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9/5 描写極微修正
アーク王子の生誕と成人を祝う晩餐会――長く続いた楽しい時間は、突然の襲撃によって終わりを告げた。
襲撃者はこの世界で造られた物とは到底思えない、鋼鉄の鎧に覆われた鬼のようなサイボーグ――鬼鋼兵従え、黒頭巾の奥で鋭い眼光が歪み、嗤う。
そして奴は、俺のことを“地図屋”と呼んだ……その名で俺を呼ぶ者は多くない。あの体格、あの声色、思い当たるのは――クルトメルガ王国最大のクランにして最も力を持つクラン、覇王花に加入しているあの男。
だが、俺の目の前に立つのはラピティリカ様の護衛依頼で戦った暗殺者――“覇王樹”の構成員と同じ黒装束に黒頭巾。
その決して重ならないはずの二つが、奴が言い放った一言で重なった。
「ライネル……まさか、裏の顔があったとは知りませんでしたよ」
呟くように言った一言に、黒頭巾に覆われた口元から舌打ちの音が聞こえた。
「今回も女狐のお守りか、だが……この鬼鋼兵――この素晴らしき魔道兵器からも守り切れるか?」
ライネルと僅かに言葉を交わしたうちに、会場内の警備担当である第四中央騎士団が突入してくる。
だが同時に、会場であるフライハイトの包囲網も完成しようとしていた。
「“石鹸屋のシュバルツ”、あの男を知っているのか?」
鬼鋼兵を空中で斬り落とし、床へと叩き落したヴィーが横へやって来る。
「『大黒屋』です。ちょっとした知り合い――いや、何も知らない男だったようです」
「さぁ、鬼鋼兵ども立ち上がれ! お前たちがこんなに軟だとは聞いていないぞ!」
ライネルの一言に、天井に突き刺さった鬼鋼兵が――脇腹を撃ち抜いて吹き飛んだ鬼鋼兵が――ヴィーに叩き伏せられた鬼鋼兵が立ち上がる。
33-30実包弾が着弾したはずの腹部には、損傷が全く見られない。伏している間に回復したのか、それとも全くダメージがないのか。
「王太子ご無事ですか!」
「王太子!」
「来場客を避難させろ! 賊は一人たりともこの場から逃がすな、地下の結界魔法陣は確保できているな?」
「確認できています。結界は問題なく作動中、《スキル》と《魔法》が扱えるのは我々だけです」
そう――会場のフライハイトや王城の一部には、《スキル》や《魔法》の発動を阻害する結界を張ることが出来る。大量の魔石や魔力を消費するので発動したままにはしておけないのだが、宰相や三王子の安全確保のために、晩餐会の開始前から発動状態が続いていた。
そして中央騎士団の金属鎧には、その結界を無効化できる機能がある。どのようなシステムなのかは知らないが、この会場内で本来の力を発揮できるのは彼らだけのはずだった。
だが俺は――俺たちは見た。会場内に走る赤い光線を。
「鬼鋼兵ども、薙ぎ払えぇ!」
ライネルの号令に立ち上がった鬼鋼兵たちが左手を突き出し、その手首付近から台形の物体が飛び出てくる。
王子たちを守る騎士団員や若い貴族たちに一瞬の緊張が走るが、彼らにはそれが何なのか理解できていなかった。
「避けろ!」
一目見ればそれが何かわかる――最初に男性給仕の頭部を吹き飛ばしたレーザー兵器だ。
すぐさま振り返り、M94を投げ捨ててラピティリカ様とアーク王子を両手に抱えジャンプ。
鬼鋼兵の左手から放たれたレーザーが走る――繊細な装飾が施された壁を焼き払い、絵画の描かれた天井を撃ち払い、動きに反応できていなかった騎士団を薙ぎ払った。
そして、レーザー攻撃とは別に爆発音がいくつも鳴り響き、フライハイト全体が揺れる。
騎士団の突入によって平静さを取り戻したかに見えた商人や非戦闘員の女性たちだったが、レーザーによって破壊されていく会場と分断されていく騎士団の姿に、恐慌状態へと陥っていく。
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます、シュバルツさん」
とっさの回避先に選んだのは、ゼパーネル宰相とシャルさん、そしてアシュリーが避難していた会場の隅だ。
その傍には“君影草”のロイとレイチェルが合流している。彼らがこの位置まで退避させたのだろう。
「シュバルツさんすごいですぅ。反応もさることながら、結界の中なのにそれほどの動きとスキルを使うなんて――」
アシュリーたちを守るように立ちながらも、俺を見るレイチェルの眼差しは好奇とよく判らない尊敬で満ちていた。
