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“覇王花”が起こした反乱から落ち着きを取り戻したクルトメルガ王国だったが、俺は相変わらず海洋都市アマールでカーン王太子たちと共にゼパーネル家本宅で過ごしていた。
王城の再建が終わるまではまだまだ時間が掛かる。ゼパーネル宰相もアマールの護衛船団本部に執務室を用意し、アシュリーを教育しながら王都と連絡を取り合っている。
カーン王太子やアーク王子の護衛が今の俺の仕事だが、今のところ刺客がやってくるとか監視されている気配などはない。ゼパーネル邸にはAN/GSR-9 (V)1(T-UGS)やスパイカメラを設置し、不審な動きがあればすぐに判るようにしてある。
他に新たな緊急対応手段を投入したことで、俺はゼパーネル邸に閉じこもっている必要がなくなり、ある程度の自由時間を手に入れていた。
その時間を使い、今日も射撃演習場に来ている。市街地エリアの大通りを挟んで建ち並ぶ平屋建てを、一軒ずつ調べているのだ。
その収穫は余りにも多かった。
まず、住宅内の家具はすべて実際に使える物として存在している。クローゼットを開ければ、中にはジャケットやワイシャツにズボン、ネクタイ、ブーツ等々、男性物ばかりではなく、女性物が詰まったクローゼットも見つけた。
収納家具を開ければ小物に貴金属に日用雑貨、薬箱の中には見覚えのある頭痛薬まで見つけた。
書棚に納まる書籍はすべて開くことが出来たが――読むことは不可能。
それは最高級モーターハウスであるコンチネンタルのワインと同じで、アルコール度数を示す数字こそ見慣れたアラビア数字だったが、原産地などが書かれた文字はすべてモザイクで読むことが出来ないのだ。
自動翻訳機能も働かず、前の世界の知識を文字として再確認することは出来ないようだが、図鑑や写真集は問題なく見ることが出来た。
この辺りまではコンチネンタルの設備で予想が出来ていたが、もっとも興味が湧いたのは家電だ。
TVの電源を入れても砂嵐だったが、電源が入ることがまずおかしい。コンチネンタルの照明が点き、システムキッチンが動いていた時点で気づくべきだった。
現実化した家電は電源の代わりに燃料ゲージを保有し、それがなくなるまでは電気を必要とせずに稼働させることが出来る。
そして、燃料ゲージはCPによって回復させることが可能。つまり、射撃演習場から持ち出した家電は、俺が使う限りならば燃料ゲージを回復させながら使うことが出来るわけだ。
だがまぁ、映らないTVを持ち出しても意味はないが――。
「懐かしいなこれ……」
――TVラックに入っていたDVDは別だ。題名は読めなくともパッケージを見れば何のDVDかはすぐに判る。再生デッキとTVがコードで繋がっているのを確認し、DVDを差して再生ボタンを押す――。
それは古い映画のDVDだった。忘れかけていた前の世界の活気が思い起こされたが、不思議と悲しくはない。すでに俺は今の世界で生きていくことを決めているからだ。
映画を見終えることなく停止ボタンを押し、次のエリアへと移動する。
市街地エリアで得た物は多かったが、探索が終わることはない。この射撃演習場はプレイヤーの操作によって施設の構成を自由に変更できる。
デフォルトの構成は野外射撃場、屋内射撃場、キルハウスと呼ばれる演習小屋、それと移動用車両の運転練習をする野戦場の四つ、これが孤島の分割されたエリアに建っている。
だが、VMBの舞台は過去の世界大戦をモチーフにした戦場ばかりが採用されているわけではない。世界を揺るがした大テロ事件や人質事件、敵対国の重要施設、近未来設定の宇宙衛星や地球外生命体との戦闘を主とした仮想エリアなど、様々な舞台が存在した。
そして、この射撃演習所もそれらの舞台をモチーフにした演習小屋――という言葉では収まりきらない大きさの、演習エリアを設定することが可能だ。
