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「や、やっと二台目が出たか……」


 個人ルームのノートPCからスペシャルマテリアルBOXを購入し始めて二時間ほど経っただろうか。

 十個分のCPクリスタルポイントを先払いすることで、ボーナスとして十一個のマテリアルBOXが手に入る――通称十一連ガチャ。

 これを購入しては開封し、何十回目かのマテリアルBOX十一個を開封している途中で、ウェディングケーキの二台目を引き当てる事ができた。


 想定以上にCPを消費してしまった。スペシャルマテリアルBOXの景品として用意されたウェディングケーキには、ノーマル・レア・レジェンダリー・エピックとレアリティ―が分かれていた。


俺が狙っていたのは最もレアリティ―が高い、エピックのロイヤルウェディングケーキ。

円形六段組みの台座にホールタイプケーキを積み上げたケーキで、アイシングされたホールケーキの側面には生クリームやホワイトチョコレートによって精巧な花模様や渦巻き模様が施されている。ケーキ全体からは高貴で高潔な雰囲気さえ感じる。

フレーバーテキストに目を通せば、このケーキのデザインをしたのは英国王室や世界的に有名なアーティストが主催するパーティーで注文を受ける程の、著名な菓子職人によるものらしい。


仮想現実世界を実現するフルダイブ型VRシステムが完成した前の世界では、ゲームの世界観やシステムの構築が無限大の可能性を手に入れたと同時に、現実には見る事、着る事、食べる事、そういった体感することが不可能な事が、仮想現実世界でなら体感する事が可能となった。


 仮想現実世界で体感・体験するのは、何もFPSの様な銃撃対戦アクションやMMORPGのようなゲーム世界に没入する事だけではない。


 世界的に著名なデザイナーが制作したドレスを身に纏い、歴史上の人物が愛した至高の貴金属を身に着け、絢爛豪華な実在した過去の大宮殿で舞踏会や晩餐会に出席することも出来れば。

 仮想現実世界に構築された無限ともいえる階層と広さを持つショッピングモールで楽しむことも出来た。どんなに高級な服や貴金属であっても試着は自由、有名レストランの出店を覘けば電子情報化された味覚情報が信号となって送られ、実際に味見をしたかのような体感が得られた。


 VMBのスペシャルマテリアルBOXなどの期間限定商品では、一流デザイナーが実際にデザインしたものが、広告的な意味合いも持ちながら封入されている事も少なくはなかった。

 今回のウェディングフェアーの景品達もそうだ。有名パティシエやデザイナーがデザインした各レアリティ―のケーキや衣装、中には実際に現実世界で同一のものを注文・レンタルする事さえできた。


 そんな前の世界の便利過ぎた社会環境を思い出しながら、まだ開封していないマテリアルBOXを開封する――。


 インベントリから個人ルームに召喚すると、補給BOXや移動用車両の召喚プロセス時とは色合いの違う――彩り豊かな光の粒子が煌き、粒子の動きも大きく、小さく、また大きく、そして小さく――。

 形作るは一つのコンテナ。BOX内に封入される景品の最上位レアリティ―と種類によってカラーリングと大きさが変化し、最終的に固定したのは緑色の小さなコンテナ……。


ノーマル+小物が確定か……。


コンテナ前面の開封スイッチを長押しし、ロックを外す。軽快なファンファーレが集音センサーから聞こえ、僅かに開いた扉から眩いばかりの光が漏れる。


声にならないため息を一つ落としながら扉を開き、一応中身を確認すると――ご祝儀袋・ご祝儀袋・モダン風披露宴料理セット(フランス料理・オードブル)・結婚指輪マリッジリング(WG)、最低封入個数の四つ、完全な外れである。


十一連を繰り返して実感したのだが、このガチャ。披露宴料理にもレアリティーがあり、更にはサラダやオードブル、デザートといったコースで分割されている。つまり、フランス料理の披露宴セットを使用するには、全七コースをコンプリートしなくて成立しないなど、非常に……非常にアレなのだ!




