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 カーン王太子、キリーク王子に続いて、今夜の主役――成人を迎えたアーク王子と、その妃候補であるラピティリカ様が入場して来た。


 アーク王子は一五の成人を迎えてまだ間もない。栗毛のマッシュルームヘアーに少し大きな騎士服、どことなく中学校の学生服にも見えるデザインのせいか、どう見ても子供にしか見えない。

 だが、この世界ではすでに立派な大人。大勢の貴族、有力者たちから向けられる目に怯える様子はない。実に堂々とした動きでラピティリカ様をエスコートしている。

 ラピティリカ様は護衛依頼の時と変わらぬ金髪のショートボブ、装飾を控えた白のイブニングドレスを着て、花嫁に相応しい清楚さを身に表していた。


 王子たちが貴賓席に座り、晩餐会の参加者全ての目がそこへ向く。流れ続けていた音楽も一旦止まり、主役であるアーク王子が挨拶をするのかと思いきや――。


「皆、今夜は我が愛する弟、アークの成人と生誕を祝う宴に集まってくれたこと、心から感謝する」


 挨拶を始めたのは、貴賓席に並べられた二人掛けソファーの中央に座るキリーク王子だ。妖精種の銀髪エルフである彼はグラスを片手に立ち上がり、まずは参加者への礼を述べた。


「今宵は我が兄と、そして妹であるシリルも来ている。そして誰よりも今日この場に彼女を――ゼパーネル家の宗主であり不老の忠臣、ユキ・ゼパーネルを迎えられたことを嬉しく思う」


 だが、その後に続くのはこの晩餐会が如何に豪華で、荘厳で、金をいくらかけたとか、有名な技能《調理》持ちを呼んだだとか、技能《演奏》持ちを集めた楽隊だとか、そんな自慢話がだらだらと続いた。


 あまりにも話が詰まらないので、キリーク王子が最初に口にした名を思い出す。ゼパーネル宰相の名前は初めて聞いた――ユキ……“雪”か。


 建国王は俺と同じ『枉抜け』だ。たしかESOと言っていたか、何の略か正確には判らないが、俺と同じようにゲーム世界からこの世界へと落とされた人物。

 ゼパーネル宰相と建国王はその頃から行動を共にしていたそうだが――ユキとは……まるで……。


「キリーク王子ったら、気安く名を呼ぶなんて……宗主様の機嫌がみるみる悪くなっていくわ」


 そう呟くのは俺の横に戻って来たアシュリーだ。


「俺も名は初めて聞いたけど、ゼパーネル宰相は名を呼ばれることを嫌がるの?」


「シュバルツもうすうす気付いていると思うけど、宗主様はその名をとても大事にされているわ。自分の名は建国王との間に唯一残った繋がり、自分の名を呼んでいいのはあの御方のみ、お酒に酔うとその話をよくするのよ」


 確かに、ゼパーネル宰相に目を向けると、グラスを持つ手が妙に震えている。にこやかな表情を保ってはいるものの、こめかみに青筋でも浮き上がりそうな笑顔だ。

 横に座るシャルさんもその怒りを感じ取っているのだろう。どうしていいのかわからず、目が完全に泳いでいる――。


 そして自慢話はまだ続く……いまは自らがマスターをしている覇王花の話題だ。ラピティリカ様の緑鬼の迷宮討伐の話題を肴に、覇王花がこれまで如何に迷宮を攻略してきたのか――緑鬼の迷宮討伐でも、覇王花が担った役割が如何に大きかったのかを熱弁している。


 若干引き気味の笑顔を浮かべているアーク王子とラピティリカ様の表情を見ながら、貴賓席に近いところに立つ男女――覇王花のサブマスター“迅雷のフェリクス”と、その横に立つシリル王女に目を向けた。


 フェリクスのパートナーは第四王女か……。


 俺の視線に気づいたのか、フェリクスの視線が動いて重なる――だが、それは一瞬だけの事、すぐに興味なさそうに視線は外され、横に立つシリル王女の愚痴を黙って聞いていた。


 どうやら、キリーク王子の長話にうんざりしているのは俺だけではないようだ。


 周囲にうんざりとした空気、色々な意味で若い王子の挨拶を生暖かく見守る空気が漂い始めたところで、静かに――そしてにこやかに挨拶を聞いていたカーン王太子が口を開いた。


「キリーク、そんなに話し続けていたら喉がカラカラになってしまうよ。皆もこの芳醇な香り漂う果実酒を目の前にして飲めないなんて――それは不幸だ。まずは乾杯して、アークの成人と生誕を祝おう」


