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ちょっと短いけど、終わりがよかったので投稿
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マルタさんと海洋都市アマールで再会し、お茶会を重ねながら色々な話が聞けた。今一番必要としている魔石の入手先もそうだが、王都のバーグマン宰相からでは得られない一般市民や商人たちの動きを聞けたのは大きい。
俺の――“シャフト”の名声が跳ね上がっていることには正直驚いたし、クルトメルガ王国民のヒーロー好きには少し呆れたが……。
マルタさんから話を聞いた夜、バーグマン宰相に携帯電話を使ってシャフトの扱いについて話し合うと、王族と現国王を救った“黒き英雄のシャフト”の功績はすでに広く知れ渡っており、同時に――フライハイトから多くの貴族や商人たちの脱出させるきっかけを作った新顔商人、『大黒屋』シュバルツの功績も称えるべきだという声が根強く残っているそうだ。
バーグマン宰相は今回の功績を“黒き英雄のシャフト”へ集中させようとしたが、フライハイトで俺を目撃した全員の口を閉じさせることは出来ず、謎の商人シュバルツの名前も秘かに広まりつつあった。
俺としてはシャフトの名声がどれ程高まろうと、シュバルツとしての自由が確保されていれば構わない。既にその自由も失われつつあるが、見も知らぬ王国民に包囲されることはないだろう。
バーグマン宰相も俺の考えには同調してくれた。しかし、走り出した噂や世評は止まらない。それどころか、尾ひれはひれ付け足され、一介の商人のはずがこっちまで救国の英雄にされかねない。
さらに状況が進めば、すでに王家に取り込まれたと認識されているシャフトよりも、次期ゼパーネル家当主と共に現れた謎の商人の方が取り込む隙があると思われる可能性すらある。
つまり、今は姿を隠している状態のシュバルツが次に表舞台に立った時、そこへ群がる羽虫の量は想像もつかない。
これにもバーグマン宰相は同意し、ならばどうするか? という話になるのだが――。
「クラン“火花”?」
「そうだよ、アシュリー。バーグマン宰相と夜通し話し合った結果、俺がシャフトとの関係を偽装するために騙った架空のクランを、本当に実在するクランにしてしまおうってことになったんだ」
「……でも、“火花”が存在することと、シュバルツが好きに動くことがどう繋がるの?」
「今回の“覇王花”の動きでも顕著だったけど、実行部隊の後ろには後方支援をする商会が存在する。それはどのクランも似たようなもの――だがら、“黒面のシャフト”の後ろには、“大黒屋のシュバルツ”がいるってわけさ」
「あぁ、そういう……」
「そう、そしてそれをまとめて面倒見ているのが、クルトメルガ王国の二人の宰相――つまり、諜報クラン“君影草”と同じで、宰相直属の実行部隊“火花”として正式に告知されることになったよ」
「それなら安心ね。バーグマン、ゼパーネル両宰相の直属にすり寄ろうなんて人、そうはいないわ。二人ともそういう事をもっとも嫌うから、すり寄ろうにも却って遠回りになるだけ」
再建が進んでいる王城の通路をアシュリーと並んで歩き、来城した目的の一つでもある謁見室へと向かっていた。とは言え、反乱によってメインの謁見の間は崩壊し、今も元通りにはなっていない。向かっているのは急ごしらえで用意された謁見用の個室だ。
「謁見室はこの先を曲がったところよ、私は屋敷へ戻ってるわ。シャル一人だと心配だし」
今日は俺とアシュリー以外にも王城へと来ている。海洋都市アマールで静養をとっていたカーン王太子に、念のため退避していたアーク王子、ゼパーネル宰相にシャルさん、それにアナスタシア妃とラピティリカ様も同行し、結局のところアマールで過ごした全員で王都に戻ってきている。
王城の外れに建っていた日本の武家屋敷を彷彿とされるゼパーネル宰相の屋敷は、反乱の火によって倒壊こそしていないものの、“覇王花”によって室内が荒らされていた。“覇王花”がそこで何を探していたのかは判らないが、ゼパーネル宰相は欲しがるものは置いていないと言っていた。
しかし、建国王が生み出した屋敷を好き勝手に荒らしまわった事には相当な怒りを露わにしていた。そして、その怒りは今も静まってはいない。今日も謁見室での会談の後、射撃演習場に連れて行く約束をさせられている。
今まではすることが出来なかった自由な買い物――と言っても無料だが、それと憂さ晴らしの『大魔法』を放ちまくる予定なのだ。
その会談の間中、アシュリーとシャルさんは“君影草”のロイたちと合流し、屋敷の片づけを行いながら俺たちが戻るのを待っている。
アシュリーと分かれて一人赤絨毯の上を進む。踏みしめる赤絨毯こそ新品だったが、その下はまだ所々破損しているのが足裏越しに感じられた。
通路の脇には一定間隔ごとに新人の近衛騎士たちが立っており、俺のことを無言で凝視しながら監視している。
彼らは王国中の信頼できる騎士団から選抜された若い騎士たちだ。この騎士団長も交代し、新たな体制で王城の警備を取り仕切っていた。
「“火花”のシュバルツです。バーグマン宰相に呼ばれて参上致しました」
謁見室の前に立つ近衛騎士に、新しく用意した宰相直属であることを示すギルドカードを提示する。
「皆様お待ちです。中へどうぞ」
近衛騎士の一人がギルドカードを確認し、簡単な身体チェックの後に中へと通された。
「これで揃ったようじゃな」
謁見室の中ではバーグマン宰相とゼパーネル宰相、当然ながら現国王にカーン王太子、そしてアーク王子の五人が待っていた。
「遅れたようで――」
「構わぬのじゃ、のう小僧」
「ユキの言う通りだ。お主には王国の危機を救ってもらった恩もあるが、立場的には我らと同じ、自らが“支配”する領域を持つ者――王の一人だ」
部屋の正面、上座に相当すると思われる仮の玉座には現国王が、その左右のソファーにはそれぞれ両宰相と、両王子が座っていた。
「陛下、私のことを王とは身に過ぎるお言葉ですよ」
「くっくっく、お主の正体を知っている者からすれば、誰もそうは思うまい」
現国王が両サイドを回し見るが、誰の表情にも現国王の言葉を不思議がる様子はない。俺の――『枉抜け』のことを正確に知りえる立場にいないはずの、アーク王子の表情も含めてだ。
聞いたのだろうな――バーグマン宰相か、それとも現国王からか。それに、どこまで聞いたのかも判った。自らが支配する領域を持つ者――それは迷宮の主だと言いたいのだろう。
だが、それを王だと言い換えたということは、俺を魔獣認定しているわけではなさそうだ。対等な立場で付き合おうと言ってくれているのかもしれない。
「それに、余を敬う必要もない。お主はこのクルトメルガ王国の王、アーシカ・ゴトー・クルトメルガと対等なのだ。さぁ座るがいい、“枉抜けのシュバルツ”いや……“枉王シュバルツ”よ!」
玉座より立ち上がった現国王が両手を広げ、俺を向かい合う一席へと着席を促した――が、そのネーミングは今まで呼ばれた何よりも……恥ずかしい……。




