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地下神殿の最奥の部屋、迷宮の玉座の間としか見えない空間で、俺は“覇王花”のサブマスター、フェリクス・メンドーザと激突した。
共に相手を倒すつもりの一撃を放ち、俺は視界を覆いつくす雷光の塊――雷龍の顎に飲み込まれた。
視界は遮光機能が作動しても見通せないほどの眩い光に覆われ、集音センサーは龍の咆哮の如き雷鳴によって機能不全に陥っていた。
視界が回復し始めるまでどのくらいかかっただろうか? 五分か、一〇分か、もしかするとほんの数秒の事だったかもしれない。
どうやら……生きているようだ……。
平衡感覚を失い、まだ続く耳鳴りに嫌気を感じながら膝を折る――おでこを床につけ、土下座のようにして体全体を確認する。
CBSで胴体を中心に頭部や足を守ったが、シールド耐久値はゼロを示し、再使用可能になるまでのクールタイムに入っていた。
だが、CBSのおかげで命だけは助かったようだ……。オーバーコートやドイツ親衛隊の黒服はボロボロに破れ、露わになった素肌は真っ赤に爛れて酷い火傷になっている。
頭部にも違和感がある――これは髪が殆ど焼け焦げたのだろうか。火傷の熱を感じながらも、髪があることを感じない。
しかし、最も酷いのは両腕だ。
GE M134 Minigunを両脇に抱えていた俺の両腕は、視界のどこにも存在していなかった。
フェリクスの一撃によってGE M134 Minigunごと炭化し、ハラハラと崩れて舞い散った。
無感情にその様子を見つめていたが、その無防備な行為のマヌケさを突然理解し、視界に浮かぶマップを注視し、小さくなっていく耳鳴り以外の音を探った。
フェリクスはどこへいった? やったのか?!
マップには動く光点は一つもいない。俺以外の誰かがこの玉座の間にいる音も聞こえない。
まだ力の入らない全身をムチ打ち、なんとか視線を正面へと向けてフェリクスがいたはずの場所を探る――。
そこにあったのは――大量の出血を思わせる血の池と、川の流れのように玉座の奥へと続く血の帯だった。
あいつも生き残ったか……。
死体がないということはそういうことだ。出血の量を考えれば、相当な深手を負わせたのは間違いない。その状態で玉座の奥へ向かった理由を確かめなければ――。
段々と体を動かすことが楽になってきたことを感じながら、ゆっくりと体を起こす。
非戦闘状態での時間経過により、俺の体はあらゆる傷を癒し、再生する自然治癒力が発動する。両肩周辺には光の粒子が漂い、細胞の一つ一つが急速に再生し、筋肉繊維が触手のようにうねりながら体内組織を構成、光の粒子は結合して骨となり、失った両腕が元通りになっていく。
全身を包み込むように現れた光の粒子が体中の火傷も癒し、頭部がムズムズとかゆく感じるのは頭髪が再生している証拠だろう。
時間をかけてゆっくりと再生していく体を感じながら、改めて玉座の間全体を見渡す。
あれだけの攻撃が放たれたにも関わらず、玉座の間には傷一つついていなかった――いや、フェリクスとの戦闘中に何度か床や壁が抉れるのを見た。その全てが俺と同じように修復されている。
間違いなくここは迷宮――となると、玉座の裏にある小部屋は台座の間か。
両手が再生され、体全体を触って異常がないかを確認し終えたところで、インベントリからFive-seveNとマガジンを取り出し弾薬を換装する。小部屋には光点もないし物音一つ聞こえてはこないが、念のための用心である。
小部屋へと続く扉はシンプルな木製のドア、ドアハンドルに鍵がかかっている様子もない。
静かにゆっくりと捻り、僅かに開けた隙間にFive-seveNの銃口を差し込み、中を窺う――。
「――そういうことか」
石壁に囲まれた小部屋にあったものはたった、一つの転送魔法陣だった。
