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「君の力が必要だ」
カーン王太子がそう言い、ゼパーネル宰相とバルガ公爵と共に俺へと視線が集まる。
「しかし殿下、それにゼパーネル宰相。いくらシュバルツ君が“黒面のシャフト”だったとはいえ、陛下の救出を彼だけに任せるのは荷が重すぎるのでは?」
バルガ公爵は、この場で俺が『枉抜け』だとは聞かされていない。だが、ラピティリカ様か事前の調査などで、俺――シュバルツが『魔抜け』だとは知っているだろう。
バルガ公爵の認識では『魔抜け』と『枉抜け』の情報が正しく認識できていないかもしれないが、〈血統スキル〉の持ち主だとは理解しているはず。
だが、その〈血統スキル〉だけで現国王を救出しろというのは確かに無理がある。バルガ公爵はそう言いたいのだ。
それに、王一人を救い出せばいいのか? 王妃などの他の王族は?
バーグマン宰相も王城にいるはずだし、仮に救出に成功したとして、残された近衛騎士団には決死隊になれとでも言うのだろうか。
「殿下、それに宰相閣下。私に出来ることであれば力を尽くしますが、公爵閣下のおっしゃる通り、私一人ではできることに限りがあります。具体的に……なにをせよと?」
「逆に問おう――“枉抜けのシュバルツ”。君の力で何ができる? いや、どこまで救える?」
カーン王太子はじっと俺の目を見つめていた。ソファーに身を沈めた病弱でやつれた体からは、そうとは思えぬほどの存在感を感じる。
横に座るゼパーネル宰相も、カーン王太子の問いになにも付け加えるつもりはないようだ。うっすらと笑みを浮かべながら、俺がどう答えるのか――それを楽しんでいる節さえ感じる。
俺の力――つまりはVMBの力で何ができるか…。いや、王太子が望んだのは救いだ。俺に王城で戦う者をどこまで救えるかと聞いている。
どこまで救える……どうすれば救える……。
現在保有している銃器・兵器・移動用車両、それらを使うためのCPの残額。この世界で手に入れた魔石や――それに、VMBのシステムと同化した俺の体。
王城で戦闘を繰り広げているのは“覇王花”の本隊と現国王を筆頭とした近衛騎士団。王城には兵士の他に多数の従者もいる。そのすべてを連れて逃げることは不可能だ。
とすれば――“覇王花”側を全滅させるか? クランマスターであるキリーク第二王子もその場にいるはず、サブマスターのフェリクス・メンドーザもいるのは判っている。二つの頭をつぶせば、この反乱を一気に収束に向かわせることができるはず――だが、ターゲットが明確なだけで確実な手段がない。
ならば――それぞれを半分ずつ達成することを目標にすればどうだ?
「判りました。殿下が望む最大は無理でしょうが、私ができる最大を目指して行動させていただきます」
「君に任せよう。ゼパーネルもそれでいいね」
王太子が横に座るゼパーネル宰相に視線を向け、それに宰相も頷いて俺へと視線を向ける。
「クルトメルガ王国は『枉抜け』に何も強要はしないのじゃ――それがあの御方が最も望んでいたこと。お主が無理だと判断すれば、その時点ですぐに撤退するのじゃ。結果的にどうなろうと、妾たちは何も言わぬ、言わせぬ。フランクも心して聞くのじゃ、『枉抜け』の力を欲して束縛してはならぬ。力を借りたいと願うのはいい、ただしそれは対等でなくてはならぬ」
「心得ておきます」
「結果がどうなろうとも、今回の君の助力には相応の礼を用意する。晩餐会の会場から脱出させてくれたことも含めてね。だが、どのような形になるかはこの問題が解決してからにしよう。君の助力に見合うものをこちらが用意できるか分らないからね」
「謝礼を求めて行動を起こすわけではありませんが、お互いのためを考えれば――その方がいいかもしれませんね」
そう――その方がいい。俺の力は――同化し続けていくVMBの力は異質すぎる。特に、アンロックされたばかりの迷宮創造は色々な意味で異質すぎる。
手に入れた新しい力――そう言っていいのか判らないが、こればかりは銃器や移動用車両と違う、俺の手に収まる代物ではない……たぶん、使うことはないだろう。
だが、王家の下について力を振るうようになれば、その力をすぐにでも使ってしまう――そんな気がした。そして同時に、自分がリセットの効かない何かに変わってしまう。
そう感じていた。
「公爵閣下、一つお願いがあります」
「なにかな? シュバルツ君」
「もうすぐ“山茶花”が応援に駆け付けるでしょう。その戦力を用いて、転送管理棟を奪還していただきたい」
「転送管理棟を? 確かに、防衛力が低下したこの瞬間なら――しかし、“山茶花”とわずかな警備兵だけで取り戻せるかどうか……」
公爵の懸念はよく判る。転送管理棟は王都とクルトメルガ王国各地の大都市とを結ぶ、転送魔法陣と模写魔法陣を一緒に管理している施設だ。
”覇王花”にとって、ここを押さえておけば王都からの脱出ルートを塞ぐだけでなく、遠方からの兵力転移を防ぐこともできる。
ライネルから得た情報により、“覇王花”は転送管理棟の占拠・防衛を鬼鋼兵中心の編成で行っていることが判っている。
