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「シャフト、フランク様は今どの辺りにいらっしゃるか判るか?」
鬼鋼兵の自爆による爆風が治まり、崩壊した瓦礫が僅かに残った残り火によって焼かれていく音だけが聞こえていたが、ヴィーが気絶したライネルの襟を掴んで引きずりながら近づいてきた。
「すでに公爵邸に到着している」
「早いな……あの馬なし馬車はそれほどに早いか。わたしはこの男を連れてフランク様のもとへ向かう。お前はどうするのだ“黒面のシャフト”」
ヴィーの問いかけを聞きながら、俺の視線は完全に気を失ってピクリとも動かないライネルの後頭部に出来た大きなたん瘤を見ていた。
「ヴィー、何で叩けばそんなに大きな瘤ができるんだ?」
「ん? あぁ、お前が貸してくれた鈍器で思いっきりな、気絶させた後に消えてしまったが、わたしのせいではないぞ?」
貸したのは鈍器じゃなくて盾なんだが……残っていた耐久値を吹き飛ばすほどの力で振りぬいたか。
「俺も公爵邸に向かうが、その前に寄りたい場所がある。先に行って鬼鋼兵の自爆について伝えておいてくれ。あれがあと何体残っているか判らないからな」
「そうだな……騎士団が相手していれば、あの爆炎に巻き込まれて尋常ではない被害が出ただろう。王都防衛を担う第四騎士団は剣技が中心だからな、大規模な魔法兵団を持つ第三は迷宮討伐で遠征中だし、第二はドラグランジュの北に居るはずだ」
「……この襲撃は、かなり計画的に狙われたもののようだな」
突然の襲撃だったが、どうやら随分と計画的な襲撃だったようだ。フライハイトを襲撃した目的……カーン王太子とアーク王子の殺害と、ゼパーネル宰相の拉致を防ぐことは出来たが、他の場所で同時刻に襲撃が起こっていれば、その結果がどうなったかは現状判らない。
しかし、第二王子によるクーデターとも思える今回の反乱には、俺だけが判る――俺にしか判らないキーポイントがある。
それは鬼鋼兵だ。
今回の襲撃がどこまで広がっているのかはバルガ公爵と合流する頃には判明しているだろう。そして、すぐにでも鎮圧に向けて騎士団が動き出すはず……。
だが、俺はそこに参加するつもりはない――仮に鎮圧への参加を求められても断るつもりだ。
鎮圧に参加するよりも、俺は鬼鋼兵を追うべきだと考えている。それに……アシュリーやゼパーネル宰相を護れる場所で事の推移を見守りたいしな。
「それで、お前はどこへ向かうのだ?」
「……ヤミガサ商会だ」
◇◆◆◇◆◆◇
フライハイトでヴィーと別れた後、俺は真っすぐに王都の第二区域に建つ、ヤミガサ商会の商館へと走った。
崩壊したフライハイトが建つ第一区域は騒乱の音に溢れていた。やはり、同時多発的に襲撃を起こし、王国の重要人物を抹殺――もしくは確保しているのだろう。遠くに見える王城にも爆発らしき赤い光が瞬くのが見える。戦闘が継続しているということは、まだ制圧には至っていないか――さらに急ぐ必要がある。
第一区域と第二区域は過去に造られた城壁によって分けられている。二つの区域を行き来するためには、所定の位置に造られた城門を通過する必要があった。
だが、“覇王花”――もしくは“覇王樹”によるクーデターによって門は閉じられ、中央騎士団によって固く護られていた。
この状況ですんなりと城門を通過させて貰えるとは思えない。
城門と離れた場所で城壁を駆け上がり、門を通過せずに第二区域へと移動し、ヤミガサ商会を目指した。
商会の場所はマルタさんとの世間話の中で聞いていた。マーキングなどはしていないが、マッピングされた王都を検索すれば場所はすぐに判る。
第二区域は第一区域とは打って変わり、城壁の向こうから聞こえる喧騒に怯えるように静まり返っていた。
しかし、マップに映る光点は怯える子羊ばかりを映してはいない。いくつかの大きな商館の中では、どのような状況にも即応できるように光点が固まっているのが見える。
僅かに聞こえる擦れ合う金属音、張り詰めた空気と漂う殺意を感じ取りながら、ヤミガサ商会の大商館を捉えた。
「でかいな……」
ヤミガサ商会の商館は、前の世界の百貨店を思わせるような巨大な商館だった。全面に配置された幾つかの窓からは、僅かに光が漏れている部屋も見える。
