234
9/18 超微修正
「シャフト! おい、シャフト大丈夫か!」
脳内に溢れ出る、スキル〈迷宮創造〉に関する仕様と情報の波に意識を飲まれかけたが、ヴィーに肩を揺らされながらギリギリのところで保つことができた。
「だ、大丈夫だ。ヴィー、お前はバルガ公爵のもとへ行け、あの鬼鋼兵たちが破壊時に爆発すると判った以上、剣で戦うのは危険だ」
「……判った。と言いたいところだが、このまま現場を去ってはフランク様にお届けする情報が少ない」
バルガ公爵のもとへ行けと言えば、二つ返事でこの場を離れていくかと思いきや、ヴィーはヴィーで色々と考えているようだ。
情報――確かにそれは必要だ。視界に浮かぶタイフーン―Kのフロント映像はバルガ公爵邸を映し出していた。公爵やゼパーネル宰相たちが次の行動を決めるにも、この場から得られる情報は大いに役立つだろう。そのためには――。
「なら、ライネルを生け捕りにするしかないな」
「そういうことだ。あの爆発する騎士たちはお前に任せるぞ。わたしは指揮している男を狙う」
「なら、この盾を持っていけ。少しぐらいなら奴らの攻撃や爆発を防いでくれるはずだ」
背に突き立てたバリスティックシールドを親指を立ててさし示し、ヴィーのアイマスクで隠れた視線が僅かに俺の後ろへと動く――。
「ありがたく借りるが、お前はいらないのか?」
「俺は使わない。ここからは――凸撃の時間だ」
その言葉と同時に背面飛びの大跳躍でバリスティックシールド上部から飛び出し、インベントリからRPG-7を二本召喚して両肩に背負い、一番端に離れていた鬼鋼兵へと逆さまの状態から射出――すれ違うように、鬼鋼兵のレーザー攻撃が上空へと照射されていく。
着弾によって爆炎と粉塵が巻き起こり、俺の着地際を見えなくする――はずだったが、鬼鋼兵は何か特別な理で俺の位置を捉えているのだろう。
舞い上がった粉塵の中を突破し、別の一体が高熱を発する六尺棍を振り回しながら正面に現れた。
一歩、二歩と下がりながら六尺棍を躱すが、俺の背丈を超える大きな瓦礫が背後に迫り、後退が止まる――大上段に構えた鬼鋼兵の影が俺の体を覆いつくし、灼熱の六尺棍が振り下ろされた。
「あまいわっ!」
逆に一歩前に踏み出し、踊るように旋回しながら鬼鋼兵の後ろへと回り込み――同時に両手に召喚するのは近接武器のスレッジハンマー。
振り下ろされた六尺棍が瓦礫を溶解させながら両断した直後、旋回の勢いを乗せて鬼鋼兵の後頭部を叩きつけた。
鈍器で人を殴ったとは到底考えられないような打撃音とともに、鬼鋼兵は自らが両断したばかりの瓦礫の切り目へと挟まり、それはあたかも断頭台に送られた罪人のようだった。
同化したパワードスーツの力を最大限に利かせ、処刑を待つ鬼鋼兵の首元へともう一撃振り下ろす――初撃を超える破壊音で瓦礫を粉砕し、鬼鋼兵の上半身が瓦礫の中へと埋まっていく。
だが、体全体が赤く変化していく様子はまだない。やはり、スレッジハンマーで二撃した程度では足りない。
瓦礫に埋もれたスレッジハンマーを引き抜くと、僅かに見えた鬼鋼兵の首元に触れ、インベントリからC4爆弾を召喚して貼り付ける。
そして跳躍――視界に浮かぶマップと集音センサーにより、RPG-7を喰らわせた鬼鋼兵が俺の背後に迫っているのが見えていた。
寸前まで俺がいた場所を六尺棍が空を切り、同時にその足元の瓦礫の下が爆発――もちろんそれはC4爆弾の爆発だ。
上空で起爆スイッチを投げ捨て、瓦礫の山となったフライハイトの残骸を蹴って高度を保ち、爆発後の様子を見る――粉塵と白煙の中にで、更なる高熱が発生するのが見えた。
鬼鋼兵の自爆だ。RPG-7を喰らわせた方か、それともスレッジハンマーで叩きつけた方かは判らないが、どちらか一体が赤く膨れ上がり――再び瓦礫を吹き飛ばす大爆発が起こった。
「くっ!」
ケブラーマスクで顔を保護していなければ、巻き上げられた粉塵と細かい瓦礫で視界と呼吸を保つことは難しかっただろう。
爆風に煽られながら着地しマップを確認すると、光点が二つ消えていた。どうやら自爆に巻き込まれてもう一体も吹き飛んだようだ――これで残りは二体。
ライネルの傍で護衛するように立つ二体。ライネルを生け捕りにするはずのヴィーの姿は消えていた――スキル〈シャドウウォーク〉で姿を消したのだろう。
数は減ったがまだ油断はできない。高熱を発する六尺棍を受けるのは危険すぎる。銃器の利点をさらに伸ばし、そしてFPSの――VMBの力を出し惜しみすることなくつぎ込む。
両手を広げ、左右に遠隔操作型重機関銃セントリーガンを二基召喚。リモートコントロールモニターを視界と同化させ、二基のレティクル――照準を意思だけで操作し、二体の鬼鋼兵とそれぞれを重ね合わせていく――。
思い返せば……VMBがゲームであり、俺がただの人であった頃はこんなに容易く複数の照準をコントロールし、同時に遠隔運転する車両を制御することなどできはしなかった。
タイフーン―Kはバルガ公爵邸の前庭へと到着し、後部乗員区画のハッチと運転席のドアを開放し、アーク王太子をはじめ、バルガ公爵たちは邸宅内へと移動を開始していた。
