267
迷宮島での魔石狩りを開始して四日が経過。上陸ポイントに設定した砂浜でヤドカリの魔獣――パグロイダーの集団を全て撃ち斃し、そこから低木林の森へと侵入し、炎に包まれた犬型魔獣ヘルゲイズと追いかけっこをしながらカルデラを目指して移動している。
視界に浮かぶマップの後方一五〇メートルほど、重量感のある足音と共に光点が浮かび上がる。
音が示す魔獣はフレイムボアだ。エリュマンボア同様に、巨体を生かして低木をなぎ倒しながら突撃してくる。さらに厄介なのは〈スキル〉らしき特殊能力、燃え盛る炎のような模様が蠢き、周囲に炎をまき散らせて暴れまわる。
低木に炎が燃え移ると森林火災に発展するものだが、この迷宮島には火の番人――炎狐、そして水の番人――水狐という二種類の小型魔獣が生息している。
シエラから手に入れた情報では、この二匹だけは狩るなと忠告を受けている。迷宮内ならいざ知らず、自然界に湧いて暴走状態が小康状態へと戻ってからは、こちらから攻撃を仕掛けない限り襲ってくることはない。この炎孤と水狐の二種類が森林火災をコントロールし、鎮火させるのだという。
今もフレイムボアに追随するように、複数の小さな音が聞こえている。
フレイムボアはすでに俺を捉えているのか、樹々をなぎ倒しながら真っすぐこちらへ向かっている。
背に回していたARX-160を前に戻し、膝立ちになってフレイムボアを迎えうつ――銃身下部のアンダーレールにはGLX―160グレネードランチャーが装着されており、ARX-160のマガジン前にGLX-160の射出トリガーが配置されている。
そのGLX用トリガーに指を掛けると、視界にグレネードランチャーの射出放物線が表示された。
「――見えた」
樹々の向こうにフレイムボアの赤毛が見えた瞬間――直線に近い放物線をフレイムボアに合わせてトリガーを引く。
プシュ――と、空気が抜けるような音と共に射出された40㎜NATO弾がフレイムボアの頭部へと吸い込まれていき、着弾。
爆発音と共に爆炎が噴き上がり、フレイムボアの咆哮が轟く――だが、この一発で斃せるほど甘い魔獣ではない。
GLXの銃身を前方へスライドして排莢、腰のポーチから40㎜NATO弾を取り出し装填、スライドした銃身を戻し――もう一トリガー。
二発目がふらつくフレイムボアの背部に着弾し、分厚い毛皮ごと吹き飛ばす。
GLX用トリガーからARX-160のトリガーへと指を掛け直し、クロスヘアを振って両前足を撃ち抜いた。
フレイムボアに近づかれるのは非常に危険だ。初戦ではまき散らす炎の範囲が把握しきれず、アバター衣装を黒焦げにする羽目になってしまった。
火傷ももちろん負ったのだが、即死するような攻撃ではないので時間が経てば自然治癒能力できれいさっぱり癒してくれる。
だが、戦闘のたびに衣装を燃やしていては余計な出費になる。突進を止め、足を撃ち抜いて動きを封じ、遠距離から安全に仕留める方法を選択しているわけだ。
フレイムボアの光点が消えるまで、急所と思われる頭部や口内を中心に撃ち込み、オーバーキルにならないように調整しながら止めを刺す。
フレイムボアの光点が消えると、その死体を狙って複数の光点が近づいて来た――炎孤と水狐だ。フレイムボアがまき散らした炎と、その巨体そのものを喰うのが目的だ。
後始末はあいつらに任せればいいが、その前に魔石を採取しなくては――。
五日目の狩りを一段落させ、迷宮島内に作った活動拠点へと戻って来た。とはいえ、戦闘の最中に魔獣の魔砲によって開けられた岩山の大穴を利用し、内部にLVTP-5やコンチネンタルなど、支援車両を召喚できるスペースを作り出した――実際にはスコップや爆薬で拡張したり削ったりしただけだが。