フェリクスがキリークをここに向かわせた理由はこれか。転送魔法陣が繋ぐ先がどこかは判らないが、出口となる模写魔法陣がこの場にないこと、ここが王家の男子かゼパーネル宰相しか入れない地下神殿であることを考えれば、この場所は王か王位継承者をもしもの時に城から脱出させる避難路としての役目も担っていたに違いない。
転送魔法陣が繋ぐ先は王城からだいぶ離れた場所のはず、でなければ脱出の意味がない。魔法陣の魔紋に光が灯っていないところをみると、出口側で使用不可能な状態にしたようだ。これで追撃することも不可能……。
だが、“覇王花”の頭と最大戦力を王都から引き離すことが出来た。一度は勝利を手にしたかに見えた“覇王花”の反乱は、二人の先導者を同時に失い一気に鎮圧へと舵を切り直すことだろう。
小部屋から玉座の間に戻ったところで、自分の服装がボロボロであることを思い出した。TSSの起動を意識し、アバターカスタマイズを開いて衣装を選択し直す。足りないものはSHOPで購入し、装備品も補充しておく。先に地上へ向かわせた現国王を追い、玉座の間を離れて歩き出したが、ついにこの時が来てしまった。
「CPがもうない……」
VMBをプレイし続けた三年間、そしてこの世界に落ちてから魔石を変換して手に入れてきたCPだったが、坑道の迷宮討伐からここまで殆ど無補給で進んできた上に、マテリアルBOXでの散財に銃器や支援兵器の追加購入等々、湯水のごとく使い続けてきた。そのことに後悔はない……だが、早急に無属性魔石を買い集めてCPに変換しないと、今後の活動や戦闘が大きく制限される。
“覇王花”のヤミガサ商会が、傘下の商人たちに王都周辺の無属性魔石を買い占めさせていたが、それは商会長のダイカンを捕縛したことで鎮静化するかもしれない。
だが、〈血統スキル〉の中には俺と同じように無属性魔石を燃料として必要とするものがあると判った以上、今後も品薄状態が続く可能性もある。
買い集めることが難しいとなれば――自分で稼ぐしかないか。
「これが終わったら、どこかの迷宮に篭らないとダメだな……」
ため息混じりに一言こぼし、視界に映った光点を追って進む速度を速める。それが現国王を示す光点なのは間違いないが、動いてはいない。地上までもう少しの場所だが、怪我か疲労で足が止まったか?
銃口を下げていつでも構えられる状態を維持し、一応の警戒をしながら進むと――。
「陛下、大丈夫ですか?!」
現国王は真っ暗闇の一本道で座り込み、壁に背を預けて座り込んでいた。
「お主は“黒面の――いや、枉抜けのシュバルツ”だな――?」
「はい、陛下」
「馬鹿息子とフェリクスはどうなった?」
「共に深手を負わしたと思いますが、玉座の奥にある転送魔法陣で飛びました。あれの繋がる先はどこでしょうか?」
現国王に肩を貸して引き起こし、ゆっくりと地上を目指して歩き出す。現国王の吐く息は弱く、激戦の結果を思わせるボロボロの服からは大量の血が滲み出ている。
ここまで来る間に治癒魔法で癒せなかったのかと思ったが、首にはバーグマン宰相たちと同様に魔力攪乱リングが嵌っていた。
「あれが繋がるのは王都から南東二ヵ月の距離にある森の中だ。守り役は二人のみ、そこからは海に出ることも、北上しながら他国へ渡ることも可能な場所だ」
「やはり、脱出路ですか。ですが――」
「あぁ、その通りだ。馬鹿息子とフェリクスは王都を離れた。外はどうなっておる、ロベルトやミリニア、クレアは助けたのだろう? ユキとカーン、アークは無事か?」
「えぇ、ご無事です。バルガ公爵と共にフライハイトを脱出させたのち、“覇王花”への反攻の一手として、転送管理棟の奪還に出ています」
「そうか、ならば我らもそこへ向かうのが得策だな」
