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牙狼の迷宮地下二階で、白い花の咲く様を見ていると、それを邪魔する無粋な魔獣の足音が、俺が進もうとしている道の先から聞こえてくる。これまでに斃してきた、ゴブリンやグラスウルフのものではない、となると……
この足音がレッドベアーだろうか?
その予想は正しく、少し暗くなってる道の先から、体長2m程の大きな体躯に赤い目、茶色の毛を基本に、まるで炎のような赤い毛が生える熊型の魔獣、レッドベアーが一匹近づいて来ている。
まだ向こうは戦闘態勢ではないようだが、こちらの存在には気づいているようだ。威嚇するように低い唸り声を出しているが、目に見える距離はすでに俺の交戦距離だ。
そこで止まってるなら、遠慮なく頭を抜かせてもらう。俺は膝立ちからダウンサイトし、レッドベアーの頭へとクロスヘアを合わせ、まずは指切りで射撃していく。発砲した瞬間、レッドベアーは俺の狙いに気付いたのか、頭を右に傾けた。
しかし、銃弾全てを避ける事はできず、レッドベアーの頭の左側に着弾し、どうやら左目が潰れたようだ。レッドベアーは怒号のような低く響く咆哮を上げ、頭半分を血に染めているのもお構いなくこちらへ駆け出した。
速い! しかしただの突進など!
「あまいわっ!」
その突進速度は思った以上に速かったが、俺はそれを避けるように地下道右側の壁へ向かって走り出した。俺の狙いは、VMBでまさしくこの地下道のような、閉鎖空間で直線的な通路での、敵の防衛ラインを無理矢理通過するテクニック、ウォールランだ。
「VuOOOOOOOOO!!!」
レッドベアーが咆哮を上げ、突進の勢いそのままにタックルを狙ってくる。しかし、俺は地下道の壁を、パワードスーツによって強化された脚力で、文字通り駆け上がると、高さ4~5mはある天井付近を走り、壁に激突するレッドベアーの後ろへと飛び降りた。
壁に激突して動きが止まったレッドベアーの後ろを取ると、壁に激突して蹲るレッドベアーの股関節付近を撃ちぬく、これであいつの足は封じた。俺はすぐにレッドベアーへ駆け寄り、背中に駆け上ると、その後頭部へ向けてP90のトリガーを引き抜いた。
「VMBではよくやっていたとは言え、この異世界ではウォールランをまだ試してなかったな……ぶっつけ本番で出来ると思っていた事をやっていたら、何時の日か異世界では出来なくて致命傷になるかもな……」
そんな事を呟きながらレッドベアーの魔石を拾い上げ、P90のマガジンを交換していると、レッドベアーが出てきた道の先から、同様の足音が聞こえてくる。数は2匹分、レッドベアーの突進スピードは思った以上に速かった。
今後出てくる魔獣はアレよりも速いのだろうか?俺の反応速度を超える魔獣が出てくる可能性があるのならば、出会う前、もしくは出会った瞬間に相手の足を壊すほどの一撃を喰らわせる必要がある。
トラップだ、俺はこちらに向かってくるレッドベアーと思わしき足音に捕捉される前に、後方へと下がりつつTSSを起動し、インベントリからP90のマガジンと『M18クレイモア地雷』を一つだけ選択し、補給BOXを召喚した。
光の粒子が収束し、現れた黒い補給BOXからすぐさまそれを取り出し、マガジンはマガジンベルトに収め、M18クレイモア地雷はすぐに地下道の中央に設置し始めた。
M18クレイモア地雷は、米軍の使用する指向性対人地雷の一つで、湾曲した幅20cm弱の箱型で、起爆すると内部に仕込まれている700個もの鉄球が、扇状に発射される。
実物の最大加害距離は250mにも達すると言うが、VMBでのM18クレイモア地雷は、さすがにそこまでの距離は出ない。しかし、この地下道で使う分には、逃げ場なく相手の足を破壊できるはずだ。
ちなみに、爆破手段はワイヤートラップとリモコンによる爆破があるのだが、ゲームバランスの一言で、VMBのM18クレイモア地雷はリモコン爆破しかできない。まぁ、ワイヤートラップがあったとしても、魔獣や亜人種以外が起爆させる恐れもあるから使うわけにはいかないが。
「これで準備は完了だ」
M18クレイモア地雷を設置し、俺はさらにその後方で寝そべって待機する。このM18クレイモア地雷、思った以上に爆音を鳴らすので、真後ろに立ってると意外と危ない。VMBのゲーム内でも、起爆にリモコン操作が必要だったり、起爆後に爆音から使用が発覚し、他のプレイヤーの警戒を非常に上昇させるので、一長一短な代物であった。
レッドベアーと思われる重厚な足音二つは、こちらを捕捉したようだ。臭いとかだろうか? ゆっくりと歩いていたのが意思を持って動き出した。移動速度が上がってる、確実にこちらへ駆け寄ってくる、来るぞ、来るぞ。
来た! まず一匹ついで……もう一匹!
暗い道の先から2匹のレッドベアーが見えてきた。すでに向こうは戦闘態勢で、駆け寄るスピードがどんどん上がってきている。俺は手に握るM18クレイモア地雷のリモコンを引いた。
地下道に響く重低音の爆発と、巻き上げられるホコリや砂に視界が遮られる。これは思った以上に使いにくいな、VMBでは爆発させても、巻き上がるホコリや砂なんてなかったのに!
俺はホコリと巻き上げられた砂でできた煙幕を見て取ると、すぐにヘッドゴーグルをFLIRモード、つまり赤外線サーモグラフィーモードに切り替えた。ゴーグル越しに、レッドベアーの大きな赤い体躯、燃え上がるような熱量を持つ赤い体躯が二つ見えている。
胸の部分が異様に温度が高い、魔石が高温を放っているのか?
レッドベアー二匹は、顔と両手足を血だらけにして動きを止めている。まだ生きてはいるようだが、向こうが動きを止めてる今を逃す手はない。俺は伏せ撃ちの体勢からダウンサイトし、クロスヘアとレッドベアーの頭を結ぶ。
望遠機能が作動し、レッドベアーの頭が拡大される。トリガーを引く、指切りして跳ね上がる銃口のリコイルをコントロールし、もう1射撃。次いで横に滑らせてもう一匹にAimする、つまり狙いをつけていく。
もう一匹のレッドベアーは、止めを刺される時が迫ってる事がわかっているのか、FLIR越しでも判るほどに、その赤い目は暴力的な輝きを放っていた。
FLIRモードのまま、黒い靄に包まれ沈んでいくレッドベアー二匹を見つめていると、一段と熱を持っていた魔石の輝きが、靄に包まれてその熱を奪われていくかのように、温度を下げていった。亡骸が完全に迷宮に沈み、魔石だけが残った時には、僅かな熱を持つだけになっていた。魔石を拾い上げると無属性ではない、少し赤いから火の魔石だろう。
魔石を入れているポーチに入れると、同時に中に入っている無属性と風、水の魔石の魔石を取り出し、FLIR越しにそれを見てみる。無属性は温度を感じられない、風は僅かに赤い、逆に水は低温の青みを帯びている。どうやら属性魔石は、僅かながら固有の温度を持っているようだ。
俺は全ての魔石をポーチに戻し、地下二階のマッピングを進め、全て埋めた所で地下三階へと降りていった。