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どこかの商船から下船してきた水夫たちに紛れて入都審査の列に並ぶ。聞こえてくる審査内容から、特に問題が発生しそうもないことを確認し、周囲を見渡しながら順番を待つ。
船着き場となっている区画は海面からそう高くはないが、実際に住居が建てられている都市方面は更に三~四mほど高くなっており、防災フロートを思わせる巨大な平面型船舶が何隻も連なって大地を形成していた。
前の世界の防災フロートとは違い、ビグシープの平面型船舶の構造体自体は木造が中心のようだが、見渡せる大きさから察するに……一〇〇m近いのではないだろうか。
これだけ巨大なものを建造して海上に浮かべていることを考えると、造船技術云々というより、魔法建築物に近いものなのだろう。
順番が進み、俺の番がやってきた。審査を行っている役人は手早くギルドカードと乗員証明書を確認し、寄港した目的や滞在日数を聞いてきた。
目的は迷宮島探索です! と言いたいところだが、俺が探索する予定なのは破棄された非管理区域の迷宮島だ。当然ながら上陸は禁止されており、正確な場所すら案内されていない。
寄港目的は商取引で滞在日数は一ヵ月だと伝えると、その期間の入都料に商取引の許可証発行代金を請求された。
結構な代金と引き換えに商取引と入都の許可証を受け取り、晴れてビグシープへと正式に入ることが出来た。
都市内部は平面型船舶の中央を大通りとし、その左右に木造住居が建ち並んでいる。とはいえ、土台からしっかりした建物もあれば、バラック小屋のような間に合わせで作られた小屋もあった。
大通りの長さはやはり一〇〇m近く伸びており、横幅は三〇~四〇mと言ったところだろうか。
都市に入ってすぐの段階では建物に視界を塞がれて全体像が見えていなかったが、このビグシープを上空から見下ろせば平面型船舶八隻が八角形を描くように停泊し、その内側に四角形の配置で四隻、そして中心部に小さな孤島が存在することがすぐに判っただろう。中心部の孤島がこの都市の心臓であり、この唯一の大地に住むのが都市を治める部族たちだ。
そして、平面型船舶計十二隻の隙間を埋めるように、大小様々な船舶が停泊して船上都市を形成していた。
船着き場から歩いて渡れる平面型船舶――所々に12と書かれた看板が掲げられているところをみると、一二番船ということか。
この一二番船は主に倉庫や直売所、それに酒場や屋台などの食べ物屋関係が多く建ち並んでいた。漂ってくる潮の香りと魚の臭いに思わず顔を顰めるが、すれ違う獣人種の女性たちの姿を見れば、逆に緩んできてしまう。
フィルトニア諸島連合国に住む大半が獣人種だ。普人種も大勢いるが、日に焼けているのか、それとも素の肌の色なのか判らないが、褐色肌の人がとても多い。
そして誰もがとにかく薄着だ……男性は素肌にノースリーブの薄い上着を一枚だけ、上に何も着ていない人も多い。
女性が着ているのは下着か? と錯覚するような布一枚で胸と腰を隠し、その上にパレオのような長い布を思い思いに巻き付けているだけだ。
俺の横を、入都審査を終えた水夫たちが久しぶりの上陸――上船を謳歌して走り抜けていく、目指すは久しぶりの酒場。肌色ばかりの女性たちが待ち構える店舗へと吸い込まれるように消えていった。
その姿を横目に、俺はマルタさんから聞いていた商人の下へ向かって大通りを進んだ。
迷宮島へ向かう前にビグシープへと入ったのは、情報収集と魔石の買い取り、それと補給路の設定のためだ。
十二番船の渡し舟乗り場で目指す商人の商船が停泊する位置を聞き、そこに隣接する番船まで乗せていってもらう。
渡し舟から見上げるビグシープの景観は水上都市ヴェネツィアを思わせるが、どちらが美しいかと言えば、ヴェネツィアだ。だが、ビグシープの生活感あふれる景観と、船の上に家が建っているという、ちょっと不思議な感覚がどこを見ても楽しい。
