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アーク王子の生誕と成人を祝う晩餐会が始まり、まずは爵位の高い貴族を先頭に貴賓席へ向かい、祝いの言葉を贈っている。その後には有力商人たちが続き、最後に爵位を持たないアシュリーと新参商人である俺が向かうつもりだ。
その順番がくるまでは――。
「『大黒屋』さん、今夜の果実酒の一部を貴方が卸しているとお聞きしましたが」
「いえいえ、私ではなくマリーダ商会ですよ」
「そのマリーダ商会が『大黒屋』からの荷を待っているのは、王都の商人なら誰もが知っておることですよ」
俺とアシュリーが話をしているところにマルタ夫妻が合流してきた。そして歓談が始まるのを見ると、周囲で様子を窺っていた王都の有力商人たちもがその輪へと入ってきた。
「先日の王競祭で出された果実酒の噂は、当商会でも聞いておりますよ。今は貴族の方々からの注文で、市場に出回る余裕すらないとか」
「羨ましいですなぁー、いかかですか? 販路を拡大されてみれば……たとえば、我が商会の販路に乗せれば――」
「いやいや、それならば我が商会の海運を利用される方が――」
「ご協力の申し出は有り難いのですが、申し訳ございません。シャフーワインはとても本数が少ない果実酒です。とても当商会の販路以外に乗せる量は――」
にこやかに歓談をするマルタさんと王都の有力商人たち――表情こそ柔らかいが、交わす言葉に容赦はない。
貴族たちの間で密かに話題になっているシャフーワイン。その販路を手に入れれば、多くの貴族たちとの間に繋がりができる。それも商人側が求めた繋がりではなく、貴族側から求められる繋がりだ。その恩恵は計り知れないものになるだろう。
一度繋がりを得れば、取引する商品は自然とシャフーワイン以外にも広がることだろう。
「ならば、いま巷で噂になっております“しゃんぷー”と“りんす”は如何ですか? こちらは『大黒屋』さんの商館だけで販売されているようですが、休館にされる頻度がいささか多いようですね」
本当の狙いはこっちか……。
「そう――ですね。私は冒険者として活動もしておりますので、商品の入荷が滞っているときには商館を開けておりません」
「それでしたら尚更! わたくしどもでお手伝いをさせて頂きたい。アシュリーさまの御髪を見れば、王都のご婦人方に令嬢の皆様が黙っているはずがありません。それに、ラピティリカ様やゼパーネル宰相閣下も……使われているのでしょう?」
「えぇ、先日当商館にご来館されました」
「やはり……ではあちらをご覧ください」
交渉を持ち掛けてきた商人が視線だけで指したのは、会場の一角に集まっていた令嬢たちの小グループ。
連れ添いの男性が一時的にそばを離れ、男同士の社交を行っているように、女性たちも女同士の社交を行っている。
その話題は――ゼパーネル一家とラピティリカ様をはじめ、会場内で一層輝く艶やかな髪質を見せつけている極一部の女性たちの髪。
その輝く理由はすぐさま問い詰められ、唯一“ソレ”を提供している俺のことを見ているというわけだ。
「今夜この会場でご婦人、ご令嬢方の熱い視線を集めておられるのは、王家の三王子様方に次いで『大黒屋』さんですよ。まったく、なんとも羨ましい……」
「我々もその視線の僅かでも向けられたいものです」
「まぁ、あなたったら、歳を考えなさいよ!」
歓談に交じっていた商人の一人が、連れ添いの奥様に叩かれるのを見て笑いが起こる。そんな社交の一時を過ごしていると――貴族たちの挨拶が途切れ、商人たちの挨拶へと変わっていく。
「シュバルツさん、お先に行かせて頂きます。その後は“アレ”の準備をすぐに進めますので」
「お願いします、マルタさん」
マルタ夫妻が一声かけて、歓談の輪から抜けていく。マリーダ商会は王都でも有数の大商会、商人たちの挨拶が始まれば、その並びは当然先頭集団となる。
新参商人である俺は、爵位を持たないアシュリーと共に最後尾の予定だ。順番が回ってくるまでは、王都の有力商人たちからの誘いを躱し続けなければ……。
「それで『大黒屋』さん、どうですか? 我が商会には王都の第三区域に大きな製造場も持っております」
「そ、そうですね……。私の商会で取り扱っている幾つかの商品は、厳選された貴重な薬草を何種類も使用し、魔鉱石の鉱山が取れる希少な属性魔石の力を借りて、私自らが調合しているものです」
「なんと! 冒険者だけではなく、錬金術も嗜んでおられるのか!」
「では、その材料は私がご用意しましょう」
「ちょっと、割り込まないでください! 『大黒屋』さんと専属契約の話中なのですから!」
いや、そんな話はしていない……。
鬼の居ぬ間に――ならぬ、マルタさんが居ないうちに俺と関係を築こうと躍起になり始めたのか、囲んでいた商人たちの勢いが増してきた。
「とりあえず、皆様が求めている商品は大量生産することが出来ませんし、販路は私の商館で十分です。大きな利益を上げるためには大量生産と商圏を広げることは重要ですが……」
「――ですが?」
「商品の販売方法にはあえて品薄状態を作り出すことで、その価値と価格を高める方法もあります。魔力回復薬の話は皆さんもご存じでしょう……原材料である魔水が大量に卸され、それによる価格の暴落はいまだに戻りません」
「確かに、どこの商人が卸したのかは未だに不明ですが、一度落ちた価格がもとに戻ることは……」
「もとより大量生産が不可能なことに加え、私は商品の価値を下げる販売方法を取りたくはありません。お申し出は大変ありがたいことですが……」
「そのようなお考えを……そう言われては致し方ありません。まだお若いのに、商人として素晴らしい商売観をお持ちですね」
何とか切り抜けられた……か?
