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「ゆくぞ、シャルちゃん! 次はあの一画を征服するのじゃー!」
「おぉー!」
ゼパーネル宰相とシャルさんが買い物カートに足を掛け、滑るように俺の前を通過していく。カートには重量のある箱詰めビールと炭酸飲料が載り、それを重石にして転倒を防いでいるようだが……。
「待ってくださいよぉー。二人だけそれに乗ってズルいですよぉー。つか、なんなんすかこの人を小馬鹿にしたように繰り返される音楽はー!」
カートに乗る二人はスケートボードを蹴るように勢いを増し、ショッピングセンターの通路を走り抜ける。その後を追い、“君影草”のレイチェルが買い物袋一杯に珍味を詰めて駆け抜けていった。
「なんで道具袋使わないんだ……?」
駆け抜けていくレイチェルの姿を見て、率直な疑問が零れた――。
「使えないらしいですよ」
「え――?」
駆け抜けた三人の姿を俺と同じように追っていたアーク王子が、気になる一言で俺の呟きに答えた。その言葉に振り返ると、アーク王子の後ろにはバーグマン宰相も来ていた。
「道具袋だけじゃない。お主の領域では魔法の効きがとても悪い。陛下が合流された時も、傷を癒すのにかなり苦戦したのじゃぞ」
そういえば――何度かこの大型ショッピングセンターを利用してきたが、商品や食料を持ち出すときには俺がインベントリに回収していた。ゼパーネル宰相たちも、大量の物資があるとはいえ勝手に持ち出しているわけではない。
全て俺に確認や許可を求めてから持ち出していたため、自然と俺が荷物持ちをしていたのだ。
アーク王子とバーグマン宰相に詳しく話を聞くと――射撃演習場では魔道具が一切作動せず、魔法の効果は一割にも満たないという。最初は宰相たちもその事実に気づかなかったそうだが、この空間に訪れる度に色々と試していたらしい。
VMBのシステムが生み出すこの射撃演習場という空間には魔法が――魔力が作用する何かが根本的に足りていないのだろう。それが意味するところはまだ判らないが、ここは前の世界でもなければ今生きている世界でもない第三の世界。
この場所には何か特別な理が存在するのかもしれない。
「それよりもシュバルツ、こちらも早く移動するぞ。説明してもらいたいものは大量にあるんじゃ――」
「――あぁ、ここにいましたか。ナーシャたちの付き添いはロイに任せて退避してきましたよ」
そう言って遅れてやって来たのはカーン王太子だ。ショッピングセンター内で少し迷っていたのか、アナスタシア様たち女性陣――アシュリーとラピティリカ様と荷物持ちのロイと一緒にショッピングセンターのファッションブースに行った後、こちらに合流することにしたようだ。
「カーン兄さま、お一人で動いても大丈夫ですか?!」
アーク王子がカーン王太子に駆け寄り、杖を突く腕とは反対側を支えるように補助する。
アマールでの静養で体調を取り戻していたカーン王太子だが、それでも一人で歩き回ることは難しい。静養中に車椅子を提案したことがあったが、王国の継承者である王太子として、自分の足で立てないことを良しとすることは出来ないと断られた。
「シュバルツの世界にまつわる服や装飾品を見れば、あの娘たちが止まるわけがなかろう。儂らには使い方が判らぬ“びようえき”やら“にゅうえき”とやらにも関心があるようじゃしな」
バーグマン宰相が何かに呆れるように一つ息を吐き、カーン王太子の傍へと歩いて行った。
今日は俺が迷宮島へと出発する前の最後のショッピングだ。ゼパーネル宰相とシャルさんは数多くの食品や飲料を漁り、アシュリーたちは服飾や化粧品関係を漁る予定。そして俺たち男性陣は様々な小物や器具などを漁り、その使用方法などを説明して回る予定だ。
この世界でも再現可能な道具は見本として持ち帰り、アシュリーたちが見に行っている服飾関係を含め、伝達という形で王都の工房や各種生産ギルドの長たちへ技術を伝える。
