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 『青海の宿』の二階には五つの部屋があった。マップに映る光点から察するに、使用中の部屋は二つ。階段上がってすぐの部屋と、一番奥の部屋だ。俺が借りた部屋は奥から二番目なので、カウンターに立つ青年が“気味の悪い”と称した客は一番奥の利用客のことだろう。

 部屋の中には三つの光点が浮かび、集音センサーが会話を拾ってくるが――聞こえてくるのは差しさわりのないビグシープの感想といったものだった。


 どうせ借りた部屋で寝泊まりするつもりはない。揉め事を起こすなと言われても、起こしようがないというのが実情になるだろう。


 そう考えながら鍵を開けて中へ入ると、隣の部屋から魔言らしき聞き取れない声が聞こえ――何も聞こえなくなった。


 マップには依然として光点が三つ浮かんでいる。どうやら、俺が隣の部屋に入ったことに気づき、防音か消音の魔法を唱えたのだろう。

 何を警戒しているのかは判らないが、俺には関係のないこと。


 時刻を確認し、インベントリから転送魔法陣と模写魔法陣を取り出して部屋に敷設する。“覇王花ラフレシア”の反乱を防いだ褒賞として、表向きは多額の報酬をもらい。裏では坑道の迷宮討伐でクルトメルガ王国が手に入れた転送魔法陣セットを二組、つまり往復二ルート分の魔法陣を受け取っている。

 これにより、俺は合計で四組の魔法陣セットを手に入れたことになる。現在繋いでいるルートは、アマール・王都間とビグシープ・マリーダ商会の交易船となる。今後は更に迷宮島とビグシープを繋ぎ、最後の一組は緊急時対応としてとっておく。


 準備が整ったところで転送魔法陣に乗り、交易船へと転移した。




「時刻通りですな」


 転移した先では、すでにマルタさんが俺を待ち構えていた。


「そうですか? 少し早いくらいかと思いましたけど」


 今日は事前に決めていた定期連絡会の日、ビグシープへの到着が少し遅れた場合も考えて日時を設定していたが、まさか到着がギリギリになるとは思っていなかった……。


 薄暗い船倉の中には転送魔法陣と模写魔法陣、そして木のテーブルに魔力光のランタンとティーセットが置かれている。

 椅子に座るマルタさんがカップに紅茶を注ぐ――俺も向かい側の椅子に座り、まずは芳しい紅茶の香りを楽しみながら一口。


 美味い――。


「それで、ビグシープには無事に到着できましたか?」


「えぇ、今日やっと入都できました」


「今日? やはり、航海中に方角を見失いましたか……」


「ははっ……それでもなんとか到着はしましたよ」


「お薦めした『シエラの店』には?」


「そこにも行ってきました。彼女には少し驚かされましたけど、魔石を始め、俺が欲しいものを全て手に入れてくれるそうです」


「それは良かった。シエラは相手が初見だと女を武器に商談を進めることが多いですが、信頼できる相手だと知ればその態度も変わります。ビグシープというある意味で閉鎖空間な都市で勝ち抜くには必要なことだったと思いますが、シュバルツさん相手にそのような小手先は通じないと知ったでしょう」


 マルタさんはカップ片手に大笑いするが、女を武器にするなら一言欲しかったと思わなくもない。

だが、言うまでもなく俺には通じないと、マルタさんには判っていたのだろう。


 その信頼とも言える認識を内心嬉しく思いながら、紅茶を啜る。


「それはそうと、今日は急用でアシュリー様が来られませんでしたので、お手紙だけ預かっております」


 マルタさんが懐から出した厚みのある封書を受け取り、裏を返すとゼパーネル家の魔法印が押されていた。


「失礼して――」


 封を開けて中を確認すると、確かにアシュリーの字で書かれた手紙が入っていた。急な王都への呼び出しでアマールを離れた事への詫びから始まり、俺が出港してからの日常――ゼパーネル宰相やシャルさんのこと、カーン王太子やアーク王子、アナスタシア様やラピティリカ様の生活の様子が書かれ……ついでのように豚レモンの事と、新たに敷いた警備状況について書き足されていた。


 手紙の内容は殆どそういった日常を語った日記のようなものだったが、最後にバーグマン宰相へ電話をするように指示が出ていることが書かれていた。


 バーグマン宰相とは携帯電話で簡単に連絡を取り合えるのだが、お互いに戦闘中であったり、会議中であったりと、安易に通話できる状態とは限らない。そのため、バーグマン宰相との連絡は俺から夜間に電話を掛けると決めてある。