マルタ夫妻が戻ってからも、俺への業務提携ともいえる誘いが途切れることはなく。三王子への挨拶から俺への誘いという、不思議なルートが会場内に出来つつあった。
「シュバルツ、そろそろ列の終わりが見えてきたわ」
俺が商人同士の話をしている間、アシュリーはその連れ添いの奥様方に囲まれていた。話題はもちろん、輝く髪をさらに引き立てているシャンプーとリンスについてだ。
それでも俺よりは質問攻めに慣れているのだろう。三王子への挨拶に並ぶ列に、最後尾が見えてきたことに気づいた。
「それでは皆様、私もご挨拶へ行かせて頂きます。アシュリー、行こう」
マルタさんに目配せをし、彼は歓談の輪を抜けて料理の搬入口へと向かう。俺も交渉したりないと言わんばかりの表情を浮かべる商人たちから離れ、アシュリーと共に列の最後尾へと向かった。
「お初に目にかかります。王都で『大黒屋』を営んでおります、シュバルツと申します。カーン王太子、キリーク王子、そしてアーク王子にご挨拶ができる栄誉に、感謝に堪えません――」
我ながらよくもまぁベラベラと言葉が出ると思うほどに社交辞令を並べ立て、忘れかけていた営業トークを王侯貴族向けにカスタマイズして最初の挨拶を終えた。
俺に続いてアシュリーも挨拶をしたが、こちらは旧知の仲でもあったのだろう。
「よく来たのじゃ、シュバルツにアーちゃん」
「こんばんは、ゼパーネル宰相閣下。今夜の御髪は特にお綺麗ですね」
「“しゃんぷー”と“りんす”のおかげじゃ、さっきラリィとも話しておったのじゃが、カーンとキリークの嫁がまだ使ったことがないそうじゃ」
「それでは、すぐに一式ご用意いたします」
「それは嬉しい、ナーシャ……わたしの愛するアナスタシアにも彼女たち同様の輝きを贈りたいのだ」
「カーン王太子、明日にでもお届けいたします」
「わたしのベラはそのような薬に頼らなくても王国一の美女なのだが、兄弟の妃たちが使っているのに、わたしのベラだけが使っていないのは――その薬にとって不幸だ」
カーン王太子たちの隣のソファーに座るキリーク王子と、伴侶である派手な化粧のベラ妃が甲高い笑いと共に、意味不明な悲しみに暮れている。
そのソファーは軽く飛び越し――。
「ラピティリカ様、どうですか? 達成できそうですか?」
アーク王子の横で微笑みながら静かに座っているラピティリカ様へと声を掛けた。その問いは――シャンプーとリンスを購入しにやって来た時に、彼女が話したことに対するものだ。
ラピティリカ様は迷宮討伐という、魔導貴族の娘として最大の功績を上げ、アーク王子の妃候補筆頭に上り詰めたが、彼女はそんな肩書で認められるのではなく。一人の女性として認められたい――その為に、魔導貴族としての功績だけでなく、女性としての魅力も磨き上げたいと俺の商館を訪れていた。
「えぇ、できそうです」
ラピティリカ様も問いの意味をすぐに察したのだろう。微笑みは満面の笑みへと変わり、アーク王子の腕に手を回して身を寄せる。
アーク王子にはその行為を嫌がる素振りはない。むしろその顔はほのかに赤面し、組んだ腕は鋼鉄のように固く緊張しているのがよくわかる。
「お二人の未来が明るいようで何よりです。本日はアーク王子へお贈りする品として、オルランド大陸の外より異国のケーキをご用意いたしました」
「異国のケーキ?」
「はい、王子。クルトメルガ王国では馴染みのない飾りつけかもしれませんが、アーク王子の生誕と成人、それからラピティリカ様とのこれからを祝うのに相応しい品かと存じます」
そして料理の搬入口に視線を向ければ、その傍にマルタさんが立っているのが見える。一つ頷いて彼にサインを送ると、搬入口の向こうから台車に載せられたロイヤルウェディングケーキが会場内へと運ばれてきた。
更新再開ですが、8月は一年で最も忙しい月なので、更新間隔は少し開くかも……
一応、3~4日を目安に更新予定




