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“覇王花”の精鋭冒険者たちが一斉に動き出す。俺の手には二本のスミス&ウェッソン E&E トマホークしかない。瞬時に別の銃器を召喚できるとはいえ、“覇王花”クラスを相手にするにはその瞬時すら命取りになりかねない。
それに、俺がここ――ヤミガサ商会に来た目的は“覇王花”の頭数を減らすことではない。
斃して行動不能に陥らせると自爆する鬼鋼兵、その厄介な魔道兵器を何とかするために、深く関わっていると考えられるヤミガサ商会へとやって来たのだ。
その予測も当たり、バイシュバーン帝国のスパイと思われる男を鬼鋼兵の生産装置ごとMag-Fed 20mmで撃ち抜いた。
結果、鬼鋼兵を光の粒子へと返還する代償として、護衛に付いていた“覇王花”の冒険者たちに囲まれたわけだが、この後俺がとるべき行動は……。
迫る冒険者たちの内、その先頭を走る二名の軽装戦士に向けてトマホークを二連投――駆け寄る動きに牽制し、後方へとステップを踏むように下がりつつ、軽くジャンプ。
トマホークは難なく弾き返されたが、攻撃すると見せて下がった俺の動きには冒険者たちの動きも僅かに止まった。
百貨店と言ったほうが適切な高層の商館屋上の縁に着地し、距離が取れた瞬間に両手に銃器と特殊装備を召喚――。
「何をするつもりだ、シャフト!」
手元に光の粒子が輝くのが見えたのか、冒険者の一人が警戒の声を上げた。だが、その一声が俺に時間の余裕を与える。
「お前たちの相手をしている暇は、俺にはない」
そう言い捨てて縁の上から一歩下がり、背中から大通りへと落下していく――。
「なっ?!」
冒険者たちの驚愕する表情が見え、次の瞬間には商館の壁と、煌く星空、輝く青い月――そして、縁から下を覗き込もうとする冒険者たちの顔――。
右手に召喚したFN P90のクロスヘアをモグラ叩きの如く飛び出てきた頭に合わせて飛ばし、トリガーを引いた。
無防備に突き出した頭部が三つ弾け飛び、俺の飛び降りが釣りだと気付いた別の冒険者によって屋上テラスへと消えていく。
ケブラーマスク越しに息を一つ吐き、左手に召喚したグラップリングフックを縁に向けて射出――三又のかぎ爪フックが縁にロックされ、落下していく俺の体に急制動がかかった。
「くっ――!」
左手に握るグラップリングフックのグリップを全力で握りこみ、両脚を商館の壁に当てて姿勢を整える。商館の中央付近の高さで止まったが、俺の奇襲はこれで終わりではない。
フックがロックした場所を支点とし商館の壁を全力で蹴る。振り子のように跳ね返った俺の体は再び屋上テラスが見える高さ――いや、そこを超える高さにまで到達して静止。
見下ろす屋上テラスには、突然夜空に現れた俺の姿に目を見開く冒険者たちの姿が見えた。
瞬時に狙うべき敵を選定する。
俺の動きに反応できている奴、攻撃手段を持っている奴――冒険者たちの中から、魔術師と遠距離攻撃ができる弓を背負う軽戦士の位置を確認し、再びフックを支点に振り子が戻りだす動きに身を任せながら、トリガーを指切り二トリガー。
血飛沫を上げる魔術師と軽戦士の姿が一瞬だけ見えたが、射撃の結果を気にしている余裕はない。
振り子運動により、俺の体は商館の壁に向かって猛スピードで直進している。左手に握るグラップリングフックのトリガーを数回引き、着地地点を調整――商館の窓を両脚でブチ破り、内部へと転がり込むように侵入した。
膝立ちの体勢で停止し、P90をダウンサイトして瞬時に周囲のクリアリング――敵影がない事を確認する。
「ふぅ――」
着地の瞬間に手放したグラップリングフックが光の粒子へと変化し、インベントリへ戻っていくのを視界の隅で捉えながら再び大きく息を吐く。
内部に入ったことで瞬時にマッピングされた商館内部を確認、同時に集音センサーで上下階の動く音を探る。
ここは冒険者用の商品売り場か。
マップ情報からこのフロアで動く光点がないことを確認し、念のためFLIR(赤外線サーモグラフィー)モードでも周囲を確認しておく。
