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 冒険者用のローブで縛り上げたヤミガサ商会のダイカン商会長を肩に担ぎ、王都の第二区域を駆け抜けた。

 目指すは第一区域のバルガ公爵邸――晩餐会の会場であったフライハイトから第二区域へ移動したときと同じように、ウォールランで駆け上がり城壁の上へと降り立った。


 王都の中心に建つ王城の空が赤く燃えている。


 王城は堅固な城壁に囲まれているが、遠目に見てもそれが何カ所も崩壊しているのが判る。

 王城の正門へと続く吊り橋前には、多数の篝火が焚かれているのも見える。だが、城門を挟んで戦闘が継続している様子は感じられない。


 すでに正門は突破され、舞台は王城内へと移行しているのか……。


 鬼鋼兵ミニオンを消滅させるのが遅かったか――しかし、鬼鋼兵を何とか出来る保証もなく行動に移したわりには、結果は悪くなかったはず。反乱を起こした“覇王花ラフレシア”の戦力に大打撃を与えたのは間違いないのだから。


 王城とは違う場所に視線を向けると、他にも赤く焼けている場所が何ヵ所か見える。同時多発的に攻撃が行われたのは確実だが、その情勢はさすがにこの場所からでは判らない。


 急ごう――。


 そう思い、視線を城壁の下へと向けた瞬間――王城の空に迅雷が轟いた。雷鳴が轟くごとに王城の外壁が吹き飛び、尖塔が崩れ落ちる――。


 “迅雷のフェリクス”……。


 何故か、その落雷を引き起こしたのがあの男だと確信した。“覇王花”のサブマスター、フェリクス・メンドーザ。


 怪盗“猫柳ネコヤナギ”に狙われた王競祭で、俺は“覇王樹サボテン”からの刺客に襲われた。なんとかその襲撃を躱したが、その直後――俺はアンデッドと間違われてフェリクスと戦った。


 あの時の冷酷な翡翠の目を、俺は忘れてはいない。


 再び眩い光が王城の空に閃き、少し遅れて怒号のような雷鳴が鳴った。


 まだ雷鳴が轟き続けるということは、戦闘が続いている証拠――王城を守る近衛騎士団と“覇王花”が激突しているのだろうか。


 このまま公爵邸へ向かうよりも、王城へ救援に向かうべきだろうか。


 城壁の上で立ち尽くし、王城か、公爵邸か、どちらに向かうか僅かに逡巡するが、見つめる王城で変化が起こった。

 雷鳴ばかりが轟いていた空に、それと張り合うように巨大な爆炎と水柱が立ち上がった。

 次の瞬間には、王城の空を覆いつくす雷雲を暴風が吹き晴らし、崩壊した城壁を塞ぐように土壁が迫上がる。


 誰かがフェリクスと戦っている?


 近衛騎士団か、それとも魔導貴族の誰か――もしくは、現国王本人か。王城の戦況が“覇王花”の一方的な蹂躙ではないことは判った。まだ僅かばかりにも時間があるのなら、情報の入手を優先すべきだろう。


 そう思い、バルガ公爵邸へと向かうために城壁を降りようとした瞬間――視界に浮かぶマップに光点が幾つも入り込み、それが城壁の上で俺を挟み込むように近づいてくる。


「おーっと、動くなよ! 暗闇に乗じて城壁を越えようとしているんだ。誰何なしに攻撃されても文句は言えないぜ!」


「もしかして、“黒面のシャフト”って奴にゃー?」


「“黒い貴公子”」


「不審者を発見したことをマスターに連絡して、マリンダ、ミーチェ、近づきすぎないで」


 この声は“山茶花サザンカ”の女性冒険者たち――マリンダ、ミーチェ、ルゥ、フラウの四人だ。

 フラウさんの指示で城壁を離れていく光点が一つ、俺の知らない“山茶花”のメンバーだろう。


 しかし、どうする。


 坑道の迷宮の玉座の間で、俺はヨーナの姿をとって“山茶花”と激突した。彼女たちとはその時以来だが、その実力の高さは身をもって実感させられた。

 だが、今度はシャフトの姿で再び対峙することになるとは――いや、これは逆に考えれば好機なのかもしれない。


覇王花ラフレシア”、“覇王樹サボテン”、“覇王城シュルドチアーナ”、第二王子を頂点とした奴らの根がどこまで伸びているのか。目に見える地上部分にも、見えない土中のなかにも、その根に絡まれた冒険者や商人、貴族たちの数は計り知れない。


 だが、その根が嫌う者たちがいる――女性冒険者だ。


 王都で活動する冒険者たちはどこで“覇王花”と繋がっているか判らない。だが、彼女たち“山茶花”だけは別だ。参加する冒険者は花嫁修業中の貴族令嬢を含めて女性のみ。今――王都で信用できる冒険者は――“山茶花”しかいないのかもしれない。


