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謁見室で行われている報告会で予想された“覇王花”の目的――それはゼパーネル宰相の持つ〈大魔法〉と、エルフの平均的な寿命を越えても全く老化しない不老の秘密だった。
「キリークの妄言にもしやと思ったが、本当に不老不死を狙っておるとはな、エルフとしての長命がすでにあるにも関わらず、さらに永遠の命まで欲するとは……」
「……エルフだからこそ、でありましょう。おぼろげながら見えてきた“覇王花”の目的は一朝一夕で達成できることではないはず。エルフの長命があってこそ、その手綱を握り続け、達成の日の目を見ることが出来る」
現国王がため息混じりに零した“妄言”とは、地下神殿で聞こえて来たキリークとの会話のことだろう。キリークは女性を劣等種と蔑み、新しき覇道の世界には不要と言い切っていた。そして、その方法はゼパーネル宰相が知っているとも。
カーン王太子が言うように、キリークとフェリクスは妖精種のエルフだ。不老不死など手に入れなくても、二、三〇〇年は平気で生き抜く種族。その長命があるからこそ、ゼパーネル宰相の〈約束された祝福〉を一般的なスキルにまで貶める時間を待つことが出来る。
さらにそこへ不老の力が足されれば、永遠にも近い時間を待つことさえ可能なのかもしれない――だが。
「ですがゼパーネル宰相、確かその不老の力は――」
俺の言葉にゼパーネル宰相は一つ頷き、皆の視線が集まるのは確認して再び語りだした。
「この不老の力は〈血統スキル〉でも〈大魔法〉でも何でもない。妾に言わせれば、これは呪いなのじゃ」
「呪い――?」
「そうなのじゃ、アーク。いつまでも、どこまでもお傍にと願ったあの御方と共に逝くことも出来ず、この国のために尽くしてきた何百、何千、何万という命を見送り続けておるのじゃ……」
クルトメルガ王国は建国して五〇〇年を超える。ゼパーネル宰相が建国王と共に迷宮討伐に明け暮れたのはその前の話だ。建国までにどれ程の時間を要したのかは判らないが、決して簡単ではなかったはず。
「キリークたちは愚かな思い違いをしておるのじゃ。〈約束された祝福〉を普通のスキルにまで落とすことは可能かもしれぬ――じゃが、不老の力は無理なのじゃ」
「ユキ、不老の力は呪いと言うたな……なら、どこの誰がその呪いをそちに掛けたのだ?」
現国王の問いはこの話の核心だ。“覇王花”の目的達成を防ぐ意味でも、ゼパーネル宰相を守り抜く意味でも、それがハッキリしなければ対策を講じるのは不可能とも言えた。
しかし、その力は――。
ゼパーネル宰相の翡翠の目が俺を射抜くように見ている。
「――神なのじゃ」
そう、俺が初めてゼパーネル宰相と出会ったとき、宰相は警告と共に話してくれた。
迷宮を討伐した後に一度だけ接触してくる二つの存在。今でこそ、その一つが創世神と呼ばれるこの世界の神と呼ばれる存在であり、もう一つが創世神によってどこかに隔離された狂える女神であることを知ったが、ゼパーネル宰相に不老の力を与えたのがどちらかは判らない。
「神だと――?! 一体どこでそのような存在と出会ったのじゃ!」
「――迷宮の一番奥、玉座の間なのじゃ。そこで妾は願った――あの御方の傷を……体の傷だけではなく、心の傷も癒すことが出来るようにと……意志を持たず、自我を持たず、ただの人形でしかなかった妾でも、あの御方の仲間になりたいと、戦友になりたいと、家族になりたいと願ったのじゃ」
あぁ、やはり――。
ゼパーネル宰相の独白に、現国王を始めこの世界しか知らないバーグマン宰相たちには理解が追い付いていないようだった。
だが、俺にはその零れ落ちた言葉の意味がすぐに判った。建国王もまた『枉抜け』だと、真の意味で知っているのだがら――その出自が俺のVMBと同じように、何かしらのゲーム世界であると知っているのだから。
『ESO』と一度だけゼパーネル宰相が口にしたその世界――『Eternal Story Online ~永遠に紡がれる君との物語~』、確かそんなVRRPGがあったはずだ。VRゲームの黎明期に発売されたそのゲームには確か、ゲーム世界の案内役としてパートナーNPCをクリエイトし、一緒に旅をすることが出来たはず。
NPC――要するにAI操作のコンピューターキャラクターのことだが、この手のキャラクタークリエイトは自由度がとても高く、容姿、年齢、種族、特技、性格など、プレイヤーの好みに合わせて多種多様な形にクリエイトすることが出来た。
それこそ……幼女エルフなんて今も昔も変わらぬ人気キャラクターのテンプレートモデル。
コンチネンタルの浴室ではしゃぐゼパーネル宰相を見た時に感じたのだ――“まるで作り物のようだ……”と、その直感は間違いではなかった。
どれだけ時が経とうとも建国王のことだけを想い続け、ついには老いることを知らぬ命を手に入れた元パートナーNPC、それが――ユキ・ゼパーネル。彼女もまた、世界を越えて理を枉げた存在――『枉抜け』であった。
謁見室での報告会はゼパーネル宰相の独白でお開きとなった。現国王やバーグマン宰相に騎士団幹部や魔導貴族たちとの会食の予定があったりと、次の予定が差し迫っていたこともあるが、話し合いの後半に“神”などという人知を超えた先の存在が出てきたことが最も大きい。
報告会の最後、ゼパーネル宰相はアーク王子の何気ない質問に答え口を噤んだ。
「迷宮を討伐した者は、神に願いを叶えてもらえるのですか?」
「それは違うのじゃ……それだけは、ないのじゃ……」
試したのか……。
建国王は数々の迷宮を討伐した。ゼパーネル宰相が生命を得た後も、幾度となく迷宮最深部に赴き、あの存在たちと対峙したのだろう。そこで再び願い、何かを欲した。前の世界への帰還か、莫大な富か、それとも絶対的な力か。
だが、手に入れることは出来なかった。
神との邂逅、そして願いが叶うという奇跡――アーク王子が目を輝かせてゼパーネル宰相に肯定を求めたが、宰相は優しく言い聞かせるようにそれを否定した。
「シュバルツ」
報告会の次は射撃演習場でのショッピングだ。まずはアシュリーたちと合流すべく、ゼパーネル宰相と二人だけで王城の中庭を抜けて宰相の屋敷へと向かっていた。
カーン王太子とアーク王子は、お茶会をしているはずのアナスタシア妃とクレア妃、それとラピティリカ様を呼びに庭園へ向かっている。
俺の前を歩くゼパーネル宰相が、こちらに振り返ることなく俺の名を呼んだ。
「なんでしょう」
「妾の話を聞いても驚かないのじゃな」
「そうではないか……と、感じていました」
「そちには滑稽に映ったか? 人ならざる者が人になりたいと願い、あの御方を苦しめた存在によってソレを手にした愚かな人形が」
「まさか……誰かを想い、愛することができる。それは人であることの存在証明ですよ」
「――そうじゃろうか?」
「――そうですよ」
宰相はこちらに振り返ることなく、前へ進み続けた。建国王を想い続けるその歩みは、クルトメルガ王国の歴史そのものなのかもしれない。僅かに震えて見える宰相の両肩に、そんなことを思いながら屋敷へと歩いて行く。