少々面倒くさい手順ではあるが、この射撃演習場の存在をこれ以上広めるつもりはない。アシュリーも俺の意見に同意してくれており、ゼパーネル家からの情報提供という形で射撃演習場と技術提供者である俺の存在を隠し、この世界で再現可能な技術や道具を提供することとなった。
だが、もちろん無償ではない。
技術提供の代価として、クルトメルガ王国内でのシュバルツとシャフトの立場の保証――これは“火花”を宰相直属の実行部隊として告知することで果たされているのだが、その他に情報提供料として王国が確保した無属性魔石の一部をこちらに流してもらう。
そんな遠征前の最後のショッピングでは、俺も必要になるであろう道具類を大量に確保していた。
その中心となる道具は調理器具にカセットコンロだ。今まではコンチネンタルのキッチンでも使わなくては外で火を起こすことが難しかったが、これで野営しながら温かい食事をとることも可能になる。
その他にもポータブルLEDランタンや、折り畳みのキャンピングチェアなど、魔法というこの世界特有の技能のせいで発展が遅れている分野をカバーできる道具を確保した。
そして食材や加工食品、今の世界では入手が不可能に近い生鮮食品を回収し、長期間の遠征に備えることとした。
「それでシュバルツ、この輪っかが連続する道具は何に使う物なんじゃ?」
「それは泡立て器ですね。調理器具で、卵の攪拌や粉類と食材を増せるのに使ったりします」
『シャルちゃん、次はお菓子売り場なのじゃー!』
「ほー……そうかこの輪で食材と空気を混ぜ合わせるわけじゃな」
『“ちょこれーと”! ぽてち!』
「シュバルツ、この食材は何ですか? いい香りがしますが、“ちょこれーと”ではないようですし」
「あぁ、アーク王子、カレーのルーです。作り方は詳しくありませんが、小麦粉をバターなどで加熱し、先ほどの泡だて器で混ぜながら複数の香辛料を入れてさらに水分を飛ばし、焼き固めたもの……ってところですかね。野菜や肉と一緒に鍋に入れ、スープの味付けに使う物です」
『待ってくださいよぉー。まぁーだ持って帰るんですかぁー』
「へぇー、それは美味しいのですか?」
「えぇ、基本的に辛味の料理ですが、癖になる味ですよ。王国内の料理店でも似たようなものがすでにありますが、これは携帯できるし保存も利きます。冒険者や野営向けの加工食品ですね」
『この服可愛いです。それにこの均一な裁縫……何か専用の道具があるのでしょうか?』
「シュバルツ君、この“しょっぴんぐせんたー”というものは一つの商会が運営しているものなのかい?」
「いいえ、カーン王太子。総合的な運営は一つの商会ですが、各売り場によって運営している商会が違っていることがほとんどです。大きな建物――箱を作り、その内部を仕切って複数の商会に貸し出す形で利益を出しているんです」
『この布の手触りも凄いわよ、ラリィ。シュバルツは“しるく”だと言っていたけど、似たような動物繊維でもここまでの光沢と手触りは他にないわ』
『…………』
「バーグマン、クルトメルガにも同じような施設を造れると思うか?」
「王都で造るには土地が問題ですが、南東の商業都市メルカにある空き商館を利用すれば……しかし、総合的な運営とやら王国で管理せねば難しいかと」
『アシュリー、確か“けしょうすい”、“びようえき”、“にゅうえき”の順で使うのよね?』
「商館を持てず、平でくすぶっている商人や職人は多い。その者たちに機会を与えてみてはどうか?」
「良い考えかと。メルカの経済は長い間停滞しておりましたが、ヤミガサ商会が潰れたことで大きな商機が訪れております。そこへこの総合商業施設計画を進めれば、新しいうねりが生まれることでしょう」
アーク王子とバーグマン宰相はショッピングセンターに並べられた商品の数々に興味を持ったようだが、カーン王太子はこの商業施設そのもの――その概念自体に興味があるようだ。
右手に握る杖で体を支え、溢れ出る魔力に蝕まれた体では一人で歩き回ることも出来ないカーン王太子だったが、王国の未来を誰よりも考えているのはこの人なのかもしれない。
「そろそろ時間じゃな……」
「そうですね。アシュリーやゼパーネル宰相たちも駐車場の方へ向かったようです」