「はい、私は王城を脱出し、転送管理棟を目指します。しかし、陛下にはもっと安全な場所へ退避して頂きたく」
「安全な場所? フェリクスをも退けるお主の傍よりも安全な場所がどこに? それに、ユキもカーンもここに居らぬなら、お主はどうやって地下神殿に下りてきたのだ」
「社の封印はアシュリー・ゼパーネルに解いてもらいました。安全な場所については、外に出てからご説明いたします」
「アシュリー……そうか、次期ゼパーネルが助力したか」
お互いに疑問を解消できたところで、地下神殿から社まで戻ってきた。視界に浮かぶマップに不審な光点がないことを確認し、社の外に出てLVTP-5を召喚する。
「これが『枉抜け』の力か……」
現国王はそれだけ呟いたが、それほど驚いている様子はない。『魔抜け』や『枉抜け』について正しい知識を持っている現国王は、実際に〈スキル〉でも〈魔法〉でもない召喚プロセスに興味が湧いただけのようだった。
「陛下、まずは転送魔法陣で安全な場所に飛んでください。バーグマン宰相や王妃たちもそこで待っております。現地にはアシュリーや“君影草”もおりますし、何名かのメイドたちも避難させています」
「転送魔法陣か……たしか、領土外で手に入れた魔法陣の特別使用許可を与えたものだったか。しかし、“覇王花”の反乱は早急に鎮圧せねばならぬ。一時避難したとして、どのくらいで迎えに来るつもりだ」
現国王は物珍しそうに転送魔法陣だけが敷かれているLVTP-5の内部を見渡し、タラップを上がっていく。
「転送管理棟の状況にもよりますが……城塞都市バルガに飛んだ後、そこに本陣を構えて模写魔法陣を敷きます」
「それなら、そう時間は掛からないな。ユキが出たのであろう? 転送管理棟が機能を維持したまま残っておるかどうかの方が心配だ――」
苦笑しながら現国王は振り返り、改めてLVTP-5の周囲を見渡してそっと囁くように言葉を加えた。
「――お主の助力に感謝する」
現国王はそれだけ言い、俺の返答を待たずに転送魔法陣に血を垂らし、射撃演習場へと転移していった。
一国の王が対等な立場――他国の王族などではなく、一介の男に向けて感謝の言葉を口にする。それがどれほど大変なことか、前の世界の現代に生きていた俺でも理解できる。
現国王は俺を『枉抜け』と知って対等な立場として見てくれたのかもしれないが、もしもキリークやフェリクスの前でその態度をとっていれば、奴らに“黒面のシャフト”の――俺について決定的な情報を与えるところだった。
バイシュバーン帝国は〈血統スキル〉持ちを駒の一つとして扱っていた。それは裏を返せば、駒が――〈血統スキル〉持ちが豊富に存在することを示している。
LVTP-5をガレージに戻し、王城を脱出して転送管理棟へと向かいながら思い返す。王城やフェリクスの傍にはシリル第四王女の姿がなかった。きっとどこか別の場所に……例えばバイシュバーン帝国に連れられたのではないか?
フェリクスとの初激突となった怪盗“猫柳”が絡む王競祭での一件では、ドラーク王国のコルティーヌ第一七王女の存在が判明し、彼女はバイシュバーン帝国から妃として嫁ぐことを要求されていた。
最初はドラーク王国を属国化するための条件の一つだと考えていたが、その裏にはドラーク王国の〈血統スキル〉を手に入れる意図があったのは間違いない。
かつてドラーク王国も自国内で魔抜け狩りを行い、『枉抜け』の血と智を欲した。
だが、バイシュバーン帝国は自国内では飽き足らず、他国を征服しながら〈血統スキル〉持ち、その家系の娘を集めていった――いや、集めるために他国を征服したのか?
どちらが先で、本当の目的なのかは判らないが、バイシュバーン帝国の目的は見えてきた。
しかし、“覇王花”の目的は一体……そういえば、現国王は何か心当たりがあるようなことを……迎えに行ったときにそれとなく聞いてみるか。




