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 船上都市ビグシープを構成する大型の平面型船舶、その中の一つである六番船に商店を構える『シエラの店』。その店舗内の奥で始まった商談は、シエラの大胆な服装とは裏腹に、思いのほかスムーズに進んでいた。


「ビグシープ周辺の海図に、猟場となっている迷宮島の情報、無属性魔石を金貨五〇枚分、これでいいのかい? 空魔石の他に希少な雷属性や闇属性も在庫があるけど」


「いえ、欲しい魔石は無属性だけです。それと、他にも用意してもらいたいものが」


「もうずいぶんと多額の注文をしているけど、まだ欲しいの? ふふっ、それは魔獣の素材かしら? それとも、わたしに用意できる別のもの?」


 板張りの床に置かれたクッションに、向かい合うようにお互い座っている。シエラは度々足を組み替えて大胆な姿勢を取っているのだが、俺の心はさほど揺れていなかった。


 服装自体や、その大胆さに驚きはしたが――どうもこの世界に落ちてから、俺の心や体は肉欲や情欲といった感情の起伏がほとんどない。一時的に心が反応しても、すぐに冷めた思考で相手を見てしまう。

 今もそうだ。シエラが商人としてかなりの影響力を持っていることはすぐに判った。無属性魔石を吹っかけても笑顔一つで用意すると言い、他国の人間である俺にビグシープ周辺の海図や迷宮島の位置など、本来ならば教えるべき相手ではないはずだが、対価の金貨を積み上げるだけで問題なく用意するという。


 その商談の最中、シエラは俺の意識に隙を生み出そうとしていた――そう感じられた。

 その狙いは何か、より有益な取引を引き出すためのわざか、それとも単に俺を弄んでいるのか、なんにせよ――俺にそれは効果がない。


 俺はこの感情の欠落とも言える変化を、迷宮の主ダンジョンマスターとしてこの世界に落とされた弊害だと考えている。

 人に対する欲情・肉欲・劣情・愛情――呼び方は色々あるが、それらすべては迷宮を育て、人の世界を破壊するのには不必要な感情だ。むしろ、それが同情へと変化して足枷になりかねない。

 創世神によってその楔が解き放たれた時に、僅かながらそれらの感情を取り戻したのか、それとも抑圧されていたものが緩んだのかは判らないが、明らかに前の世界とは感じ方が変わっていた。


「マルタ商会長からは貴方なら――いや、貴方にしか手に入れられないと聞いています」


「……まったく、あの男は本当に人をのせるのが上手い、しかもそれをわたしと違って意図せずにやっているからたちが悪い。それで、何がお望なの?」


「ビグシープには冒険者や商会向けの貸し倉庫があると聞いています。その中で最も信頼できる業者の、魔石消費型魔錠紋で解錠する倉庫を手配してもらいたい。それと、迷宮島の中には暴走スタンピートを制御しきれずに破棄された島があると聞いています」


 貸し倉庫のスペックを指定しているうちは、シエラの表情にそれほど変化はなかった。しかし、破棄された迷宮島に関しては、みるみるうちにその表情が曇っていく。


「破棄された迷宮島の位置、大きさ、迷宮の入り口、現出する魔獣・亜人種の資料、想定される暴走の規模、他にも何か情報があれば、その全てを」


「まいったね……その情報は高くつくよ。貸し倉庫の手配を含めて、ここまで要求されたすべての代金を倍掛けしても足らないわ」


 シエラは額に手を当て、顔を覆うようにして色々と計算しているようだ。


「金額は問題ではありません。貴女が俺の欲しいものを用意できるのなら、即金で全額支払います」


 金には不自由していない。大魔力石ダンジョンコアの売却金や『大黒屋』の売上利益、それに“覇王花ラフレシア”の反乱を食い止めた報奨の一つとして、多額の金銭を受け取っている。一白金貨や二白金貨程度の情報料など、大した金額ではないのだ。


