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「シュバルツ!」
バルガ公爵邸の玄関から声を上げてアシュリーが駆け寄って――いや、寄るどころかそのまま俺の胸に飛び込んできた。
「あ、アシュリー……?」
その勢いに、縛り上げて肩に担いでいたヤミガサ商会のダイカンが下に落ち、カエルがつぶれたような声が僅かに聞こえた――だが、それはどうでもいい。
「無事でよかった……あの動く鉄の箱が消えてしまって、何かあったんじゃないかと……」
どうやら、アシュリーに随分と心配をかけてしまったようだ。
「俺は大丈夫だよ、怪我もないしね。それに、俺は君を護り続けると誓った――死んだらそれもできなくなる、無理はしないよ」
「シュバルツ……」
俺の胸に顔を埋めたアシュリーが上を見上げる――その視線の先にあるのは、彼女を見下ろす俺の視線。
二つの視線が重なり、自然とその距離が縮まっていく――。重なるものが視線だけではなくなろうとした瞬間。
「にゃっ、にゃにをやってるにゃーーーっっっ!!!」
後ろからミーチェさんに髪を引っ張られ、降りていく顎が無理やり上を向く。
「ちょ、ミーチェさん痛いです!」
「シュバルツ、恋人とイチャつくのは私たちを案内してからにしてもらえる?」
「シュバルツ~! 最初は冒険者になりたての若者かと思っていたけど、精巧な地図は描くし、黒面被って悪党退治しているし、さらには――次期ゼパーネルを恋人にもつかぁ~、いや~やるねぇ」
マリンダさんがミーチェさんの首根っこを掴み、俺の髪を引っ張るのをやめさせてくれた。しかし、今度はニヤニヤとイケメンな笑顔で俺とアシュリーのことを見下ろしている。
そして俺を追い抜くようにフラウさんが玄関へと向かい、アシュリーに続いて出てきていた家宰のフォルカーさんと話をし始めた。
自分たちが“山茶花”のメンバーであることや、以前ルゥさんとマリンダさんがラリィ――ラピティリカ様の護衛をしていたことなどを話しているのが聞こえる。
「しゅ、シュバルツ、とりあえず中へ……公爵と宗主様が待っているわ」
フラウさんとマリンダさんに言われた言葉に反応したのか、アシュリーの顔は真っ赤に染まっていた。それをみて、ミーチェさんがさらに息巻いて「シャーシャー」言っている……。
ちょっと怖い。
「そ、そうだな。ミーチェさん、マリンダさんも、まずは中に入りましょう
詳しい話はそこで――」
「しっかりと聞かせてもらうにゃ! その泥棒猫との関係をにゃ!」
怒り出すミーチェさんを見て、マリンダさんがケラケラと笑いながらミーチェさんの背を押して邸宅へと歩いていく。
「ミーはお気に入りが取られて悔しいんだよな~。だーから言ったんだよ、飲みにでも誘ってさっさとモノにしておけって」
「う、うるさいにゃ!」
マリンダさんに反論しつつ、ちらちらとこちらを見ながら玄関へと歩いていくミーチェさんの姿に思わず苦笑が漏れるが、俺もいつまでも前庭にいるわけにはいかない。
傍で一部始終を見ていた門番や警備兵たちの視線が痛いしな……。
「アシュリー、行こう」
「――はい」
ミーチェさんたちの後を追い、俺とアシュリーもバルガ公爵邸へと入っていった。
「よく戻ったのじゃ、シュバルツ」
フォルカーさんに案内されて通されたのは邸宅内にあるラウンジルーム。本来は複数人数での歓談に使用される部屋だが、いまはインテリア家具が入れ替えられ、ちょっとした貴賓室のようになっていた。
そこで俺の帰還を待っていたのは、ゼパーネル宰相にカーン王太子、そしてバルガ公爵の三人だ。
「無事に公爵邸へと移動できたようで何よりです」
「君の動く箱のお陰だ」
「説明もなく押し込めるような形になって申し訳ございませんでした、殿下」
「シュバルツ君、フライハイトでのことはある程度ヴィから聞いている。その後君は別行動をとったそうだが、後ろの娘たちがその理由かな?」
「彼女たちとは目的を果たした後、ここへ向かう途中で偶然再会しました。現在我々が置かれている状況から、彼女たちの力が必要だと考え、ここまで同行してもらいました」
「“山茶花”フラウです。後ろの二人は同じく“山茶花”のミーチェとマリンダです」
ラウンジの入り口でミーチェさんとマリンダさんは留まっていたが、代表してフラウさんだけは俺のすぐ後ろに来ていた。
帰還の報告と“山茶花”の面々を簡単に紹介した後は、俺がヤミガサ商会で見てきたこと、そして商会長ダイカンの捕縛などを報告し、バルガ公爵からはヴィが連れ帰ったライネルより聞き出した情報を聞いた。
ライネルは当初かなり口が堅かったそうだが、使用人の地下室で無理やり吐かせたそうだ――いや、今もヴィーが新たな情報を引き出すために手を尽くしている。