最後まで乗員区画に残っていたアシュリーは、じっと乗員区画の奥を見つめていた――そこは俺が見ている視点がある付近。
向こうからは俺のことは見えていない――だが、何かを感じ取ったのかもしれない。
自分が何気なく行っていることを改めて認識した瞬間、自分が何者なのか、その答えに胸の奥を刺される思いを感じた。
しかし、俺の存在意義が迷宮の主だったとしても、その本質は全く違う。それを知り、見ていてくれる人がいる限り、俺の心が狂い堕ちることはない。
両手にデザートイーグルを召喚し、後方へと大ジャンプしながら二体へ牽制射撃――同時にFCS(火器管制システム)コントロールを意識し、セントリーガン二基による業火の如き射撃が始まる。
鬼鋼兵が自爆するときの爆音に負けるとも劣らない射撃音が鳴り響き、鬼鋼兵二体をその場にくぎ付けにしていく。
セントリーガンの攻撃力は決して低くはないが、デザートイーグルの.50AE弾でも中々斃せない鬼鋼兵を沈めるには、相当な段数を必要とするだろう。
だからこそ、この銃器が必要になる。
一つ、二つとジャンプを繰り返して距離を取り、尚且つ二体の鬼鋼兵を正面に捉えられる場所。
幾度もの爆発で瓦礫が散乱しているフライハイト周辺において、僅かでも俺が伏せの体勢を取れる場所。
そこへ降り立つと同時に膝立になり、インベントリから召喚するのはVMBの数ある銃器の中でも曲者中の曲者カテゴリー“AMR”の一品、Mag-Fed 20mmだ。
アメリカのAnzio社製の対物ライフルであり、全長二メートルにも及ぶ銃身と機関砲に使われる20mm口径弾――20×102mmの弾丸を使用するのが最大の特徴であり、装弾数はたったの三発。
有効射程は四五〇〇mともいわれるが、VMB内ではそれほどの長距離射撃が可能な場所はないし、今この場で狙う鬼鋼兵との距離もそんなバカげた距離ではない。
ではなぜこのMag-Fedを召喚したか? それは最上位に位置する攻撃力を求めてだ。デザートイーグルの.50AE弾も、ハンドガンの中では最強だった。
だが、鬼鋼兵を斃すにはそれでは足りない。ならばとARFの最上位クラスを出しても、やはり簡単には斃せないだろう。
現に今も、セントリーガンの猛攻を受けても自爆するまでには至っていない。セントリーガンの装弾数を撃ち尽くす前に、鬼鋼兵を斃すにはARFを超え、さらにSRFを超えた先のカテゴリー、AMRが必要だと判断したのだ。
俺の身長をはるかに超えるMag-Fedをバイポット――銃身を支える二脚を展開状態で召喚し、地に落とすように据え置く。
VMBの仕様上――AMRカテゴリーの銃器は、その多くが伏せの体勢でしか発砲できない。
試したことはないが、それは今も変わってはいないだろう。伏せて銃身上部のスコープを覗き、ストック部分にケブラーマスクを当てて右手でトリガーを、左手でストック下部のグリップを握る。
少し窮屈な体勢だが、発砲時のリコイル――反動を制御するためには正しい射撃姿勢が重要になる。
スコープに刻まれた十字のレティクルを、セントリーガンによる銃撃によって動きを止めた鬼鋼兵の頭部――そこから少し下げて胸部の下辺りへ合わせる。
Mag-fedの威力を考えれば精密射撃は必要ない。ワンショットワンキル、一発当たればそれで終わる。
装弾数三発なのも加え、この一発がARF一丁にも匹敵するCP消費額を持っている。CP残額に余裕がない状況では、万が一にも外して無駄弾を消費したくない。
グリップを握る左手に力を入れ、伏せの状態で両足を踏ん張り、発砲直後の反動に備える――そしてトリガーを引く。
轟く爆音の発砲音とともに、銃口から広がる衝撃波が周囲の破砕した細かい残骸を巻き上げ、発砲時の反動により全長二メートルのMag-fedごと、伏せた俺の体が後ろへと押し滑る。
スコープの先には胸部に大穴を開けた鬼鋼兵と、その突然の破壊に目を見開くライネル顔が見えていた。
やれる!
ボルトハンドルを引いて排莢――指よりも大きく太い薬莢が弾き出され、ハンドルを回して押し戻し、次弾を装填。
Mag-fedの角度を調整し、スコープを覗き直してもう一体へとレティクルを合わせ、もう一トリガー。
鬼鋼兵の巨躯を腹部で両断するほどの大穴が開き、二体とも確殺したことを確信する。
となれば、次の行動は急速離脱だ。一体目の鬼鋼兵はすでに赤く膨れ上がり、今に爆発しそうになっている。二体目も残された体が赤く変色し、高熱を発していく――。
残弾数は一発だが、一人残ったライネルは生け捕りにする。インベントリに戻すことを意識したことにより、光の粒子へと姿を変えて霧散するように消えていくMag-Fedを視界の端に見ながら、瓦礫を盾にするように爆発から身を隠す。
ライネルを示す光点は鬼鋼兵の傍に立ち尽くしているようだったが、突如その後方に光点が浮かび上がり、引っ張るように二つの光点が下がり始めた。
これはヴィーだろう。背後から襲い気を失わせたか、そして轟く三度目の大爆発は、晩餐会の会場で起こった襲撃事件の終わりを告げるとともに、クルトメルガ王国最大の危機を迎える号砲となった。




