249
11/23 会話文を差し込み間違えたので修正
バルガ公爵の居城であるバルデージュ城内の倉庫を借り受け、そこに模写魔法陣を稼働可能な状態で敷設し、LVTP-5を召喚して射撃演習場へと転移した。
「――っ!」
転移した直後に目の前に映ったのは、長剣と角材を武器に構える“君影草”の二人だった。
転移の出口となる模写魔法陣からすかさずスライドジャンプで後方へ飛び、オーバーコートの内側よりFive-seveNを引き抜いて構えながら着地――トリガーに指が掛けたところで動きを止めた。
「まっ――待ってください!」
武器を構えていた二人は両手を上げ、長剣と角材を地面に落として戦闘の意思がないことを示していた。
両手を上げろ! などと言った覚えはないが、降参の意思表示というのはどこの世界でも同じなのかもしれない。
Five-seveNをショルダーホルダーに戻して、立ち上がる。
どうやら、“君影草”の二人は転送魔法陣からの転移を監視していたようだ。二人には転移させたメイドや従者たちの状況、現国王やアシュリーがどこにいるのかを確認し、模写魔法陣をインベントリへと片付ける。
同時に、バルデージュ城に敷設した模写魔法陣とリンクする転送魔法陣を敷設し直し、これで戻る準備は完了した。
メイドと従者たちは現国王たちとは別の建物で待機しているらしく、そちらには“君影草”の二人が、現国王たちは俺が呼びに行くことにした。
射撃演習場の市街地エリアは海外の住宅地をモチーフにした区画で、大通りを中心に住宅が建ち並ぶエリアだ。住宅と言ってもリアルなのは側だけ、内部は大きめの家具だけが設置されており、小物や食器などは一切ない――そのはずだった。
集音センサーから聞こえてくる声と、マップに浮かぶ光点を頼りに市街地エリアを歩いていくと、どことなく違和感を覚える。
俺が落ちた世界――オルランド大陸、クルトメルガ王国の街並みとこの市街地エリアの街並みはあまりにも違いすぎたため、このエリアを使用して射撃練習や立ち回りの確認を行うことはなかった。
まして、住宅の中など入る理由がない。
「アシュリー、今戻った」
“君影草”に聞いた平屋建てに入り、光点が集まるリビングキッチンへ向かうと、最初にアシュリーが俺に気づき――。
「あっ、シャフト! よかった、無事で――」
リビングと繋がるダイニングに立っていたアシュリーが駆け寄り、俺の胸に飛び込んできた。
「あぁ、無事だ。この通り、“大丈夫”」
俺の背に回されたアシュリーの両手に応えるように、俺もアシュリーを強く抱きしめ――。
「貴公、陛下の御前でゼパーネルの娘と通ずるとは……実力もさることながら、本当に良い度胸をしておる」
アシュリー頭越しにアイランドキッチン前に置かれた椅子に座る、近衛騎士団のサイラス団長と視線が重なった。
俺の首元に顔を埋めるアシュリーの頭を撫でながら、視線をキッチンからリビングへ動かすと――。
そこには現国王を挟んでソファーに座る王妃たちに、一人掛けのリビングチェアに座るバーグマン宰相。
「無事に戻ったようだな、転送管理棟はどうなった」
ソファーに腰を沈める現国王の傷は既に治療され、地下神殿で助けた時に着ていた服は別のもの――。
あれは前の世界では普通のTシャツにズボン……あんなものどこに……いや、それよりも現国王に問われて無視するわけにもいかない。
「痛み分け……といったところかと、建物は無事ですが、周囲はかなり破壊されています」
「そうか……だがこれで、フェリクスとキリークは王都から離れ、最も重要な転送管理棟も奪還できた。くっくっく――ロベルト、本当に凄いな」
「陛下、彼がこの国に落ち――来たことは本当に奇跡ですよ」
「そうだな、それはお前の頭を見れば疑う余地がない」
「うっ――」
現国王の言葉に思わず手が頭部に伸びるバーグマン宰相だったが、それを見て二人の王妃たちが静かに微笑んでいる。
「転移の準備はできておるのか?」
「えぇ、城塞都市バルガに本陣を構え、陛下が戻られるのを皆が待っております」
「ならばすぐに戻ろう。先に二人を頼む」
「はっ――アシュリー」
抱きついたまま動かないアシュリーに声を掛け、王妃二人とサイラス団長の案内を頼む。
王妃二人とサイラス団長はリビングキッチンを出て行ったが、現国王とバーグマン宰相は細かい相談事でもあるのか、なにやら小声で話を続けている。
『それで、この本の文字は全く読めないのか?』
『解読も不可能でしょう。文字というよりも絵に見えます』
『この小箱と並べられた柔らかい突起は何に使うのだ?』
『ふむ、足裏のツボを刺激するものでは?』
『このカップに描かれている動物の絵は、クルトメルガの技術で再現可能か?』
『職人に見せてみないことには……陶器への彩色技術は発展の一途ですが、この形をどのように焼き付けているのかまでは……』
テレビのリモコンとキャラ物のマグカップ持って何を話しているんだ……いや、それよりも! なんでリモコンとかマグカップがここに……。
移動する準備をしつつも、小声で話し合いを続ける二人から視線を外し、改めて住宅内を見渡すと、見覚えがあるのに全く見たことがない小物が溢れていた。
それらはすべて前の世界では当たり前だった小物――テレビのリモコンを始め、テレビラックにはDVDやブルーレイが何本も立てかけてあり、キッチンには多数の食器や調理器具、壁面には空調機のパネルに固定電話――。
考え直せば、移動用車両であるコンチネンタルの車内設備がこの世界でも使用できる――飲める現実な物となっていた。となれば、射撃演習場に立ち並ぶ住宅も、家具のみならず粗いフェイクグラフィックでしかなかった小物まで、正確に再現されてそこに存在していてもおかしくはない。
「シャフト、この反乱を鎮圧したら、またここへ連れてきてもらえるか?」
やっと動き出した二人がリビングから出る間際、バーグマン宰相が寄って声を掛けてきた。
「……理由を伺っても?」
外へ歩いて行きながら話を続ける。
「ここはクルトメルガ王国でもオルランド大陸でもない、それは間違いないな?」
「……えぇ、概ねその通り」
「『枉抜け』の知識を教えろとは言わんが、見せて貰えれば知ることが出来る。伝えることが出来る。キリーク王子の反乱によってクルトメルガは危機を迎えておるが、こんなものに王国の歩みを止められるわけにはいかぬ。陛下を始め、国を導く者は目の前だけを見ているわけにはいかぬのじゃ」
「国を導く者は考えること多くて大変だ――」
「なにを言うか、シャフト。いや、シュバルツ、お主はすでにアシュリーの伴侶候補として陛下に認知され、此度の働きで魔導貴族の多くが認めることになるじゃろう」
「――えっ?」
「それはそうじゃろう。一国の王族と宰相を襲撃から守りきり、国王陛下の命すら単独で救出した者に何もないはずがあるまい。シュバルツとシャフトで分かれてはおるが、それぞれの功績を見ても十分な働きじゃ」
前を行く現国王もこちらに振り返り、無言で一つ頷いて口角が上がる。
「ユキはお主のことを認めておるのだろう? アシュリーも先ほどの様子を見れば嫌がりはしまい。『枉抜け』がどこへ行こうと自由にさせよと言われておるが、王国に留まる可能性を無下にすることもあるまい」
再び前を向く現国王だが、その歩みは力強く。続ける言葉には強い意志が感じられた。
「だが、まずは馬鹿息子の後始末だ」




