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 海洋都市アマールで休暇を過ごすかの如く、落ち着いた生活を始めて二ヵ月。王城の再建はまだまだ始まったばかり、王太子たちの護衛をしながらの緩やかな日々はまだまだ続いていた。


 今日はアマールにあるマリーダ商会の商船所に来ている。


「無事に再会できて何よりですよ、マルタさん」


「これもシュバルツさんのお陰です」


 商船所二階のオフィススペースの一角、簡素な間仕切りで区切られた応接スペースでマルタさんと向かい合い、大型ショッピングセンターから持ち出した日本国産茶葉で淹れた緑茶を楽しんでいる。


「しかしこの深蒸し茶、本当に美味しいですな――シュバルツさんの世界の茶葉ですか?」


 オフィススペースで事務仕事をする他の従業員を気にしたのか、後半は俺にだけ聞こえるような小声だった。


「えぇ、このとろけるコクとまろやかな甘み、最高でしょ?」


「この粉っぽさと濃緑色は一見安物に見えますが、この強い香りにコク、間違いなく最高級品ですな」


 マルタさんとの茶会も久しぶりだが、色々と確認したいことは多い。


「それで、王都の状況はどうですか?」


「凄いことになっていますよ」


「えッ――? また“覇王花ラフレシア”ですか?!」


「えッ――? 違いますよ、王都は平穏そのものです」


 “覇王花”かバイシュバーン帝国が再び動き出したかと、思わず見合う俺とマルタさんだったが、すぐにマルタさんが吹き出して笑いながら補足していく――。


「いやいや、シュバルツさん。王都は今、王国の窮地を救った“黒き英雄のシャフト”の話題で持ちきりですよ」


 その“一言”に、思わず頭を抱えたくなった――。


「また――ですか」


「また――ですね。フライハイトからの王族救出に襲撃犯の撃退、その直後にヤミガサ商会を崩壊させ……これだけでも凄いのに、さらに王城へ乗りこんで国王陛下や王族の方々までも救出してみせた。当初はシュバルツさんの名前も挙がって情報が錯綜していましたが、今では全て“黒き英雄のシャフト”が一人でやった事として王都のみならず王国中に情報が走り出していますよ」


「……今俺がここにいることは?」


「耳の早い商人や有力者はすでに知っておりますでしょうが、王都と鉱山都市バレイラーを結ぶ転送魔法陣は封鎖されておりますから――」


 そう、王都から離れた海洋都市アマールの安全性を高めるため、転送管理棟から最寄りの出口であった山岳都市バレイラーの転送管理事務所は封鎖された。

 “覇王花”の反乱から二ヵ月以上も経ってからマルタさんがここへ現れたのは、転移することが出来ずに陸路を進んできたからだった。


「大将、お話し中失礼いたしやす。フィルトニアからの荷が届きやした」


 応接スペースに顔を出したのは、この商船所のボルロイ所長だ。猫系の壮年獣人種で、ボサボサ頭に無精ひげ――商人と言うよりは、生粋の海の男。


 ボルロイ所長は両手に抱えるように大きな木箱を持っており、それが俺の注文した品であることは間違いない。


「ありがとう、ボルロイ。テーブルへ置いてください」


 ボルロイ所長は成人男性の太ももほどもある太い腕で、軽々と木箱をテーブルに置いた。その動きとは裏腹に、木箱の中には相当な重量の品が入っていることが窺える。


 木箱を置いてボルロイ所長が下がっていく。マルタさんは木箱を回転させて正面を俺の方へ向けると、ニヤリと口元を緩めながら木箱の上蓋をゆっくりと開けていく――。


「おぉー!」


 木箱の中に敷き詰められていたのは大量の無属性魔石だ。


「どうですか、シュバルツさん! 連絡を受けてからすぐにフィルトニア諸島連合国より輸入した魔石たちです」


「本当にありがたいですよ、マルタさん」


「王国内の市場はまだまだ落ち着くことはないと思います。迷宮討伐の先陣を切っていた“覇王花”がいなくなり、冒険者への風当たりも強くなった以上、無属性だけでなく属性魔石の流通も滞ることでしょう」


 “覇王花”の反乱に傘下の冒険者クランが多数関与していたため、冒険者に対して転送管理棟の利用許可の配布禁止や、緊急性や重要度が高い依頼が総合ギルドに回らなくなっていた。