アーク王子への祝いの品をゲットできたところで、必要なものを全て準備してマリーダ商会へと向かった。

 最後にマリーダ商会を訪れたのは『大黒屋』を開業する前だったか、随分と久しぶりなと思いながら、商館前に立つ護衛に声を掛けて奥へ通してもらう。

 すでに『大黒屋』シュバルツがマリーダ商会傘下である事は関係者すべてが知るところ、初見の護衛達も二つ返事で奥へ通してくれた。


「お待たせいたしました。ご無事で何よりです、シュバルツさん」


「ご無沙汰しています、マルタさん」


 にこやかに応接室へと入ってきたマルタさんは、相変わらずのお腹を揺らしていた。


「アルム達から三週間近く姿を見ていないと聞いておりましたので、心配しておりました」


「何度か商品の補充で戻ってはいたんですけどね。ここ二週間ほどは北部で活動していました」


「北部……? まさかドラグランジュ辺境伯領ですか?」


 さすがに情報の入手が早い。ドラム要塞の崩壊を知ったか、それとも隠れ村ヨルムの話を聞きつけたか。


「まぁ、そんなところです。今日は要望のあったシャフーワインの納品と、無属性魔石が大量に欲しい、それとマルタさんに一つお願いが」


「シャフーワインの手配ありがとうございます。それに、このマルタに出来る事でしたら何なりとお申し付けください。ただ――」


「ただ?」


「申し訳ございません。シュバルツさんの為に無属性魔石はある程度確保しているのですが、一週間ほど前から王都周辺の都市や街で無属性魔石が買い占められておりまして、今ある在庫をお譲り致しますと、当分の間は量を確保するのが難しくなると思います」


「買占め? 無属性魔石に何か新しい利用方法でも見つかったのですか?」


「いえ、私共の耳には届いておりません。判っているのはヤミガサ商会傘下の商人たちが各地の迷宮にまで出向いて買い取っていることぐらいしか……」


 ヤミガサ商会?


 たしか、俺が牙狼の迷宮より持ち帰った大魔力石ダンジョンコアを王競祭で競り落とした商会だ。マリーダ商会と同じく、クルトメルガ王国でも有数の大商会の一つ。そして、王国最古にして最大のクラン“覇王花ラフレシア”のスポンサーである。


 無属性魔石は様々な魔道具の初期燃料として使用はされるが、属性魔石の方がはるかに効率いい。迷宮や自然界で最も多く獲得する事ができる事もあり、その価値は魔石の中でも一番低い。

俺のように無属性魔石でなければならない理由でもない限り、王都周辺で在庫がなくなるようなことがあるとは思えないのだが……。


「そうですか……取りあえず、マリーダ商会で確保している分を全て買わせていただきたい」


「畏まりました、ご用意いたします。それで、私への願いと言うのは?」


 マルタさんの問いに思わず頬が緩む。座っていたソファーから立ち上がり、ある程度スペースがある場所へと移動する。


 突然立ち上がった俺の姿をマルタさんが不思議そうな顔で追う――だが、マルタさんとの付き合いも長い。俺が何かを驚くべきことをすると判ったのだろう。

 マルタさんも立ち上がり、俺の横へと移動してくる。


「シュバルツさん、今度は何を?」


「実はアーク王子の晩餐会に出席する事になりまして、祝いの品を準備したので、それをマルタさんに見てもらいたい」


「ほぅ! さっそく『大黒屋』として呼ばれましたか! シュバルツさんが扱う商品が王城周辺で噂になっている事は聞き及んでおります。私もマリーダと共に出席致しますが、祝いの品には頭を悩ませました」


 俺の横で腕を組み、祝いの品に悩んだ時間を振り返っているのだろうか、目を瞑り「うん、うん」と頷きを繰り返しながら話を続ける。


「しかしそれですと、シュバルツさんのお相手はどなたに?」


「アシュリー・ゼパーネルです。そもそも、『大黒屋』として呼ばれたわけではなく、アシュリーの付き添いとして参加する事になりました」


 TSSタクティカルサポートシステムを操作しながら答えるが、マルタさんからの反応がない。

 不思議に思い横に目をやると、彼は今まで見たことがない程に大きく目を見開き、顎が外れんばかりに大口を開けて固まっていた。


「……アシュリーとは良い友人なだけですよ」


「いやいやいや、何を仰いますか、シュバルツさん!! アシュリー・ゼパーネル様と言えば、城塞都市バルガでの修行期間を終えられ、南部の海賊討伐では多くの賊を捕縛し、攫われていたクルトメルガ国民とフィルトニア諸島連合国の国民を救出したお方! 今回の晩餐会ではゼパーネル永世名誉宰相と共に出席し、次期当主として決定した事を王侯貴族に宣言すると言われておりますのに、その横にシュバルツさんが立つというのですか?!」


「まぁ、そういう事です」


「そういう事って……シュバルツさん、貴方は一体……」


「それが理由ですよ――誰しもが俺を誰なのかと疑問に思う。そうすれば、少なくともゼパーネル家へ向けられる様々な視線が俺へと分散する。晩餐会の主役はアーク王子ですからね、ゼパーネル宰相も頭を悩ませての判断だったのでしょう」


「でしょうって……本当にシュバルツさんには驚かされます」


「驚くのはまだ早いですよ。王子への祝いの品はこれです」


 スクリーンモニターの映るインベントリの中から、祝いの品を取り出すことを意識する――それだけで応接室の一角に光の粒子が集まりだし、円形六段組のロイヤルウェディングケーキが召喚された。


「なっ……」


 再びマルタさんが固まる姿に、俺はいたずらが成功した子供のような気分で口元を緩ませた。






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