 病弱な細い体から発せられたとは思えない、会場の隅々にまで通る力強い声。カーン王太子の一言に、会場のあちこちで忍び笑いが起きるのが聞こえた。


「これは失礼した。では皆、まずは喉を潤そう。そしてアークのことを盛大に祝い、今後もよろしく頼む――乾杯」


 キリーク王子の音頭に合わせ、会場中でグラスが掲げられた。


 晩餐会がスタートすれば、来場者たちは思い思いに動き出す。


 爵位の高い者から順に貴賓席へと向かい、ゼパーネル宰相と三王子に挨拶をし、祝いの言葉を述べるのだが、その順番が明確に決められているわけではない。

 誰が向かい、誰が向かっていないのか、それを機敏に察する事が出来るのか出来ないのか。それが貴族として、大商人として大成するために必要な《スキル》だ。


 だが、俺にその《スキル》はない……。ここには、爵位まで知っている貴族は数人しかいない。

アシュリーの付き添いとして来場している以上は、どこかのタイミングで俺も挨拶をする必要があるし……どうするか。


「シュバルツ、最後にしましょ――わたしには爵位がないし、貴方は新参の商人、誰の前に行っても角が立つわ」


 俺の迷いを感じ取ったのか、横に立つアシュリーがそっと囁いた。


「そうしよう、せっかくの晩餐会だ、何か食べる?」


「えぇ、そうしましょ」


 貴賓席へ向かう列が出来るのを横目に、歓談している貴族や商人たちの間を縫うように移動し、豪勢な食事が載せられたテーブルへと向かった。


 立食形式のパーティは、前の世界で何度か参加したことがある。着席形式とはまた違ったマナーがあり、その全てがこの世界と同一ではないだろうが、大きな違いはないだろう。

 食事が盛られているテーブル付近で飲食はせず、片手に持つ一皿にのる程度の量だけを取り、何も置かれていない食事用のテーブルへと移動する。


 料理台には給仕が一人ずつ配置されていた。料理の説明や皿の回収など、来場者の負担を出来るだけ少なくするための配慮だろう。

アシュリーも食材や味付けについて二、三確認をしながら手早く選んでいた。


 しかし、どうにも視線が気になる。


 視線の先はニコニコと料理を口に運ぶアシュリー……ではなく、その横に立つ俺だ。


 視線を向けているのは大きく三つ。一つは熟年貴族から向けられる、新参者を興味深そうに見つめる視線。一つは若い貴族から向けられる、新参者を厭わしく見る視線。そして最後に、貴族以外で参加している者達――王都近隣の有力商人達から向けられる、金の成る木を見つけたと言わんばかりの視線。


 晩餐会――それも立食パーティーは食事をするためのパーティーではない。同じ会に参加している者へ声を掛け、交流の輪を広げるために行動するのが一つのマナーだ。

 話しかける切っ掛けは何でもいい、些細な近況から、主催者との関係から、気軽に話しかけることから交流は始まる――そう、こんな風に。


「ここにおられましたか、シュバルツさん。それと、アシュリー・ゼパーネル様ですね、お初にお目にかかります。王都を中心にマリーダ商会を営んでおります。マルタと申します。これは妻のマリーダ、どうぞお見知りおきを」


「ゼパーネル家次期当主、アシュリー・ゼパーネルです。マリーダ商会といえば、シュバルツと一緒に色々と商売をされている方――それ以前からも存じ上げておりましたが、お会いするのは初めてですね」


 俺たちのところにやって来たのは、商人としての正装に身を包んだマルタさん、そしていつもの事務的な服装ではなく、エレガントな水色のドレスを着たマリーダさんだ。

 この世界に落ちて、最初に出会った女性と最初の友人。あれから大分経ったが、どうやら初対面だったようだ。


 マルタ夫妻との歓談が始まったことで、こちらを見ているだけだった者達がゆっくりと近づいて来る――商人たちだ。


「これはこれはマルタ商会長、それに奥方。商売の調子はいかがですか? 最近は若い商人と組んで色々と注目を集めているようですが」


「アシュリー・ゼパーネル様、次期当主に選定されたこと、おめでとうございます」


「マリーダ婦人、今日は一段とお美しい。アシュリー様といい――その輝く髪の秘密、わたしにも是非教えて頂きたいわ」


 俺たちとマルタ夫妻が近づいたことで、話しかける切っ掛けを得たのだろう。すぐに俺とアシュリーは三王子への挨拶を待つ商人たちに囲まれ、アーク王子の成人と生誕を祝う晩餐会が始まったことを感じた。






今年も本業が繁忙期を迎えました。七月の更新はこれが最後になるかと思います。八月か、早ければ七月の最終週には更新再開の予定……あくまでも、予定

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[一言] 「あまりにも話が詰まらないので、キリーク王子が最初に口にした名を思い出す」 →「・・・話がつまらない・・・」では?
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