒険者が上陸した形跡は今のところ見つけていないが、亜人種でなければ――そういうことなのだろう。


 まずはクロスヘアをナイトラットの一匹に合わせ、ダウンサイトして照星とクロスヘア、そしてナイトラットの頭部を結ぶ。

トリガーを引き、着弾を確認する前にクロスヘアを滑らせて二匹目、三匹目へと指切り三連射。

 サイレンサーによって極僅かな空気音だけを放ち、5.45×39mm弾がその胴体に吸い込まれていく。


 マップの端に浮かんでいた光点が消える――間違いなく仕留めたことを確信し、尻尾と魔石を回収するためにゆっくり近づき――その少し前で足が止まった。


「え……?」


 ナイトラットが齧っていた人型――それは間違いないのだが、何かがおかしい。視界をNVモードから通常モードへと戻し、タクティカルライトの光だけでもう一度よくて見ると――。


「――やっぱり白い、人じゃない」


 その人型は上から下まで真っ白な肌――それどころか、下半身には生殖器すらついていない。ナイトラットによって服や防具を喰い荒らされたのかとも考えたが、周囲にはそれらしき残骸もない。


 普人種や妖精種ではない……亜人種の一種か? だが、シエラから貰った情報の中には、全身真っ白な亜人種の情報など載っていなかった。

 未確認の亜人種である可能性も高いが、肌の色以外はただの人――全体的に毛深く、赤い血を垂れ流し、腰辺りには噛み千切られた尻尾も見える――間違いなく獣人種だ。


 タクティカルライトの光を頭部へと当てると、顔の半分ほどが既に喰われてグチャグチャになっていたが、かろうじて人相は確認することが出来た。

 いや、正確にはその顔に見覚えがあったからこそ、それが誰なのかを判別することが出来た。


「この顔は……まさか」


 その真っ白な獣人種は、クルトメルガ王国の至る所で見かけた三人組の一人、猫耳大男と同じ顔をしていた。


 猫耳大男がいるということは、まさか鼠顔と狸顔もいるのだろうか? そう思い周囲を見渡すと、草木の影に食い散らかした肉片が残っているのを見つけた。


 どちらかが鼠顔で、もう一方が狸顔か?


 ナイトラットの尻尾を丁寧に切り落とす心の余裕はない。インベントリに死体ごと放り込んでいると、視界のマップに光点がいくつも浮かび上がる。

 その方向に視線を向けると、樹々の向こうがぼんやりと青白く光っている。ヘルゲイズどもだ――真っ白な猫耳大男に一瞬だけ視線を戻し、すぐにARX-160のマガジンを換装する。


その場を移動しようと振り返った瞬間、鼻の先に水滴が一つ落ちた。


「降ってきたか……」


 ポツリ――ポツリ――と降り出した水滴は瞬く間にスコールとなり、ただでさえ暗闇に包まれた視界がさらに悪化する。だが、見えなくなるのはヘルゲイズも同じ――ジャケットのフードを被り、その場を移動する。


 この迷宮島には何かがある……いや、いる。


 視界をNVモードへと切り替え、再び緑白色の世界を駆ける。何かがいるとすれば、そこは迷宮しか考えられない。目指すのはカルデラの中心部、迷宮の入り口があるとされる場所だ。




 低木林を駆け抜け、カルデラの岩肌が見えてくるころにはスコールは弱まり、霧雨程度のものになっていた。

 林とカルデラの岩肌との境界線で身を隠し、周囲を観察する。ここまで進んできたのは初めてだ。魔獣の情報を再確認し、不意の遭遇戦に備えなければならない。


 マップにはすでにいくつもの光点が浮かんでいるのだが、霧雨のせいであまり遠くが見通すことが出来ない。海霧ほどではないにしろ、慎重に進む必要はある。

 ARX-160を両手で保持し、銃口を僅かに下げたローレディ―ポジションに構えて、林を抜けた。


 カルデラの頂上まではまだ距離があるのだが、そこまでは大きな岩塊や凸凹の岩肌がむき出しになっていてクリアリング――安全確認が難しい。

 魔石収集が最大の目的である以上、マップに浮かぶ光点は出来るだけ刈りとりながら進むつもりだが、先制を取れなくては思わぬ危機に陥る可能性がある。

そのためにも、光点や音だけではなく、実際に目で居場所を瞬時に捉えて射撃体勢に入らなくてならない。


 今も前方に浮かんでいる四つの光点を目標に移動している。情報通りなら、カルデラ周辺に生息している魔獣はフレイムリザードのはず。

 体長一メートル以上、岩肌に似た茶系の鱗に覆われ、魔砲の他に火炎を吐き出すトカゲ型の魔獣だ。夜間は岩陰に隠れて動きを止め、獲物が近づくと体内に炎を起こして赤く変色し、高熱を発しながら襲い掛かってくるそうだ。


 四つの光点が全てフレイムリザードならば、そこは待ち伏せに適した場所なのだろうと考えた瞬間、何かを叩き潰したような音が聞こえ――。


 ――消えた。


 四つの光点が三つへと減少した。三つの光点まで三〇メートルほどまで近づき、体を隠せるほどの岩塊に背を預け、リーンの体勢でその先を覗き込む。


 あれは……。


 視線の先にいたのは、先ほど見かけた白い獣人種だった。それも死体ではなく、生きて立っている――しかも、その数は三。さらには周囲に燃える人型の死体がいくつも転がっている。

 猫耳大男に鼠顔と狸顔。三人とも服は着ておらず、真っ白な肌を露わにしてぼんやりとフレイムリザードらしき大トカゲを見下ろしていた。


 大トカゲの頭部にはドラム缶ほどの岩が突き立てられており、何かを潰す音の発生源がそれだとすぐに判った。

 あの白い三人組が魔獣を狩っているのだ。しかも、同じ顔をした三人組がいくつも存在している。生気を感じない表情、閉じることを忘れたかのように開きっぱなしの口、まるで生きた人形リビングドールだ。


 ARX-160のグリップを握る手に力が入る。今すぐ攻撃を仕掛けて排除するべきか? どう見ても人ではないし、人が操っているとも思えない。

 あれも魔獣の一種とみる方が正解だろうが、ならばクルトメルガで会った三人組は何だ? あれももしや同じものなのか?


 答えの出ない疑問が溢れ出し、次の行動を決めきれないでいると――猫耳大男が突き立てた岩をどかし、鼠顔と狸顔の三人で大トカゲを持ち上げ始めた。


 どこかへ運ぶつもりなのか……?


 予想通り、三人組は大トカゲを抱えてカルデラの中心部へと歩いて行く。


 追うしかない。


 あれが何なのか、その答えはその先にある――いや、いる。そう考え、三人組の後を追った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] コピーだった?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