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 鬼鋼兵ミニオンと呼ばれたサイボーグのような五体の機械兵。その左手が俺と背後の王太子たちへと向けられる。

 突然の襲撃に、大混乱と統率も組織的行動もない乱戦となった晩餐会の会場であるフライハイトが脱出するべく、鬼鋼兵の攻撃から皆を守るための盾、王太子や王子たち、そしてゼパーネル宰相たちを脱出させるための“足”を召喚した。


 鬼鋼兵のレーザー攻撃が照射される直前に、会場に散乱するテーブルや料理の数々を踏み潰すように召喚したのは、タイフーン―K。


 正式名称はKamAZ-63968 タイフーン―K。この車両はロシアで装甲兵員輸送車として配備され、近年の威力強化された地雷やIEDなどの爆破装置、そして重機関銃などから兵員を守るために装甲強化された車両だ。

 全体的なフォルムはエンジンの上に操縦席のあるキャブオーバー型装甲六輪トラックで、後部の乗員区画には向かい合うように一六の座席が配置され、操縦席の二名と合わせて一八名が搭乗できる。


 光の粒子が会場に溢れ、次の瞬間には細長い亀のようなデザインの物体が出現したことに、会場中の視線が集まった。


 そして、鬼鋼兵が照射したレーザー攻撃をタイフーン―Kの装甲が受け止める。


 視界に浮かぶタイフーン―Kの耐久値を確認し、五本のレーザー攻撃を受けてもダメージが僅かなことを確認する。これなら脱出前に破壊される心配はないだろう。


 意思だけで後部ハッチを、鬼鋼兵たちが構える反対側の操縦席のドアを開ける。

どちらのドアも電子制御され、自動で開放されていく。


「なっ、なんですかこれぇー! なんで結界の中でこんなことできるんですかぁー?!」


 先ほどから“君影草スズラン”のレイチェルが核心を突いた問いかけを続けているが、俺もアシュリーも宰相もそれを無視している。

 他の人たちも同じように疑問を感じているだろうが、この状況下でそれを口にしている暇は、誰にもない……はず。


「ロイ、前の扉から中に入り、着いた先の安全を確認したら事情を話してください。レイチェル、質問は一切なし! 宰相と王太子たちをこちらの扉から中に案内して、内部で到着するまでの護衛を」


「シュバルツ、これってまさか……」


 アシュリーが俺の背後に近づいてテールコートの裾を掴む。彼女はタイフーン―Kがなんなのかを察したのだろう。


「アシュリー、ここは俺に任せて。中で初めて体験する人たちを安心させてくれ」


 アシュリーからの返答はない。ただ俺の目を見つめて言葉を失い、僅かに口元が動くだけだ。


 視界に浮かぶマップの光点が動き出す。レーザー攻撃を防いで見せたことで、鬼鋼兵が直接手を下すつもりになったのだろう。


「さぁ、早く乗って! 宰相閣下! 王太子にアーク王子もこの箱に乗り込んでください!」


「シュバルツと言ったかな、この馬車のような箱で脱出できると?」


 俺の声に促されるようにカーン王太子が近づいては来たが、初見で装甲輸送車だと言っても理解できるはずがない。事細かに説明する時間もないが――。


「カーン、ここはシュバルツに任せるのじゃ」


 後ろに続くゼパーネル宰相の一言にカーン王太子は振り向き「貴女が言うのなら……」と一言漏らし、アナスタシア妃に手を借りながら乗員区画へと乗り込んでいく。


「さっ、させません!」


 その時だった。


 襲撃が始まってすぐに王太子のもとへと駆け寄っていた若い貴族の一人が、懐から短刀を抜いて腰に構え、後部ハッチを上がっていく王太子の背をめがけて突進する――。


「なにをっ――」


 周囲の目が混乱と鬼鋼兵の暴威に向けられていた中、その突進を止めるべく唯一動いたのは、宰相の付き添いとして参加していた男装のシャルさんだった。


「――やってるのよっ!」


 カーン王太子と若い貴族の間に飛び込み、短刀を握る手を蹴り上げてそのまま若い貴族を突き飛ばした。


「サンソン! 貴様何をやっておるかっ!」


 シャルさんの動きにクルード卿やバルガ公爵の意識も追いつき、突き飛ばされた若い貴族を取り押さえた。


「手引きした者がこんなにも近くにいるとはね……」


「シャルちゃん、見事な対応なのじゃ。カーンは早く中に、アークもじゃ」


 クルード卿が若い貴族を取り押さえているのを横目に、タイフーン―Kの後部ハッチに背を預け、リーンの態勢で近づいてくる鬼鋼兵へM94のクロスヘアを合わせてトリガーを引く。


「公爵閣下も早く中へ――残念ですが、信頼がおける方々だけをまず外へお連れします」


「シュバルツ君、行き先は決めてあるのかな?」


 スピンコックではなく、通常のレバーアクションでコッキングを行いもう一トリガー。

 近づこうとする鬼鋼兵を牽制し、どこまでも冷静に――そして穏やかな口調で話すバルガ公爵へと視線を向ける。


「王城が安全かと思いましたが……」


 まだ若いとはいえ、貴族の一人が王太子に刃を向けた。“覇王樹”の根がどこまで伸びているのか判らないし、ライネルが参加するクランマスターである第二王子のことを考えれば、王城も安全とは言えないかもしれない。