「無属性魔石の確保、難しくなりそうですか?」


「国内の採取量は間違いなく減りますが、ヤミガサ商会とその傘下の商会が多数捕縛されましたので、もう少し時間が経てば供給量が増えて安定すると思いますよ」


「それまでは国外からの輸入に頼るしかなさそうですね。自分でも迷宮へ潜ろうかと考えているのですが、近いところに手頃な迷宮ってありますかね?」


「そうですね……いっそのこと、フィルトニアに渡ってみますか? 大小様々な小島で構成されたフィルトニア諸島連合では、迷宮の暴走スタンピートによって島の住人が全滅することが珍しくありません」


暴走スタンピートって、そんなに頻繁に起こるものではないですよね?」


「そうなのですが、フィルトニアには生贄信仰がありまして、わざと迷宮を暴走させて、島一つを魔獣の巣にすることがあるのです」


「わざと――?」


「えぇ、魔獣たちは海を渡れませんから、奴隷や犯罪者を迷宮に喰わせ、溢れ出た魔獣を海岸線で狩るのがフィルトニアの伝統的な狩猟方法なのです」


 フィルトニア諸島連合国――海洋都市アマールから大型船舶で南下すること二週間、もっとも北側に位置する船上都市ビグシープに着くことが出来る。


 船上都市ビグシープは大小二〇〇隻前後の船舶が群れをなし、一つの島となって居住環境を形成している。ビグシープはフィルトニア諸島連合国の玄関口であり、諸外国との商取引を行う貿易港だ。

 クルトメルガ王国の商船がフィルトニアの領域に入ることが出来るのはこの船上都市までで、実際の島々に上陸するためには正式な入国手続きが必要になる。


 迷宮の魔獣で溢れる小島は、ビグシープからさらに二日ほど南下したところに一つ、他にも五ヵ所ほどあるらしいのだが、実際には外国に知られていない迷宮がいくつかあるはずだと、マルタさんは話してくれた。


 迷宮をわざと暴走させ、地上に溢れ出た魔獣や亜人種を狩る。普通に考えれば危険極まりない方法なのだが、フィルトニアがこの方法をとることにはいくつか理由が存在した。

 それは――フィルトニア諸島連合国は国内の様々な需要を国産だけで賄うことが出来ず、国外――特にクルトメルガ王国や、その近隣国との交易が必要不可欠なこと。

 そして、諸外国と取引をするための有力な国産品がフィルトニアはなく、どの国・地域でも不変の価値を持つ魔石の採取に頼らざるをえなかった。


 だが、迷宮を安定して攻略し続けるのは難しいし、討伐してしまえば一時的に収入源が消滅してしまう。迷宮の跡地には魔力水の水脈や魔鉱石の鉱脈が生まれたりはするが、そこを開発して整備し、商品として出荷出来るようにするためには多大な時間と資金が必要となる。

 フィルトニア諸島連合国の議会はその開発に時間と資金を費やすよりも、不必要な人材を有効活用し、最低限の危険性と労力で魔石を手に入れる方法を選択した。


 それが――迷宮の畜産化だ。


「しかし、言うのは簡単でも、実際には手に負えない場合も出てくるんじゃないですか?」


 話を聞いて自然と湧き出た疑問だ。暴走スタンピートを実際に見たことはないが、人に制御できる程度のものならば、そもそも暴走などとは言われないだろう。


「その通りです。それに、フィルトニアは国内のギルドで登録している冒険者以外の迷宮探査を認めていませんし、採取した魔石はすべて冒険者ギルドへ卸すことが義務付けられております」 


「それだと……俺が行くのも無理じゃないですか?」


「フィルトニアが今だ管理している島はその通りです。ですが……暴走を制御しきれず、廃棄された島があるのです」


「廃棄された島?」


「はい、我々の間ではそこを――“迷宮島”と呼んでいます」


 そう言って口角を上げるマルタさんの目には、普段はあまり見せることのない商売人としての眼光が宿っていた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] >フィルトニアが”今だ”管理している島はその通りです 「未だ」ですね。 しかし、ここに入れる必要はないような気がしますが。 「フィルトニアが管理している島はその通りです」でいいと思う…
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