233
書籍第三巻好評発売中!
「ぐぅぅ、こんなのは聞いていないぞ……」
集音センサーが捉えた爆音は、遮音機能が作動して音量を自動的に軽減してくれた。だがそれでも、耳鳴りと脳内への強い圧迫感を覚えるほどの爆音だった。
くぐもって聞こえる周囲の音から、ライネルの呻くような呟きが聞こえる。
鬼鋼兵を斃した直後に起こった大爆発は、晩餐会の会場であるフライハイトの地上階を崩壊させるほどの威力を見せた。
俺はその爆発の前兆を感じ取り、会場からヴィーを連れ出して緊急脱出することで事なきを得た。
しかし、鬼鋼兵の陰に隠れていたとはいえ、爆発の直撃を受けたライネルの負傷はかなりのものだ。
ライネル自身、鬼鋼兵が破壊されたときに自爆するとは知らなかったようだ。鬼鋼兵を預けた奴はわざと教えなかったのか、それとも斃されるわけがないと高をくくっていたか。
俺の胸に顔をうずめる形で脱出したヴィーは、あたふたと慌てふためきながら乙女な妄言を呟き続けている。
その表情はアイマスクとフェイスベールで隠れているため見ることは出来ないが――。
――まさかこの変態女、バルガ公爵を素顔で直視できないからマスクとベールで顔を隠しているんじゃないか?
ヴィーの妄言を聞き流しながら視界に浮かぶマップを確認する――ライネルの周囲に四つの光点、これは鬼鋼兵たちだ。他にも瓦礫の下で動いている光点が見えている。
位置から考えれば、ヴィーが食い止めていた黒装束の集団だろう。地下道へと向かったクルード卿たちに影響がなければいいが、階層が違う場所のマップは見られないし、ここからでは地下を進む音も聴き取れはしない。
しかし、崩壊に巻き込まれたおかげで鬼鋼兵だけに集中できそうだ。
瓦礫を弾き飛ばしながら立ち上がる四体の鬼鋼兵たちに、大きな損傷は見当たらない。だが、一体斃したことで破壊までに必要なダメージ量の予測はついた。
近くに転がっていたバリスティックシールドを拾い上げ、前庭に突き立てて身を隠す。
続いてTSSの起動を意識してウィンドウモニターを視界に浮かべる。四体の鬼鋼兵とライネルを止めるのに必要になるであろう、銃器・弾薬をSHOPから購入してインベントリへ移動させておく。
CPの残高が残り少ないな……
今夜の晩餐会に参加する前には、坑道の迷宮を討伐するために多大な――本当に多大なCPを消費していた。王都に戻ってきてからCPの補充をしようと思っていたが、その素となる無属性魔石は俺以外の何者かによって大量に購入され、市場からその姿を消しつつあった。
その時には判らなかった理由も、今なら判る。鬼鋼兵が俺の銃器と同じゲームシステムが生み出した産物ならば、その生産にはそれ相応の対価が必要なはず。
VMBのシステムがCPを要求するように、何らかのポイントシステムなどが適用されているのだろう。
そして、それを補充するためには俺同様に無属性魔石が必要――“覇王樹”や“覇王樹”の組織力を考えれば、買い占めを行っていたのは傘下の大商会――ヤミガサ商会あたりか。
そういえば、ヤミガサ商会は大魔力石を手に入れることにも躍起になっていた。もしかしたら、大魔力石もTSSのウィンドウモニターに落とせばCPに変換できるのか?