「ここが六番船だ。探してる商店は、上がって少し進んだ左側だ」
「ありがとう」
六番船の渡し舟乗り場から階段で上へと昇ると、そこに建ち並んでいる家屋の殆どが何かしらの商店だった。この六番船はビグシープの商店関係が集まる、大商業船なのだろう。
目的の商店――『シエラの店』はすぐに見つかった。シンプルな土産物屋か駄菓子屋を彷彿とさせる家屋で、店頭には大小の属性魔石がごちゃごちゃと並んでいる。薄暗い奥には魔獣の素材だろうか、牙や毛皮がショーケースに所狭しと納まっているのが見えた。
「ごめんくださーい」
人の気配がしない商店だが、俺の視界に浮かぶマップには、奥でしっかりと光点が二つ浮いているのが見えている。
「はーい」
二つの光点のうち、一つだけが声を上げて動き出す。
店頭の奥にある部屋はプライベートスペースのようだ。まるで障子戸のような薄い引き戸が引かれ――。
「いらっしゃい、何をお探しかな?」
奥から出てきたのは獣人種の長身女性、ネコ科というより豹のような耳と斑点模様の長い尻尾が揺れているが、“山茶花”のミーチェさんのような猫っぽさはなく、鋭い眼元に細身だがしなやかな体つき、そこから醸し出される自然な色気を強く感じるのは、彼女の服装がまた一段と扇情的なパレオ一枚だけのせいではないだろう。
「クルトメルガで商いをしている、シュバルツと申します。マリーダ商会のマルタ商会長から、ここでなら俺の欲しいものが買えると聞き、寄らせもらいました」
「マルタの……アタシはシエラ、この店の店主さ。ウチは見ての通りなんでも扱っているけど、大抵の物は他所でも買える。けど、マルタがわざわざウチを指名したってことは……お兄さん、詳しい話は奥で聞くよ」
そういってシエラは振り返り、薄暗い商店の奥へと歩いて行く。俺もそれについて行こうと、その動きに合わせて一歩踏み出したが――。
前から見えてもシエラのパレオ姿は扇情的だったが、後ろは更に凄かった……。背中はぱっくりと開いており、揺れる尻尾の付け根は薄いパレオ一枚だけで、その下にはいているはずの下着の線が全く見えない。
まさか下に何も……?
「何を突っ立っているんだい? 別にとって食いやしないさ」
俺がついて来ないことに気が付いたのか、シエラが軽くこちらへ視線を流し、軽く微笑んでまたすぐに奥へと歩いて行く。
その後姿に見とれたことに気づいた――というより、わざとか……。そう思わせるような微笑みだった。
となれば話は変わる。これから軽く交渉事を進めなくてはならない。このビグシープを活動拠点の一つとして、迷宮島へと遠征するのだ。その足場作りにはこの都市に住む者の協力してもらわなければならない。
それに、マルタさんのマリーダ商会はこの国にまで支店を広げてはいない。フィルトニア諸島連合国で活動する以上、この国の商人と顔を繋いでおく必要があるのだ。
その第一候補が、ここ『シエラの店』の店主というわけだ。
障子戸のような薄い引き戸の向こう側は板張りの居間になっていた。そして、そこにはシエラの他にもう一人、彼女と同じ獣人種の老人が座っていた。
「適当に座ってくれ、このジジイはウチの鑑定士で元水兵のガルダ。鑑定士として仕事をするとき以外は、置物とそう変わらないから気にしないでくれ」
ガルダと呼ばれた老獣人へ軽く会釈だけしたが、皺だらけでくしゃくしゃの表情からは、反応があったのかを読み取れなかった。
とりあえず、交渉相手であるシエラの前へと移動し、板張りの床に置かれている布袋――クッションへと腰を下ろした。
向かい合うように座るシエラは、その長い足をこちらに投げ出してクッションに身を沈めている。俺は胡坐をかくようにリラックスした体勢で同じようにクッションに身を任せたが――このクッション、意外に座り心地がいい。前の世界のビーズクッションに近い感触だが、布袋の中身は軽石か海岸の砂か。
「さて――お互い気を落ち着かせたところで、話を聞こうか」




