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『青海の宿』で仮眠をとり、夜明け前に再び出発した。一二番船の船着き場まで移動し、ここから救命ボートで海上に出てUボートへと乗り換える。
海霧はより濃く海上に漂い、相変わらず数メートル先しか見通すことは出来ない。だが、逆にこの海霧が俺の姿とUボートを召喚する光を隠してくれるだろう。
マップを確認し、近くに光点が浮かんでいないかを確認しながら船着き場を歩いていると、三つの光点が岸壁に座っているのが見えた。
貸し倉庫で見かけたフードの男たちだろうか?
海上に出るには、光点が浮いている先が色々と都合がいい。桟橋には荷揚げされた大きな木箱がいくつも置かれ、船上から見下ろしても俺の姿を隠してくれる。
まぁ、いいか……。
こちらを見られても無視すればいい。そう考え、岸壁を進んで桟橋へと向かう。
光点が近づいてくると、海霧の先に三つのシルエットが見えて来た。
大きなシルエットが一つに、丸いのと細いの――ん? フードの三人じゃない。こいつらは――。
その三人を見た瞬間、桟橋へ向かう足が止まった。
岸壁に座りこみ、海霧に遮られた海を見つめていたのは――城塞都市バルガで絡んできた三人組――マリーダ商会の商隊護衛で一緒になった三人組――ヴェネールの晩餐会で同席した三人組――その全てと同一の顔を持ち、別人であった三人組だった。
だが、猫耳大男に細身のネズミ顔、それに小太りな狸顔――三人とも虚ろな目で口角から涎を垂らし、口は開いたままになっている。あのゲラゲラと大笑いをしていた三人とは思えない、魂の抜けきった――いや、初めから魂など入っていない、生きた人形のような姿でそこに座っていた。
「……ここで、何をしているのですか?」
とても正常とは思えない姿に、思わず声を掛けてしまった。俺の声が聞こえていたのか、猫耳大男の顔が僅かにこちらへ動く。
「ぁー……」
返事はそれだけ――猫耳大男は再び海霧漂う海上へと視線を向け、ジッとその先を見つめていた。
三人とも正気ではない……精神的に病んでいると言ってもいい。
足を止め、少しの間だけ逡巡する。保護するか? 誰か人を呼ぶか? それとも――無視するか。
最終的に俺が下した判断は、僅かな食料と金貨を一枚だけ置いて桟橋へ向かうこと。彼らに正常な意思があるのなら、その場しのぎ程度は出来るだろう。俺が保護をしても面倒は見られないし、人を呼べば迷宮島への出発が遅れる。大金を与えても、この状態では悪意を呼び寄せるだけ。
今はただ――僅かに感じた哀れみ、同情、温情を満たすためだけに施しを与え、先へと進んだ。
海上でUボートに乗り込み、進路を破棄された迷宮島に向けて二日。目的の島が見えて来た。
まずはUボートを潜水航行から海上航行へ移行し、司令塔に上がって目で直接確認した。
「大きいな……」
海岸線は三キロから四キロはありそうだ。岩壁に囲まれているが、低木に覆われているのか、上の方には緑が見えている。
TSSの起動を意識し、インベントリから小型無人偵察機のRQ-11レイヴンを取り出す。
まずは偵察からだ。
シエラから受け取った情報で、迷宮島の全景は大体把握できている。岩壁に囲われている部分はかつての火山活動で出来たカルデラだ。迷宮が生まれる以前から火山活動は停止しており、休火山になっていると情報にはあった。
カルデラの南には低木の森が広がり、そこから海岸線までなだらかな坂になっている。その先が当時の狩り場であり、俺が上陸ポイントとして想定している場所だ。
上空高く、高度三〇〇メートルを超えてレイヴンは飛行し、視界に浮かべたスクリーンモニターで現在の状態と情報を照らし合わせていく。
レイヴンの操作は直接行う必要はない。すでに俺の意思一つで自由自在に飛行し、徐々に高度を下げて迷宮島の様子を映し出した。
「こっちも大きいな……」
レイヴンのカメラが映しだしたのは大型魔獣の姿――魔の山脈で狩ったイノシシの魔獣、エリュマンボア――に似ているが、毛色が違う。
魔の山脈で戦ったのは毛色が黒色だったが、レイヴンが映し出しているのは赤色だ。
魔獣のリストも表示して照らし合わせる――。
「フレイムボアか……かなりの上位種のようだ――ん?」
フレイムボアを追いながら地形を確認していると、真新しい戦闘の痕跡らしき場所を発見した。
魔獣同士の戦闘の跡だろうか?
