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『――バイシュバーンが次の手を打ったようじゃ。ドラーク王国の王家に勅命を出し、血統スキル持ちが南へ転移したらしい』
バーグマン宰相のそれは、遂に来たか――そう感じさせる一言だった。
「遂にですか」
『そうじゃ、ヨルムのコルティーヌ姫にはドラグランジュ辺境伯領の大黒屋支店という肩書で支援を継続してきたが、その見返りとしてドラーク王国の内情を調べて貰っておった』
「その成果が今回の知らせ……しかし、直接王都にやってくるとは……」
『クルトメルガに下る形になったとは言え、ドラーク王家の血統スキルは出来るだけ外部に漏らしたくはないのじゃろう』
ドラーク王家への義理立てか、それとも他に何か情報があるのだろうか。
「なるほど、それで……南へ転移したとのことですが、狙いはやはりアマールですか?」
『勅命の詳細は判っていない。だからこそ、アシュリーと会って面通しをしておる。転移した王族はザギール第八王子。コルティーヌの実兄だけあって、随分と顔立ちが似ているそうじゃ。種族は獣人種ではなく、普人種らしいがの』
直接やって来たのはそれも大きな理由か。正体の判らぬ暗殺者より、顔が判っている敵の方が対処は容易――しかし、気になるのは……。
「ドラークの血統スキルについて聞いても?」
『もちろんじゃ、ドラーク王家が秘匿する血統スキル――“フェローシステム”。話を聞いても詳細がよく判らぬが、一言でいえば……魔獣の隷属化じゃ』
バーグマン宰相から聞いた血統スキル“フェローシステム”――その詳細は感覚的なもので、コティの話を聞いても宰相には概要程度しか理解できなかったそうだ。だが、血統スキルの大元が何かしらのゲームであることを理解している俺にとって、その概要を聞くだけでも十分な情報となる。
魔獣の隷属化、それはつまり――魔獣をペット、もしくはパートナーとして従わせることが出来るのだろう。
コティが隠したがるのも無理はない。本来、魔獣とは自然界に生きるもの全ての敵。それを従えることが出来るスキル……外から見れば、それは迷宮の主の能力と同じものと捉えかねない。
王家が迷宮の主と同じ能力を持つなど――国民からすれば恐怖しか感じないだろう。
かつてのドラーク王家がどう考えたのかは判らないが、そのスキルを一部だけ劣化させながら伝承し、竜騎士というドラーク王国固有の騎士隊を作ることに成功し、血統スキルを利用してきたと推測できる。
血統スキルの名前と概要から推測できる能力を、俺なりに判りやすい言葉へと変えてバーグマン宰相に伝えた。
『なるほど、お主の話から考えられる彼奴等の狙いは、魔獣にアマールを襲わせるということじゃな?』
「魔獣と人、どちらが本命なのかは判りませんが……それに、その王子一人で大軍を率いることが出来るとは思えません。できて、一匹……」
『わかった。アマール周辺の総合ギルドに連絡し、冒険者を総動員して周囲の魔獣狩りを行わせる。従わせる魔獣がおらねば、何を企もうが実行できぬじゃろう』
今から新たにできる対応策はそのくらいだ。ゼパーネル邸の警護は刺客のあるなしに関わらず、十分な人員を配置している。
最悪――地下室に設置した転送魔法陣で転移してしまえばいい。重要なのは、何かしらの騒動が起こった時に冷静に対処し、混乱を引き起こさないこと。
それが出来ていれば、アシュリーや王太子たちの危険性はそれほど高くないはず……。
バーグマン宰相とはその後もビグシープ到着や『大黒屋』で販売している高級インテリアの件などを話し合い。家具が到着し次第、すべて買い占めに行くとバーグマン宰相を話していた。
本来ならば王都の職人を集め、王の住む城に相応しい調度品を作らせるべきだが、“覇王花”の全容はまだ掴めていない。王城に出入りする人の数は出来るだけ制限する必要があり――納入された家具の中に魔道具を仕込まれても厄介だ。
そういう意味でも、俺が用意するインテリア家具ならば品質も安全性も申し分ない。
とはいえ、バーグマン宰相にはそれほど多くの家具を用意することは不可能だと釘を刺しておいた。
通話を終えて一息つくと、閉められた木窓に差し込む光が揺れているのに目が行った。
木窓に掛けられた鍵を外し、外の様子を見ると――。
ビグシープの中央に位置する小島に建つ塔から、サーチライトのように光の帯が伸びて回転していた。
夜空を照らす光の帯は、ビグシープがここに在ることを遠方の船舶に知らせるとともに、モールス信号のように照射時間を利用した遠距離通信を行うことが出来る――と、一階の酒場で盛り上がっている男たちが話していた。
――二日後。約束の日を迎えたわけだが、シエラからの連絡はまだない。時刻はすでに昼を回り、空は赤く染まっていた。
「お客さん、もう一杯いくかい?」
「貰おう」
カウンターに立つ青年が新しいグラスに蒸留酒の水割りを注ぎ、柑橘類の搾り汁を足して俺の前へとグラスをそっと滑らせる。
“クローク”と呼ばれる船乗りには馴染みのカクテルだ。航海中の水替わりとして飲まれている酒だが、水夫たちにとっては命の水とも言える飲み物だ。
こうしてビグシープに寄港している時でも、クロークでなければ酔うことが出来ないらしい。
酒場で騒ぐ男たちは、航海の成果を誇り、無事に港へと戻ったことを祝い、次の航海の安全を祈って歌い続けていた。
その歌を聴きながら喧噪とクロークに軽く酔いしれ、『青海の宿』に出入りする者たちを確認しながら連絡を待った。
やっと来たか……。
外はすっかり暗くなり、酒場の盛り上がりもたけなわを迎えようとしていた頃、酒場の入り口にシエラの店で会ったガルダという老水兵が立っていた。
開いているのか閉じているのか判らない細い目で酒場内を見渡し、俺を見つけるとゆっくりこちらに歩いてくる。
カウンターに立つ青年にもこの老水兵が見えているはずだが、客として対応するそぶりを見せない。どうやら、この老水兵が連絡員としてここへ訪れるのはよくあることのようだ。
「十一番船、三六番倉庫」
俺の目の前にまで来たガルダはそれだけ言い、カウンターに魔石消費型魔錠紋を置いて俺の反応を待った。
この場で支払いをするのだろうか……?
チラッとカウンターの青年に視線を送ると、彼は何かを察したのかカウンターの反対側へと移動していった。
酒場で騒いでいた水夫たちはこちらに興味はないようで、酔いつぶれて半数以上がテーブルに突っ伏していた。
これなら代金の受け渡しをしても大丈夫か。
今回の情報料は白金貨一枚半にも達する。この老水兵に渡して、無事にシエラに届くのか心配にもなるが、それは俺には関係のないことか。
腰に下げているポーチに手を入れ、インベントリから取り出すのを隠しながら代金を入れておいた小袋を取り出す。
ガルダはカウンターに置いた小袋を回収すると、すぐに自分の道具袋らしき袋に入れ直すと、黙って酒場の外へと歩いて行った。
俺も魔錠紋を回収してカウンターを立ち、十一番船の三六番倉庫とやらに向かった。