今日のショッピングは三組に分かれて行われたが、その状況は集音センサーが集める皆の声で把握できていた。
この後はバーグマン宰相だけは王都へ転移し、残りは海洋都市アマールに転移する。その帰還を持って要人警護の任は終了となるわけだが、この射撃演習場に誰かを取り残すわけにもいかない。視界に浮かぶマップでフロアに残っている人がいないか最終確認をしながら、どこかで聞いたような店内ミュージックを聞きながら駐車場へと足を向ける。
『…………』
「ん――?」
誰も残っていないはずのフロアで、誰かが声を出すのが聞こえた――気がした。
振り返って無人のはずのフロアを見渡すが、やはり誰もいない。念のためマップを検索し、駐車場に点灯する光点の数を数えるが――。
「……全員いるよな」
『…………』
また聞こえた――気のせいや聞き間違いじゃない。誰か――何かがいる。
つい先ほどまで商品を漁るゼパーネル宰相たちの声で賑わっていた大型ショッピングセンターのフロアだったが、今は繰り返し流れる楽し気な音楽が逆に不気味に聞こえ、頬を撫でる空調の冷ややかな空気に、体温が急速に下がっていくような錯覚を覚える――。
フロアを彩る照明の光も、奥が見通せないほどに商品が陳列されたゴンドラも、何もかもが数瞬前と別物に見えた。
「長居……しないほうがいいな」
湧き上がる不安を無理やり押さえつけ、もう振り返らずに駐車場で待つアシュリーたちのもとへ急いだ。
「やっと来たのじゃ、早く転送魔法陣を設置するのじゃ! アイスが溶けてしまうのじゃー!」
駐車場では俺が来るのを待ちかねていたのか、ゼパーネル宰相が仁王立ちで待ち構えていた。
「す、すいません。すぐに用意します」
TSSの起動を意識し、インベントリからギフトボックス、さらに収納していた転送魔法陣の取り出しを意識すれば――駐車場に差し向けた手の先に光の粒子が集まりだし、転送魔法陣が二組出現した。
「バーグマン宰相は左側へ、アマールと繋がっているのは右側です」
「よし、帰るのじゃ! シャルちゃん行くぞ、今夜は晩餐会を開くのじゃ!」
「おぉー! 帰ったらレスターにお願いしなきゃ!」
バーグマン宰相はカーン王太子とアーク王子に軽く挨拶をし、王城へと転移していった。ゼパーネル宰相たちも次々に転移し、最後に残ったのはアシュリーただ一人。
「アシュリーも……早く転移した方がいい……」
少しぎこちなく――そう言ったのだが、アシュリーはジッとこちらを見つめて動く様子はない。
「シュバルツ……何かあった?」
「な、なにも――」
ショッピングセンターを出ても収まることのない不安――むしろ、湧き上がってくる勢いは増している。それが表情に出ていたのだろうか、アシュリーは俺の僅かな変化にすぐ気づく……。
『…………』
またこの異音だ。
「大丈夫だよ、迷宮島への準備に少し手間取っただけだから」
「そうは……見えないけど……」
心配するアシュリーの両肩を掴み――クルッっと向きを反転させて魔法陣へと押し出す。
「先に行ってて、魔法陣を片付けて俺もすぐに行くから」
有無を言わせず押し出す力にアシュリーも諦めたのか、「……わかったわ」と、一言呟いて転移していく。
『…………』
『…………』
『…………』
大型ショッピングセンターの駐車場に俺一人残ると、先ほどから聞こえてくる異音の間隔が急速に短くなっていき――。
プイッ♪
と、電子音が脳内に響く。それは、久しぶりに聞いたVMBの個人宛チャットメッセージの受信音。
今、これを俺に送信できる存在は一つしかいない……。
視界に表示されたテキストチャットウィンドウに表示された意味不明な象形文字。そして、それが自動翻訳機能によって訳されて文字が浮かび上がり、同時に――。
晴れに設定してあるはずの射撃演習場の空が急速に曇り、俺を覆いつくすかのように影が差していく。
『見つけき』
そのたった四文字が、視界に浮かぶチャットウィンドウを埋め尽くした。
12月はスーパー忙しいと言ったな、あれは嘘だ!
1月はウルトラ忙しい、更新間隔は引き続き間延びすると思う……