例えば大型ショッピングセンター、ハイスクールの校舎、巨大ケミカルプラント、超高層ビル、飛行場+ジャンボジェット機、ミサイル発射基地等々、挙げればきりがない。
本来この機能は設定した演習エリアにAIボット――CPU操作の模擬エネミーを配置し、模擬弾を使用して所定のコースを駆け抜けるタイムアタック、無限に湧き出るAIボットを倒し続けるキルゾーン、AIボットの監視網に見つかることなくゴールまで移動するスニークなど、いくつか用意されたルールに従ってスコアやタイムを競うものだ。
AIボットの配置は今でもできる。特に消費する物はなく、射撃演習場の構成変更もデメリットなどはない。
何度目かの構成変更を行い、持ち出せる物、持ち出せない物を確認していく。今新しく設定したのは大型ショッピングセンター。ちなみに、ジャンボジェット機は持ち出せなかった。飛ばすことは出来たのだが、飛行機なのでガレージには入らず、どう意識してもインベントリに収容も出来なかった。
大型ショッピングセンターは天井が高い平屋建てで、とにかく広い。射撃演習場の探索を始めて、最初に調べたのもここだった。
様々な海外ブランドショップがテナントスペースに並び、服飾・宝飾系ショップに時計やインテリア雑貨に生活雑貨、文房具にホビー、音楽、映像、スポーツ用品と、あらゆるショップが入っている
フードコートには懐かしのバーガーショップやコーヒーショップらしき看板が見え、お菓子やドーナツにケーキとスィーツ関係も穴がない。
そして、俺の興味をもっとも引いたのは――。
そのテナントスペースが視界に入ったとき、黒服の内ポケットが小刻みに振動した。久しく忘れていたその感触を意味もなく楽しみつつ、ポケットに手を入れて取り出し、緑色のボタンを押して耳に当てる。
「もしもし――」
『あっ、シュバルツ? わたし――アシュリー、聞こえる?』
「大丈夫、聞こえているよ」
『よかった、そろそろ家に戻るわ』
「判った、迎えに行くよ」
『うん、ありがと。それと、宗主様がアイスとジュース持ってきてッて』
「りょーかい、いくつか持っていこう」
『お願いね、待ってるわ』
――通話が切れ、俺も再度ボタンを押して終了する。
そう、俺は目の前のテナントスペースに陳列されているプリペイド携帯電話を手に入れ、遠隔地とのリアルタイム通信が行えるようになっていた。
ただし、その形はTSSと同じスクリーンタッチ式でも、タブレット型のスマートフォンでもなく、前の世界では既に廃れたガラケーと呼ばれるボタンタッチ式の携帯電話だ。
このタイプを選んでいるのには明確な理由がある。他のタイプでは文字が読めず、アシュリーたちが使えないのだ。もちろん俺も読めないのだが、“ソレ”を知っているから文字が読めなくても操作ができる。
だが、数字は読めるし理解するのも単純だ。新品の箱を開ければ携帯の番号が記載されているし、一四桁の番号を入力して通話ボタンを押せば繋がる。
使用すれば僅かに燃料ゲージが減少するのだが、俺ならそれを回復させることが出来るし、フルゲージで数十時間は連続通話ができる減少速度だった。
それでも持ち出した台数はまだ少ない。今渡してあるのはカーン王太子、アーク王子、アシュリー、ゼパーネル宰相、そしてバーグマン宰相の五人。
王太子と王子との緊急連絡手段を確保し、王都とアマールの直通連絡手段としてのみ、使っている。
決して――迷宮の奥深くにいても、クルトメルガ王国のどこにいても、射撃演習場や個人ルームにいても、いつでもアシュリーの声が聞けるホットラインを作りたかったわけではない。
未開封のプリペイド携帯の箱をインベントリに収納しつつ、フードコートに向かってアイスとジュース、プラスしてシャルさんに強請られるであろうビールやお菓子を箱で回収し、射撃演習場からゼパーネル邸へと転移した。
12月はスーパー忙しいので、更新期間が間延びするかも