つまり、俺が水晶群晶を破壊したことで、その主力であった鬼鋼兵たちは消滅し、防衛力が弱まっているはずなのだ。
王都の重要施設である転送管理棟を、王城攻めの本隊から部隊が回される前に奪還することができれば、王太子たちの王都脱出も容易だし、王国各地から騎士団を呼び寄せることもできる。
最悪――魔法陣を破壊してしまえば追っての心配や、反乱が王国全土へ広がることを遅らせることもできる。
こちら側が打てる反攻の一手としては、転送管理棟奪還は最善手とも言えた。
公爵が細い目をさらに細くして僅かに逡巡するが、その沈黙を破ったのはゼパーネル宰相だった。
「なら、妾も出るのじゃ。どうせ皆で向かうのじゃ――カーンよ、お主も王太子として、クルトメルガ王家の力を見せるのじゃ」
「いいでしょう。公爵、すぐに準備を――奪還に成功したのち、バルガ領に本陣を構えてシュバルツを待つ」
「畏まりました……ですが、お二方、くれぐれも転送管理棟を破壊しないようお願いいたします。建物は再建できても、魔法陣は修復が効きませんので」
「判っておるのじゃ、王都で大魔法を放つようなことはしないのじゃ」
「公爵閣下、邸宅の倉庫を少しお借りできますか? 王城へ向かう前に、色々と準備をしておきたいので」
「もちろん構わないよ、自由に使ってくれ」
「ありがとうございます。それでは殿下、宰相、私は準備が完了し次第、出発させていただきます」
「頼む」
「シュバルツ、アーちゃんが悲しむような結果にだけはしないようにするのじゃぞ」
「もちろんです」
この後の動きをどうするか、その全てが決まった。
俺が部屋を出ていくのと同時に、家宰のフォルカーさんが公爵に呼ばれて部屋に入っていく。
護衛をお願いするつもりで連れてきたフラウさんたちには申し訳ないが、この状況だ。それに、“山茶花”のクランマスターはシプリア・アズナヴール子爵。
多くの魔導貴族家の娘が修行に来ている山茶花は、対魔獣・対迷宮を主とする多くのクランとは少し違う。
先頭に立ち、民を導くことを義務付けられたのが貴族であり、その貴族すらも導くのが魔導貴族だ。
その魔導貴族であるシプリアがこの状況を見過ごすはずがない。ましてやバルガ公爵の三女ラピティリカ様は“山茶花”で修行をした身――俺がシャフトとして護衛に就いた時に、シプリアは“ラリィに何か起これば俺を殺す”とまで言っていた。
その命の危機が再び訪れている。謀殺されようとしているアーク王子の傍に付き添うラピティリカ様が、事が起こった時に無事でいられるはずがないし、すでにフライハイトで襲われている。
“山茶花”が転送管理棟の奪還への協力を拒否することはないだろう。
邸宅の外へと向かう前にアシュリーに一言話していこうかと足を止めたのと、廊下の向こうから彼女が歩いてくるのが見えたのは同時だった。
「シュバルツ、宗主様たちへの報告は終わったの?」
「一応――ね」
「一応? そう――この後は?」
僅かな月明りが薄いレースのカーテン越しに差し込み、白銀の光に包まれた廊下をゆっくりとアシュリーが近づいてくる。
言葉に詰まる返答に、何かを察したのだろうか。アシュリーの表情は憂いに沈んでいた。
「王城へ行く」
その一言でアシュリーの足が止まる。
「アシュリー、心配しないで欲しい。王太子も殿下も、俺の判断ですぐに逃げていいと言っているし、俺も無理をするつもりはない。王都で起こっている反乱の全てを、俺一人で解決するつもりもないよ」
真っすぐに俺を見ていたアシュリーの視線が窓の外へと向けられる。揺れる赤金の髪が月明りを反射して煌めく。
その輝きに――その横顔に見惚れる――。そしてこちらへ向き直る、先ほどまでの沈んだ表情は消え失せ、何かを決意した目で俺を見つめている。
「私も行く」
「うん――ん? いや、それは危険だ!」
思わず“うん”と答えてしまったが、アシュリーを連れて行くわけには……。
「危険なのは承知――でも、貴方もそれを承知で南部へついて来たはず。今度は私の番よ」
南部――アシュリーがゼパーネル宰相の命で、南部の海を荒らす海賊船団を討伐しに行った時のことだ。俺は自分の意思を押し通してその討伐作戦に追随し、秘かに海賊船団の殆どを壊滅に追い込んだ。
その時のことを持ち出されては、安易に断れそうもない。だが、俺の計画にアシュリーを同行させても危険なだけだ。戦闘距離は合わないし、移動スピードも違う。しかし――。
「――確かに、俺は危険を承知で南部へ行った。今それを理由にダメだというのは、卑怯かな……」
「そうです!」
俺が同行を拒否しないと感じ取ったのか、アシュリーの表情が緩んでいくのが判る。
「それに――シュバルツ一人が王城へ行っても、王城内のどこに誰がいて、誰が要人なのか判らないでしょ? 同様に、近衛たちや王族もシュバルツが誰か判らないから、いきなり行っても混乱するだけじゃない?」
「……その通りだ」
「なら――誰が必要?」
「――君が必要だ。一緒に来てくれ、アシュリー」
アシュリーからの返答はない。ただ――煌めく髪に負けていない、眩いほどの笑みを浮かべた。