「……本当に質が悪いのは……マルタではなくて、貴方の方だったようね」


 ため息交じりで呆れたようにシエラは言うが、これはあくまでもビジネス。金に物を言わせてどうこうというつもりは……一応、ない。


「いいわ、『シエラの店』が責任をもってすべてを用意する。ただし、モノがモノだけに二日ばかし時間を頂戴、それまでは七番船で宿を取って待っていて……そうね、『青海の宿』がいいわ」


「『青海の宿』? 判りました。こちらも色々とやっておくことがあるので、そこで連絡を待ちます……ところで、マルタ商会長とは付き合いが長いのですか?」


「マルタとの付き合い? 長いことは長いね。わたしがクルトメルガのアマールに販路を伸ばそうと計画したのと、あいつのマリーダ商会が商船所を作ろうとしていたのが同じ時期でね。話のウマが妙に合って、すぐに共同出資で商船を一隻買ったのさ」


 妙に親密さを感じるとは思ったが、随分と長い付き合いをしてきたようだ。


「なるほど、マルタさんが推すわけですね。それではそろそろ失礼します、宿をとる前にこの街を見ても回りたいですから」


 クッションから立ち上がり、置物のように座ったまま全く動かなかったガルダという老水兵とシエラに軽く頭を下げ、板張りの部屋から出て店の外へと歩き出した。


薄暗い店内を抜け、再び潮風の香り漂う大通りへと出た。


『爺さん、破棄された迷宮島と……シュバルツという商人についての情報収集を頼む』


 周囲を見渡しながら店先で少し待てば、集音センサーがシエラの声を捉えていた。


 当然だな、マルタさんの紹介とはいえ、大金を湯水のように掃き出し、廃棄された迷宮島の情報が買いたいなどという商人のことを調べないわけがない。

 だが、このビグシープでどれほどの情報が得られるものか……バーグマン宰相とゼパーネル宰相の直属の部隊、“火花スパーク”という肩書を作ってからは、総合ギルドでの登録内容やランクに関しては情報封鎖がなされている。


 『大黒屋』まで到達できれば上々、“火花”までたどり着ければシエラたちの能力が逆に証明されるというものだ。


 薄暗い店内の奥へと僅かに視線を向け、すぐに大通りを歩く人の流れに紛れるように歩き出した。

 その後は退屈だった船旅の時間を取り戻すかのように買い物や観光をし、陽が落ちる前に指定された宿――『青海の宿』へと向かった。




「部屋は空いているか?」


「いらっしゃいませー。すいませんお客さん、ただいま満室でして……」


 『青海の宿』は二階建ての建物で、一階が酒場で二階が貸し宿となっていた。酒場のカウンターに立つ青年へと声を掛けたのだが――。


「六番船のシエラに薦められてきたんだけど、満室か……」


「シエラの紹介? なら空いてるよ。ちょっと待ってな」


 シエラの名前を出した途端、青年の対応が一変し、カウンターの下から魔錠紋を一つ取り出してカウンターの上へと置いた。 


「できれば……魔石消費型のにして貰えるか?」


 カウンターに置かれた魔錠紋は魔力消費型だった。これは俺には使えない。『魔抜け』だと言いふらすつもりはないが、魔力消費型を渡されても鍵は開けられない。


 青年はもう一度カウンターの下に手を入れると、今度は魔石消費型の魔錠紋を取り出して置き換えた。


「……どうぞ。シエラの紹介とは言え金は貰うよ。一泊銀貨五枚で先払い、飯が欲しければここか別の場所で金出して食ってくれ」


「どうも」


 二〇日分の宿泊料として金貨を一枚カウンターに置き、ビグシープでの活動拠点としてこの宿を押さえておく。


「あぁ、あともう一つ。その部屋の隣も長期契約の客が使っているが、ちょっと気味の悪い連中だから揉め事起こさないでくれよ」


 魔錠紋を受け取ったところで、思い出したかのように青年が付け足した。


「覚えておくよ」


 それだけ言い、まずは部屋を確認するため二階へと上がった。



 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >話のウマが妙に合って くどいと思います。 「話が妙に合って」か「ウマが妙に合って」のどちらかでいいと思います。
[一言] ペイ・フォワードの精神てどこの小噺なの?
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