「肩に担いでいるのはヤミガサ商会のダイカンよね? どこへ連れていくつもりなのかしら?」


「お前も王城での戦闘に関わっているのにゃん?」


「誘拐」


「さぁ、何か言いたいことはあるかな!」


 城壁の上に張り詰めた空気が流れ、四人の包囲が少しずつ狭まっていくが、俺は彼女たちと争うつもりはない。むしろ――。


「ありますよ、マリンダさん」


 ボイスチェンジャーで変えていた声色を素に戻し、タクティカルケブラーマスクをゆっくりと外し、素顔――シュバルツの顔を向かい合うマリンダさんへと晒した。


「――シュバルツ? シュバルツなのにゃー!」


「こんばんは、ミーチェさん」


 ケブラーマスクを外して最初に反応したのはミーチェさんだった。他の三人もすぐに気づき、漂っていた緊張感が急速にほぐれていく。


「“黒面のシャフト”の正体がシュバルツ……これは一体どういうことかしら?」


「フラウさん、詳しいことは――」


 フラウさんからの当然の質問に答えようとした瞬間――再び王城で雷鳴が轟き、それと張り合うように轟音と共に火柱が噴き上がった。そのあまりの爆音に、城壁の上で見合う全員の視線が燃える王城へと向く。


「――詳しいことは、バルガ公爵邸でお話しします。今は、俺と一緒に来てもらえますか?」


「……わかったわ。ルゥ、貴方はこの場に残り、マスターに状況を知らせて」


 フラウさんの指示にルゥさんが頷き、俺たちは城壁を降りてバルガ公爵邸へと向かった。


 


 


 バルガ公爵邸は静まりかえっていた。だが、敷地の境にはいつもより数の多い警備兵が立ち、巡回警備と門を守っている。

 警備兵たちの表情を見ると、緊張が高まり張り詰めた顔――だが、どこか誇らしげな高揚感を感じているのが見て取れる。


 無理もない。このバルガ公爵邸の中にはクルトメルガ王国の王太子に第三王子、そして永世名誉宰相という最重要人物たちが匿われているのだ。思いがけず訪れた貴人たちを護る栄誉に、心が昂らない筈もない。王都がひっ迫した状況にあればあるほど、この場所を護る意味が高まるのだから。


 公爵邸に近づく俺たちに、門を護る警備兵たちは既に気づいている。決して慌てず、騒がず、警備兵の一人を邸宅へ走らせながらも、巡回警備の警備兵を門前に寄せて即応態勢を作り始めていた。


「そこで止まれ、ここはバルガ領領主、バルガ公爵様の邸宅だ。このような時間に何用で訪れた」


 門番の一人が緊張感にやや震える声で訪ねてきた。


 “山茶花”の四人と合流してから、俺はケブラーマスクを外したままで動いている。シャフトのままで動けば、ラピティリカ様の護衛依頼で訪れたことのあるバルガ公爵邸でも話が通じるかもしれないが、俺が本物の“黒面のシャフト”だと門番に証明する手段がない。

 事前に話がいっている可能性もあるが、黒面自体は王都で偽物が流通している。“覇王花”の刺客が黒面を被って訪れる可能性がある以上、門番も簡単には通してくれないはずだ。


 だからこそ、素顔の肩書で動いたほうが話が早い。


「『大黒屋』シュバルツです。後ろの三人は“山茶花”のフラウ、ミーチェ、マリンダ。そして、この気絶している男は……まぁ、お土産です」


 ヤミガサ商会のダイカンは、俺の肩に担がれた状態でスライドジャンプやウォークランを体感し、気絶した。騒がれても面倒だし、この方が都合がいいので起こしてはいない。


「シュバルツ――話は聞いているが、なぜ“山茶花”が同行している?」


「彼女たちとはここへ来る途中で出会いまして、現状を鑑みるに――警備や護衛の数が不足しているのでは?」


 声量を落とし、囁くように門番の一人へと告げると、門番は一瞬だけ目を見開き、咳ばらいを一つして仕切りなおすように切り返してきた。


「ね、念のため、ギルドカードの提示をお願いする」


 後ろに視線を向けると、ここまで殆ど無言でついてきたフラウさんたちがギルドカードを提示し、門番へと見せ始めた――と同時に、邸宅の正面玄関がゆっくりと、僅かに開く音が聞こえ――。


「シュバルツ!」


 緊張感漂う静かな公爵邸の前庭に、アシュリーの声が響いた。


 玄関扉は勢いよく開けられ、アシュリーが真っすぐに俺のところにまで駆け寄り――。


 トンッ


 と、俺の胸に飛び込んできた。



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