集音センサーが捉える音は全て上階のみ、窓を割った音が聞こえたのだろう――屋上テラスから駆け下りてくる多数の足音が響いている。
“覇王花”の冒険者以外の人員は商館内にいないようだ。それもそうか、クーデターの決行日に、その拠点の一つに無関係の従業員を置いておくはずがない。
となれば……。
視界にTSSのモニターを浮かべ、ガレージを選択して重複購入していた二台の内の一台、燃料を満載したオシュコシュ M978 タンクトレイラーを選択する。
召喚を決定する前に、KamAZ-63968 タイフーン―Kの視点モニターを開き、誰も搭乗していないことを確認する。
同時に複数の移動用車両は召喚することはできない。ここでM978を召喚されば、タイフーン―Kは光の粒子となってガレージに帰還するはずだ。
そこに誰かが搭乗していれば、どのような結果になるかまだ確認できていない。一緒にガレージへと飛ばされるか、それとも足場を失い車両の外に出されて終わるのか。この世界の無機物をガレージに運べることは判っているが、生きているものはまだ試していない。
近いうちに試しておくか。
そう考えながら、M978の召喚を決定し、商館内部の売り場にM978を無理やり召喚し、その車体にC4爆弾を張り付けていく。
そしてもう一つ、車体の影にAN/GSR-9 (V) 1 (T-UGS)を設置し、視界に出現したミニマップを常に見られるように開いておく。
これで準備は完了だ。P90のマガジンを召喚して換装しつつ、窓を破った大通り側とは反対側へ向かって歩き出す。
目指すはMag-Fed 20mmで撃ち抜いた倉庫――そこにいるはずの、ヤミガサ商会の商会長だ。
売り場に陳列されている冒険者向けの長縄を一つ拝借し、閉じられていた窓を開けて商館の裏側へとオーバーコートをはためかせて舞い降りる。
商館屋上からの奇襲と撃ち抜いた水晶群晶の火柱に面食らい、殆どの護衛は俺を目指して屋上に上がっていたようだ。
目の前に映る人影は三つ、マップにもそれ以外の光点はない。
一人は目標のヤミガサ商会の商会長。その横で肩を貸して支える魔術師と、一人残っていた護衛の軽戦士。
「だ、誰だ貴様!」
「王都の闇に舞い降りたのは誰だったかな?」
「……黒い貴公子」
「そういうことだ」
ゆっくりと倉庫に向かって歩を進め、軽口を叩きながらタイミングが合うのを待つ。
「おっ、お前は何をしでかしたのか判っているのか!」
倉庫に攻撃を仕掛けたのが俺だと判り、商会長が激高して大声を上げた。
「お前たちこそ何をしているのか理解しているのか? 王族が率いるクランが他国と繋がり、兵を引き込んで反乱を起こそうなどと……」
「だ、黙れ! お前は誰を殺したのか判っているのか! 帝国の皇子を吹き飛ばしたんだぞ!」
帝国の皇子? 倉庫で頭部を吹き飛ばしたスパイはバイシュバーン帝国の皇族か――となると、鬼鋼兵を生み出していたオブジェクトは『枉抜け』本人ではなく、〈血統スキル〉か。
やはり、こいつは相当な量の情報を持っている。ライネルだけでは上の考えがどこまで聞き出せるか判らないが、“覇王花”の資金源であるこの男ならば、“覇王花”の目的がすべて判るかもしれない。
「必要とあれば、帝国の皇子だろうが、お前の商館だろうが、何度でも吹き飛ばす」
「は? わたしの商館だと?」
商会長の視線だけでなく、肩を貸す魔術師と小剣を抜いた軽戦士の視線も俺の後ろにそびえ立つ大商館へと動く――同時に、設置したT-UGSのミニマップに多数の光点が浮かび上がった。
“覇王花”の冒険者たちが警戒しながらM978の周囲に展開し、見知らぬ物体を調べているのが見て取れる――。
「どこも吹き飛んでいないじゃないか、お前は一体何を――」
カチッ
と、手の中に召喚した起爆スイッチのレバーを押し込んだ。
その瞬間――M978に貼り付けたC4爆弾が起爆し、燃料満載のM978はその耐久値をゼロにして大爆発を起こした。
轟く爆音と噴き出す爆炎は召喚したフロアの窓という窓から溢れ出し、その爆圧はそれでも足らずに内側より壁を吹き飛ばし、フロア全体が炎に包まれた。
「――をぉぉぉおおおおお!!!」
そして、常闇の夜空を真っ赤に染め変えた下に絶叫が轟いた。