「宰相閣下、すでに外も包囲されています。このままでは危険です」
「しかしどう脱出するのじゃ? 妾とアークはともかく、カーンは走る事かなわぬぞ、それに――」
再び大きな爆発音が鳴り響き、フライハイト全体が揺れる。どうやら、外を包囲している部隊の狙いは、脱出を防ぐだけではなく。建物ごと破壊して、俺たちの抹殺を図るつもりなのだろう。
内と外からの攻撃に会場内は大混乱となり、生き残った騎士団は鬼鋼兵と戦闘を開始している。
ライネルは一時的にこちらを見失ったようだが、この状況が自然と打開されるとは思えない。
武器を持つのも、戦闘能力を保持しているのも中央騎士団だけ、その彼らが鬼鋼兵の前に次々と倒れていく。
鬼鋼兵の戦闘能力は騎士団と拮抗していたが、会場の混乱が続いている間は火力のある魔法攻撃が使用できない。となれば近接攻撃のみの戦闘になるのだが、鬼鋼兵の装甲は厚く、僅かな傷にも全く怯まず、死を恐れず動き続ける鬼鋼兵に押されている。
鬼鋼兵たちは自身の傷も、死の恐怖も、全く感じていないのだろう。やはり、意思や感情ある生物ではない――機械だ。なぜあんなものが存在しているのか判らないが、心当たりがないわけでもない。
だがそれは後だ。今、最優先で考えなければいけないのは――。
「脱出の手段はご用意します。ただ、全員は不可能です――これほどの襲撃は王国側の手引きなしには実行できません。その裏切り者が判らなくては、全ての来場者を救出するのは逆に危険です」
この場ではまだライネルの――“覇王花”と“覇王樹”については公言しない。二つのクランがどこまで重なっているのか、それはまだ判らないからだ。
完全に表裏一体だとすれば、それすなわち第二王子による反乱――内戦にまで発展しかねない事態になる。
それをこの状況下で安易に話すわけにはいかない。
目の端に、ライネルが俺のウィンチェスターM94を拾い上げるのが見えた。だが、持ち上げた瞬間に光の粒子となって消滅する。
VMBの銃器は俺だけしか持つことができない。他人が触り、光の粒子となって消滅した銃器はインベントリへと戻る。
再びインベントリより右手にM94を召喚し、六尺棍で打ち倒した騎士にとどめをさそうとしている鬼鋼兵に向けてトリガーを引く。
「『大黒屋』、ならばゼパーネル宰相と王太子たち、それと女性たちだけでも脱出させるのだ」
「クルード卿は?」
「ワシは戦える若い貴族を指揮して他の者たちを脱出させる。フライハイトの地下には建設当時に結界を敷設するために使った地下道がある、まだ使えるはずだ」
「そこを使うには囮が必要ですね」
クルード卿との話に入って来たのはバルガ公爵だ。
「その役目も私が担当します」
騎士を助けるために発砲したことで、黒装束に身を包むライネルが俺の位置に気付いた。
「君にやれるのかい?」
バルガ公爵の細い目が俺を射抜くように見つめる。彼は俺がシャフトだということは知らない。ラピティリカ様の護衛を依頼されたとき同様に、こちらの深淵を覗き込むかのように目を合わせてくる――。
「見たことのある目だね――そうか、そういうことですか、ゼパーネル宰相?」
何かを――いや、俺とシャフトの繋がりを悟ったのか、バルガ公爵は成り行きを見守っていたゼパーネル宰相へと振り返り、その表情を確認して一言つぶやいた。
「ヴィー、彼と一緒に頼むよ」
「お任せください」
いつのまにか、ヴィーがバルガ公爵の背後に立っていた。その後方には、こちらを心配そうに見つめるアシュリーの姿が見える。
「『大黒屋』、やれるのか?」
「大丈夫です、クルード卿。派手に行きますので、商人たちのこともお願いします」
今回ばかりは、俺がマルタさんたちを守ることはできない。
ライネルが鬼鋼兵に指示を飛ばすのが聞こえる。宰相の確保と王太子にアーク王子の殺害、当初の目的を完遂すべく、五体の鬼鋼兵すべてがこちらを向いた。
時間はもうない。
TSSを起動させ、アバターカスタマイズからポーチを選択して腰に装着、同時にM94の弾薬である30-30実包弾を選択して中に召喚する。
M94はトリガー上部にある給弾口から、一発ずつ手で実包弾を給弾する必要がある。
装弾数七発しかない。すでに四発撃っているため、TSSを意思だけで操作しながら給弾口に実包弾を籠めていく。
鬼鋼兵の左手が上がる――再びあのレーザー攻撃が来る――。
TSSで選択し終えたソレを、盾にするように召喚した。
8月めっちゃ忙しい