その中で食事休憩をしながら精神を休め、命の取り合いから離れて一時の安らぎを手に入れる。
「そっちの様子は?」
『アマール周辺に加えて鉱山街ブリトラ、それに山岳都市バレイラー、三都市の総合ギルドが魔獣狩りの依頼を出して警戒を続けているわ。迷宮島はどうなの?』
岩山の穴は倒木や蔓、それに大型ショッピングセンターから持ち出していたマットロールを利用して入り口を隠し、内部にコンチネンタルを召喚した。
今は内部のリビングスペースでソフトドリンクを飲みながら、携帯電話でアマールのアシュリーと通話をしている。
「迷宮の下層に匹敵する頻度で魔獣がうろついているよ。ほとんどが火属性の上位種、それに大型ばかりだ」
『やっていけそう?』
「今のところは問題ないかな。個体それぞれが上位種なせいか、群れてはいないから距離をとって安全に狩っているよ。もちろん、問題がないわけじゃないけどね……」
実際には一匹仕留める間にヘルゲイズの群れが近寄ってくるので、戦闘は出来るだけ早く終了し、魔石を採取してその場を離れないといけなかった。
ヘルゲイズは全身を炎に包まれた犬型魔獣なのだが、普通に銃撃を加えても斃せなかった。スケルトンやゾンビと同じアンデッドタイプだと予想できたが、炎に覆われているため、核となる魔石の位置がFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードでも判らなかった。
一般的な冒険者パーティーならば、弱点属性の水属性魔法や魔道具で対処するのだろうが、現状の所持装備品やSHOPに並ぶ銃器を見渡しても、安価で効果的な武器がないため、出会った場合は逃げることにしている。
一応、C4爆薬やRPG-7などですべてを吹き飛ばせば倒せるのだが、魔石は回収出来ずにどこかで吹き飛んでしまうし、消費CPも馬鹿にならない。それに群れを組んでいるため数も多く、厄介この上ない相手となっていた。
『ヘルゲイズはアンデッドの中でも幽体型に分類される魔獣ね。他にもゴーストやレイスなどが発見報告に挙げられるけど、倒すには弱点属性の魔法攻撃が有効とされているわ。だけど……』
「そっ、俺には無理だ。だから遭遇したら逃げているよ。何か他に効果的な攻撃手段はないかな?」
『うーん、冒険者の中には打撃面が広い武器で胴体の中にある魔石を弾き出す人もいるけど、専用の武器が必要になるわ』
「やっぱそれしかないかぁ」
この方法は俺も考えた。アンデッドは魔石を核として動いている。何らかの方法で体と核と引き離せば、その段階でアンデッドは死体へと戻る。
だがヘルゲイズの場合、その魔石の場所が判らない。判らないのなら全てを覆うほどの一撃で弾き飛ばせばいいのだが――そんな武器は持ち合わせていない。
『他に方法があるとすれば……衝撃波系の〈スキル〉で吹き飛ばすとか?』
「それも無理だぁー」
ソファーに体を沈め込み、天井を見上げて目を覆う。
『ふふっ、じゃぁ逃げるしかないわね。捕まっちゃだめよ』
「そうするよ……じゃぁ、そろそろ狩りに戻るよ。夜間にしか姿を現さない魔獣もいるんでね」
『話せてよかったわ。また、次の連絡を待ってる』
「あぁ、俺もだよ。また連絡する、じゃ」
通話を終え、ソフトドリンクを飲み切って再びコンチネンタルの外へと出た。
夜間はヘルゲイズの活動も活発化する。体が炎に包まれているため、遠くからでも接近がすぐに判る。
斃すだけなら方法はいくつもあるが、魔石回収を最大の目的としている今回はそれじゃ意味がない。
さっ、追いかけっこをしながら魔石狩りを再開するか……。