 定時連絡会の後に電話しておくか……。


 手紙を読み終えると、それを待っていたマルタさんが次の報告へと話題を変えた。


「シュバルツさん、王都の『大黒屋』ですが、留守を預かっているエイミーとプリセラが商品の補充を願い出ています」


「もうですか? 地下倉庫一杯に在庫を納めていたはずですけど」


「キリーク王子の反乱事件後、シュバルツさんの『大黒屋』が“火花スパーク”の金庫番との話が貴族たちの間で流れまして……元々その店で扱っている品の効能が噂されていたこともあり、一気に客足が伸びたようです」


「補充が必要な商品は化粧品や育毛剤関係ですか?」


「それらはもちろん、展示してあった高級家具も軒並み買われているそうです」


「本当ですか?! あれの価格はかなり高額に設定していたのに……」


「これは警備に立つアルムから聞いただけで真偽が判っていないのですが……どうやら、アーシカ王がお忍びでご来店されたそうで、その時にご購入された家具をお褒めになったそうです」


 王様なにやってるの――?!


「居城が倒壊したこともあって、再建中の城内で主要なお部屋の殆どがシュバルツさんの高級家具を置いているそうです。むしろ足りないから早く入荷しろとまで言われたとか……」


 思わず頭を抱えたくなったが、『大黒屋』には“火花”の資金源として営業を継続したほうがいい。今後大量に魔石を購入するにしても、誰からも明確な資金源がなければ裏を探られる。

 今回のシエラとの取引でも、『大黒屋』の存在が“シュバルツ”が信頼のおける商人だという担保になるはず。


「判りました。手持ちの在庫をすべて吐き出しましょう。その後の補充は機会を見て仕入れておきます」


「ここに出しておいてもらえれば、王都への輸送も含めてこちらでやっておきましょう」


「お願いします。料金は『大黒屋』の利益から引いておいてください」


「ええ、そうさせてもらいます」


 俺とマルタさんは間違いなく友であり、彼にとって俺は命の恩人でもある。だが、それとこれとは話が別。お互いに商人として利益を上げるために協力し合う中でもあるのだ。


 払うべきものは払う。だからこそ、お互いに気兼ねなく取引の相談を持ち掛けられるのだ。


 マルタさんとの定時連絡会を終えた後、まずは転送魔法陣を一旦片付け、インベントリ内に保管してあるインテリア家具を船倉が一杯になるまで取り出す。特に要望の多かったのはベッドと食器類だ。

 とはいえ、ベッドの在庫は多くないし、新たに補充するにはCPクリスタルポイントが必要になる。これから迷宮島を攻めようというのに、それを消費するわけにはいかない。

 在庫が多い収納家具関係や小物・化粧棚など、所狭しと敷き詰めたところでマルタさんと共に船長室へ移動した。


「それでは、また次の定時報告会で」


「えぇ、家具は近日中に王都へ搬送致します」


「お願いします。では――」


 船倉に敷いた魔法陣を船長室に敷き直し、再びビグシープに取った宿の部屋へと転移した。




 部屋に戻ると、隣の部屋の光点は消えていた。どこかへ出かけたのだろう。


「ちょうどいい、時刻もいいころだ」


 携帯電話を取り出し、バーグマン宰相へと電話を掛ける――。


『儂じゃ』


「シュバルツです」


 バーグマン宰相はすっかり携帯電話の扱いに慣れた――いや、慣れきったとも言えるほどだ。


『おぉ、待っておったぞ』


「アシュリーから連絡するように聞きましたが、何かありましたか?」


『“まだ”……なにも起きてはおらぬ。じゃが、ドラグランジュ辺境伯領よりお主が助勢したドラーク王国の王女、コルティーヌが王都に来ておる』


「コティが? まさか……まだ“怪盗”をやっているのですか?」


 ドラーク王国の第一七王女、コルティーヌ。ドラーク王国の奴隷政策に反発し、幾人かの奴隷と共にクルトメルガ王国との国境線にある“魔の山脈”に逃げ隠れた。その後、継続的にドラーク王国で苦しむ奴隷たちを引き込み、その生活資金やクルトメルガ王国側への密入国資金を稼ぐために、怪盗“猫柳ネコヤナギ”として“魔の山脈”に生まれた迷宮を拠点として活動していた。


 のちに俺がその迷宮を討伐し、コティには魔の山脈に隠れ村を作って魔石堀りをさせていたのだが……。


『いや、正式な手順を追って面会にきおった。その件でアシュリーにもこちらへ来てもらったのじゃが、お主にも伝えておこうと思ってな――』


 コティが宰相に? 隠れ村のヨルムで何かあったのか? それとも――。


「――バイシュバーンが次の手を打ったようじゃ。ドラーク王国の王家に勅命を出し、血統スキル持ちが南へ転移したらしい」





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