大商館の近くで身を潜め、視界に浮かぶマップを拡大しながら建物の配置を確認すると、目の前の大商館の後ろに大きな倉庫があるのが判る。
そして、倉庫の周囲には多数の光点――。
あるとすればこっちだな……。
俺がアシュリーたちとの合流よりも先にヤミガサ商会を訪れたのは、鬼鋼兵を生み出した者――いや、物がここにあると考えたからだ。
鬼鋼兵は間違いなく、俺のVMBの力と同じゲームシステムの力による産物。その大元を絶たなければ、“覇王花”が引き起こしたクーデターが止まることはない。
戦場は第一区域に留まらず、王都全体を飲み込み、クルトメルガ王国全土へと広がっていくだろう。
“ソレ”がヤミガサ商会にあると考えた理由はいくつかある。
一つ、王都周辺の無属性魔石はヤミガサ商会傘下の商人たちによって買い占められていた。買い占められた魔石はこの大商館へと集められ、それが何かを経由して鬼鋼兵へと姿を変えているはず。
二つ、レミさんが『大黒屋』を訪れた時に、北から何かが運び込まれたと話していた。クルトメルガ王国の北といえばドラグランジュ辺境伯国、そして隣国のドラーク王国だ。
三つ、ライネルは鬼鋼兵と俺の銃器のことを魔道兵器と呼んだ。その瞬間は思い浮かばなかったが、一度冷静になって考え直せば――アシュリーと初めて出会ったゴブリンの巣穴での一言を思い出す。
魔道兵器を持つ国――バイシュバーン帝国。
それらを逆に考えていけば答えは出る。バイシュバーン帝国はドラーク王国を属国にし、次のターゲットをクルトメルガ王国に定めた。そして鬼鋼兵を生み出す何かを運び込み、“覇王花”と繋がり反乱を起こした。
国境を越えて何かを持ち運ぶのならば、隣国との交易を認められている商会の大規模商隊に運ばせるのが最も目立たず、騒ぎにならず、不審がられることもない。
一度運び込んだ何かを、“君影草”の目を盗んで王都内の別の場所に移動させたとは考えにくい。厳重に警護されているヤミガサ商会の倉庫には、鬼鋼兵を生み出す何かがあるはず。
まずは偵察が必要だが、直接侵入するには敷地内の配置がシンプルすぎる、となれば……。
TSSのインベントリ内を選択カーソルが走りまわり、どこかにあるはずの特殊装備を探す――。
――あった、これだ。
光の粒子が集束していき、目の前に召喚されたのは筆箱程度の小さな箱が一つ。
箱を掴み、まずは周囲を確認する。この特殊装備に気を取られている間、俺は無防備になるだろう。
どこか周囲の目を切り、安全を確保できる場所――見上げたのはヤミガサ商会の大きな商館、その屋上だ。
商館前の大通りに人目がないことを確認し、ウォールランで一気に屋上目掛けて駆け上がる。
屋上の縁に手をかけ、オーバーコートを翻して屋上に上がった。
誰かに気づかれた様子はない。元々この場所にも出入り出来るようになっているのか、屋上は小さなテラスのように整えられていた。
マップを確認しても光点はなく、誰かが近づいてくる音もしない。安全が確保できたことで、テラスに腰を下ろして特殊装備の箱を開ける。
中に入っているのは一台の小さなヘリコプター、コードネーム“ブラックホーネット”と呼ばれる超小型偵察ドローンだ。
全長一六cmほどの手のひらサイズしかないブラックホーネットは、米軍や英軍の特殊偵察部隊で試験運用がされている。上部と尾翼の静音ローターによって極僅かな駆動音で飛行することができ、胴体前面に配置された三つの超小型カメラによって、通常カメラ・NV・FLIR(赤外線サーモグラフィー)を使い分けることができる。
ゲームシステムと同化した今では、カメラで捉えた映像が直接俺の視界に映り、本来ならタブレットコントローラーでの操作も、意思だけで自由に飛ばすことができた。
しかし――VMBの仕様上、稼働時間は一〇分に制限されている。胴体下部のスイッチを入れることで二つの静音ローターが回転を始め、視界に映る稼働時間を示すスコアが動き出した。
さぁ飛べ、ブラックホーネット。飛んで倉庫内にあるはずの“何か”を俺に見せろ。
闇夜に浮遊する超小型ヘリコプターが、ヤミガサ商会の倉庫目掛けて偵察飛行を開始した。