今試すことではないのかもしれない。だが、無属性魔石一つの大きさから変換できるCPを考えれば、ラグビーボールほどの大きさがある大魔力石の変換量は、この戦闘だけではなく。今後の活動にもかなりの余裕が持てるはずだ。
そう考えた次の瞬間、俺の右手には極彩色の光を放つ大魔力石があった。
「全く、貴様という男はフランク様の紳士たる振る舞いを見習うべきだ。朝起きた瞬間から夜エメラーダ様と共に床に入るまで――いや、その後も護衛としてお傍にお仕えし、その一挙手一投足から漂う紳士とは何か、民を導く魔道貴族とは何たるかを――ん? それはまさか大魔力石か?」
僅かに逡巡していた間、俺が突き立てたバリスティックシールドの陰には、ヴィーもしゃがみ込んで同じように身を隠していた。
抱き寄せて爆発を回避してからというもの、ずっと乙女チックに変態的妄言を吐き続けていたヴィーだが、俺の手の中に出現した大魔力石の光にすぐに気づいた。
ライネルもまた、溢れ出る極光とその正体に即座に気づいた。
「この光は……まさか大魔力石か! 何をするつもりだ、シャフト!!」
ライネルは傷の手当てをしながらも、明らかに何かを警戒していた。それが何なのかは俺には判らないが、奴は大魔力石の使い道を何か知っているのかもしれない。
それに、TSSに吸収するなら早くしてしまった方がいいようだ。
「それをどうする気だ? まさか、それを差し出して命乞いでもするのではないだろうな?」
俺の目の前にまで迫ってきたヴィーの声に、僅かに殺気が含まれているのが判る。
「そう殺気立つな、ヴィー。これは――」
VMBのゲームシステムとの同化が進むことで、TSSのウィンドウモニターは俺だけが見える――俺の視界の中に浮かぶようになっていた。それを最小範囲で左手に展開し、右手に持つ大魔力石を差し込んでいく。
「――こうする」
「……消えた。“奇術師のシャフト”、この状況下でお前は何がしたいのだ? シャフト? おい、どうしたのだ」
左手に展開したTSSのウィンドウモニターに、大魔力石は溶け込むように沈んでいく。やはり、大魔力石は無属性魔石同様に吸収することができた。
そして、次に俺の視界に表示されるのは見慣れたCP変換のシステムメッセージ――のはずだった。
しかし、視界に浮かんでいるのはVMBでのゲームプレイ中に一度も見たことがない。いや、VMBとは全く関係がない、それどころか前の世界とも関係がない文言が浮かんでいた。
『Skill unlock 〈迷宮創造〉が使用可能になりました』
そのメッセージの意味を考える前に、アンロックされたと表示されたスキルの情報が脳内に湧き上がってくる。その膨大な情報量の波は、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃で強制的に理解させられていく。
〈迷宮創造〉の効果や使い方だけではなく。取得条件が大魔力石の吸収にあった理由すらも、フレーバーテキストを読まされているかのように脳内を走った。
そして知った――俺が創世神によって楔から解き放たれた存在だとはいえ、未だに迷宮の主であることには何一つ変わっていなかったことを――。
〈迷宮創造〉は迷宮の主が迷宮を生み出すためのスキルだ。だが、その取得条件は大魔力石をその身に吸収すること。迷宮の主の母である狂える女神――邪神がなぜそのような条件を設定したのか。
それは絶望の連鎖。
終わりのない悪夢。
更なる狂気への渇望。
迷宮の主と迷宮は討伐されるまで死ぬことはない。だが、討伐の方法は二種類ある。一つは迷宮の主の死、もう一つは大魔力石の奪取、もしくは破壊だ。
俺と同じように異世界より落とされた生まれたばかりの迷宮の主は、僅かに残った自我によって絶望し、狂気へと心を堕としていく――そう、牙狼の迷宮で討伐したウェアウルフのように。
だが、堕ちる前にそこから脱出できるかもしれない方法がある。それが、守るべき大魔力石を自らの手で破壊することだ。
しかし、邪神はそれを許さなかった。
自らの手で大魔力石を破壊し迷宮を殺したとしても、その行為によって大魔力石を吸収し、新たなる迷宮創造を迫られる。迷宮の主に自殺は許されないのだ。
そして、狂気に堕ちた迷宮の主は害悪を振りまき力をつける。自然界に生きるすべての生命との戦いに明け暮れ――時には滅び、時には滅ぼす。
だが、迷宮周囲の自然界を滅ぼしつくした後、迷宮の主はどうするのか? 当然、次なる地を目指して巣より旅立つ――そのための〈迷宮創造〉。
この世界を絶望で覆いつくし、邪神を狭間の世界より解き放つその時まで、狂い、殺し、滅ぼし、戦い続ける。
その身が討伐されるその日まで――それが、迷宮の主。