大型の他に、群れを成している燃える犬型魔獣も発見した――ヘルゲイズ、これも炎を操る上位種だ。
休火山とはいえ、火山と関りの近い火属性の魔獣が多い。ここまでは情報通りか……。
情報の精度がある程度の高さであると感じた瞬間、低木の影で赤く光ったのが見え――レイヴンのライブ映像が途絶えた。どうやら、魔獣の攻撃で撃墜されたようだ。
迷宮の入り口があるはずのカルデラ中心部まで確認したかったが、もう後は直接乗り込んで確認することにしよう。
上陸地点はすでに目星をつけた。周囲に魔獣がいないのが判っている内に、上陸して拠点を確保する。
今回の迷宮島探索でのパートナーとなるメインアームをインベントリから召喚する。
望んだのは上位種をモノともしないパワー、一度にどれ程の数を相手しても大丈夫な戦闘継続能力、そして島中を動き回りながら戦闘できる携帯性。
最終的に選択した銃器は――ARX-160。
イタリアのベレッタ社が製造したモジュラー式ARFで、オプションパーツを組み替えることでアンダーレールグレネードランチャーや、大型ドラムマガジンにヘビーバレルとバイポットを装着して分隊支援火器――機関銃として使用することが出来る。
使用する弾薬は複数の弾薬が使用可能なマルチキャリバーが採用されているが、俺が選択したのは5.45×39mm弾で装弾数は三〇発。ドラムマガジン使用時の装弾数は一〇〇発だ。
このARX-160なら大型魔獣や想定以上の数を相手にしても対応することが出来る。それに折り畳み式ストックを展開しても400mm程度、持ち運びやすく携帯性も高い。
Uボートから救命ボートへと乗り換え、海中を含めて警戒をしながら迷宮島へと近づき、上陸ポイントに設定した砂浜へと上陸した。
救命ボートが乗り上げたと同時に駆け出し、砂浜に膝立ちになってARX-160を構える。
本来はスコープサイトが銃身にマウントされているが、好みの問題でアイアンサイトのまま――照星の先に浮いているクロスヘアをスライドさせながら周囲を警戒。
いける――。
そう判断して目の前の低木林へと駆け込もうとしたが、一~二歩動いた瞬間にマップに光点が浮かんだ。
だが、光点が指し示す位置には何もいない。そこはまだ砂浜で、上を見ても何かが飛んでいる様子はない。
光点の数が増えていく――数は五つ、俺を扇状に囲むように展開し、砂を掻き分けるような音が聞こえ始めた。
「地中かっ!」
クロスヘアを砂浜に向け、明らかに何かが這い出ようとしている場所へ合わせる。
砂を掻き分けて姿を現したのは、大きな巻貝を背負うヤドカリのような魔獣――パグロイダー。全長一メートルほどの体で、同じくらい大きい巻貝を背負っているため、正面から相対すると俺よりも大きく見える。
二本の大きな鋏脚に四本の歩脚、触手のように飛び出た赤い目玉が俺を睨み、その下の口には鋭い牙が並んでいた。
砂浜に魔獣の姿がないのは、ここがこいつらのテリトリーだからか……。
僅かな時間で状況判断を行い、五体全てが砂から這い出てくる前に――ARX-160のトリガーを引き、迷宮島での魔石狩りがスタートした。
二月です。
本業の忙しさが、”ウルトラ本業が忙しいAE”にVerUPしました。
約四日おきで更新していますが、このペースは維持できる……かな~