 いやむしろ――この襲撃のタイミングを考えれば、王城への同時攻撃が行われている可能性すらある。


「シュバルツ君、わたしの邸宅の場所は知っているね? そこで状況を確認し、場合によってはバルガまで引いて大勢を整えよう」


 それが得策か……。


「では、ワシは一人でも多く地下へ誘導する。中には裏切り者がおるかもしれんが、纏めて連れ出して見せるわ」


 中央騎士団の生き残りがこちらの狙いを悟ったのか、鬼鋼兵をM94に近づけまいと陣形を組み始めた。

 来場客たちも会場を大きく回りながら、俺たちを盾にするように動いている。


 安易に外へ逃げ出すような来場客は、前庭の暗闇で排除されている。


闇で煌く刃の光、響く悲鳴の数々――俺だけではなく、多くの来場客がフライハイトごと包囲されていることを悟っていた。


「では、バルガ公爵邸へ向かわせます」


 次々と状況が変わっていく中で、カーン王太子とアナスタシア妃、アーク王子とラピティリカ様、ゼパーネル宰相とシャルさん、護衛としてレイチェルとロイ、バルガ公爵とエメラーダ夫人。

 そして最後に、アシュリーがタイフーン―Kへと乗り込んでいく。


「シュバルツ……」


「大丈夫だ、アシュリー。皆を脱出させる時間を稼いだら俺も逃げ出すよ。王族の方々や、宰相たちのことを頼む」


「気をつけて――宗主様たちのことは任せて」


 重なる視線が閉じていく後部ハッチによって遮られる。これで脱出の前準備は完了した。


 後は――俺がどこまでVMBの力を大混乱のフライハイトで見せるか……いや、出し惜しみは、なしだ。


 M94の給弾口に30-30実包弾を籠めつつ、インベントリを意識して数種類の近接武器を取り出す。

 同時に、タイフーン―Kは重低音なエンジン音を響かせ始め、いつでも移動可能状態へと移行していく。


「クルード卿、これを使ってください。全員分は無理ですが、武器も持たずに地下へ向かうのは無謀でしょう」


 そう言って渡したのは、五本の戦闘用大型マシェット。VMBの近接武器には西洋剣は存在しない。代替品とはいえ、近代武器のマシェットならば十分なはずだ。


「お主はいったい、どこからこれだけの武器を取り出しておるのだ……」


「その質問は後で――いや、バーグマン宰相に聞いてください」


「バーグマンにじゃと?」


「そうです――奴らの意識を私に集中させます。その隙に地下へ」


 マシェットの次に召喚したのはRPG-7。


 携帯型ロケット砲の名器とも言えるRPG-7は、ソ連で開発された携帯型の対戦車擲弾発射器であり、ベトナム戦争時代から今日まで、世界中で広く運用されている兵器だ。

 RPG-7の特徴の一つとして、砲弾にロケット推進機能を追加したことによる射程の延長と命中率の高さがあげられるが、同時にデメリットとして発射時の砲身後方にガス噴射が起こり、味方を危険にさらす可能性があげられる。

 だが、VMBのRPG-7にはそのメリットしか設定されておらず、真後ろに味方が立っていても、白煙による視界阻害程度のデメリットしか存在していなかった。


 俺が召喚した緑色の筒――RPG-7を不思議そうにクルード卿が見つめていたが、説明するつもりはない。

 鬼鋼兵と中央騎士団との戦闘はかなり押されている――鬼鋼兵がタフすぎるのだ。


 フライハイトを取り囲む部隊からの攻撃も続いている。焼ける臭いが漂い始め、火災が発生しているのが判る。

何をするにも時間がない。RPG-7を肩に背負い、タイフーン―Kのフロントへ、その先の壁に向けてトリガーを引く。


 間延びする噴射音と飛翔音が会場に響き渡り、次の瞬間には爆発音へと変わった。

 同時にタイフーン―KをTSSタクティカルサポートシステムのリモートコントロールモードによって制御し、大穴を開けて外と繋がった壁に向けて走らせる。


 会場は地上とフラットの高さとは言い難いが、タイフーン―Kはどんな荒れ果てた荒野でも走り抜ける性能を持ち合わせている。

 六輪のタイヤが上下に動きながら反動を吸収し、一気に外へ走り抜けて前庭へと飛び出す。


 TSSのスクリーンモニターを視界に浮かべながらハンドル操作を意識し、爆音とともに突き抜けてきたタイフーン―Kに驚く外の部隊を轢き殺す勢いで走らせ王都中心街へと向けて加速させた。


「チッ! あれはなんだ――鬼鋼兵、逃がすな!」


 ライネルの舌打ちと怒声が聞こえる。


 鬼鋼兵に後を追わせるわけにはいかない。クルード卿たちの脱出を邪魔させるわけにもいかない。

 ライネルの意識を俺に釘付けにし、時間稼ぐためには――あの男が、“覇王樹”が最も恨んでいるであろう姿を見せつける必要がある。


 インベントリよりスモークグレネードを取り出し、ピンを抜いて足元に転がす。


「クルード卿、今のうちに誘導を開始してください」


「あの箱は一体……わっ、わかった。ワシらも地下に向かうぞ!」


「わたしはここに残るぞ“奇術師のシュバルツ”。フランク様が無事に脱出されると確信できるまでは、この場でお互い時間を稼ぐ必要があるだろう?」


 残った貴族と商人たちを誘導し始めるクルード卿と魔導貴族たちの姿を視界の端に捉えながら、横に立つヴィーの言葉に苦笑が漏れる。


 そして、噴き出す煙幕が俺とヴィーの姿を一時的に隠していく――。


「王都に巣くう闇ども、黒面の裁き――今こそ受けるがいい」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 渡したマシェットは、他人が触った時点で光になって消えないのだろうか?
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