邸宅に入ったあたりから、集音センサーは人の声とは思えない叫声を拾い続けている。その地下室には、警備兵の手によってダイカンも運び込まれた。得られる情報量は格段に増えることだろう。
だが、すでにバイシュバーン帝国の介入や第二王子の反乱、“覇王花”と“覇王樹”の関係など、得られた情報量は多い。今回の騒動を引き起こした目的もいくつか判明している。
そしてなにより、初動で劣勢を強いられる最大の原因となった鬼鋼兵を無力化できたことが最大の吉報であり、同時に味方だと信頼できる冒険者、貴族、商人が現時点で極僅かしかいない事実が凶報となった。
ゼパーネル宰相たちはライネルより反乱を起こした目的が王太子と第三王子の抹殺、そして宰相の身柄を確保することなのはすでに把握していた。しかし、その背後にいた帝国と、秘密裏に入国していた皇子の存在には驚きが隠せないようだ。
「フラウと言ったな、お主たちにはこの邸宅とカーンたちの護衛を依頼したいのじゃ、やってくれるか?」
「もちろんです、ゼパーネル宰相」
「助かるのじゃ。シュバルツの言う通り、現状で頼れる即応戦力は“山茶花”しかおらぬのじゃ」
「すぐにクランハウスへ使いを出します。ミーチェ!」
フラウさんは入り口に待機しているミーチェさんに声をかけ、それに応えるようにミーチェさんが一つ頷き、部屋の外へと出て行った。
「アーちゃん、二人をアナちゃんたちの所へ案内するのじゃ」
「はい、フラウさん、それとマリンダさん。私はアシュリー・ゼパーネルです。まずはアナスタシア妃とアーク王子たちが控えている部屋に案内します。ラリィもそこにいますので、そこの警護からお願いします」
報告の間中、アシュリーはメイドの代わりに給仕の仕事をしていた。公爵邸のメイドたちでは不十分というわけではないだろうが、相手は王太子にその妃、さらには永世名誉宰相と第三王子までもが夜遅くに突然来訪すれば、その緊迫した状況を感じ取って満足な給仕など出来なかったのだろう。
アシュリーに連れられてフラウさんとマリンダさんも部屋を出ていき、この場に残ったのは俺と宰相、そして王太子とバルガ公爵の四人だけとなった。
「それで――シュバルツ君。王城の様子は?」
「ここに来る前に遠くから見ただけですが、激しい雷撃と張り合うように火柱や水柱、暴風や土壁など、様々な魔法が矢継ぎ早に放たれていました」
「父上――」
「それだけの属性魔法を放てるのは小僧で間違いないのじゃ」
バルガ公爵の問いに見たままを答えたが、王太子と宰相の反応を見るに、フェリクスと戦っていたのは現国王で間違いないか――。
「宰相、すぐにでも救援に向かうべきです。王が倒れれば帝国に一気に持っていかれます」
「だが、戦力がないのじゃ」
「それは相手も同じでは? シュバルツ君の話が本当なら、あの鋼鉄の騎士たちはもういない。“山茶花”を中心に第四騎士団と合流すれば、王城に残る近衛と挟み込めるのでは?」
「“覇王花”が帝国の手を借りて各所を同時攻撃したのは、本隊の戦力を王城攻めに集中させるためだろう。キリークが他国の兵を王城に踏み入れさせるとは思えない」
「“覇王花”の総戦力は一個騎士団に匹敵、もしくはそれ以上なのじゃ。“山茶花”と分散した第四だけでは消耗戦になれば十分、最悪の場合――全滅もあり得るのじゃ」
「それに、問題は『枉抜け』の存在――」
「『魔抜け』ですか? 殿下」
「いや、『枉抜け』なのじゃ、フランク」
ゼパーネル宰相がバルガ公爵に『枉抜け』のことを簡単にだが説明していく。とはいえ、異世界から落ちてきた何者か――という話ではなく、〈スキル〉の大元となる〈血統スキル〉を持つ者の別名だと話していた。
「なるほど、ドラーク王国の『魔抜け』狩りの秘密はそれですか」
「そして、帝国の狙いもそれじゃ……〈血統スキル〉持ちを駒の一つに使うということは、それができるだけの数を持っているからなのじゃ」
「わたしやアークを殺し、シリルと宰相の身柄を狙う――帝国の目的は〈血統スキル〉で間違いない。それを条件に国内に引き入れるとは……キリークにはその先が見えていない」
「その通りなのじゃ。じゃが、お主たちの安全を確保しつつ、王城へ救援に向かうには数が足りない」
ゼパーネル宰相とカーン王太子、そしてバルガ公爵が話し合いを進めていくが、俺はなんでここに残っているのだろうか……。
「では、一度バルガ領へ引くしかありませんね。殿下たちの安全を確固たるものとし、西方バルガ騎士団と近隣の領から騎士団を出して王都へ戻る」
確かに――王族の安全を確保した上で、今回の反乱を鎮めるためにはそれしかないかもしれない。
「だけどそれでは――」
思わず、残された問題について言葉が漏れる――。
「そうなのじゃ、シュバルツ。だから――」
「君の力が必要だ」
俺がこぼした言葉をゼパーネル宰相が拾い、カーン王太子が繋げ――バルガ公爵を含め、三人の視線がここまで黙って聞いていた俺へと集まった。




